四十二日目 夜明け前 日課の糞掃除と水浴
目がまた暗さに慣れて来て、暗闇でじっとしている家畜が月明かりに間接的にぼ~っと照らされている姿が見えて来る。
居なくなったと思っていた牛三頭と、何匹かの大蜥蜴の姿が小屋に戻っていた。
ならば、今日は糞掃除があるな……そうそう楽はできないか。
窓を開け終わると、
「昨日はへばって寝ちゃって、ごめんね」
「うーん、まあ仕方ないだろ、お前は無理しがちだし」
「そう言われると、無理しないように、反省しなくちゃな」
トモコが、今日これからの方針を言う。
「それじゃ、昨日は頑張ったし、今日は先ずのんびりお掃除をしてもらったら、一応身体だけ洗ってきれいにして、すぐに食事に行きましょう」
「皆くたくただったみたいで先に寝ちまったから、オレとトモコで昨日相談したんだけど、今日は現場に物を置いておけるようにしたいんだけど、どう?」
トヨキが皆の顔を見る。
マサが
「うん、いいよ」
とすぐに答え、エコも
「うん、わかった。あたしは草を採ってていいんだよね?」
「エコはいいよ」
ぼくとしては、飢えているのに昨日頑張って一仕事やりきってしまったので、今日は疲れが出ていて、とても働く気にならない。
あと、気になるのは、
「そろそろまた、炭焼きをしないと、炭の汁ももう残り少ないけど」
「ああ、そうなんだよな。それもあるけど、オレらとしては、今後色々と捗るように、先ず置き場を作りたいんだよな。やっぱ現場に置いておけると運ばなくていいから楽じゃん。運んでもらえるからってマサに負担掛け続けるのも不味いし」
「ん~~……それは、たしかに」
「有難う」
「じゃあ、それでいい?」
あ、無理しないって反省したんだっけ。
「いや、今日はちょっと休ませて。昨日の今日でさ、草臥れてて」
「えー、あんだけ寝たのに」
だがマサも、やっぱり疲れていたのか、
「あ、ぼくもできたら休みたいや……」
「えー、お前もかあ」
「それじゃあ、今日はのんびりお掃除して、身体だけきれいにして、のんびり食事に行って、それであとは休みね」
「そ~しよ、草は摘むよ」
「あー、いーよ、わかった。んじゃ、それで」
「はい、解散~」
「明日はやろうぜ?」
「ああ、いいよ」
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月明かりが、次第に明るくなってくる夜明け前の空と競り合う。
そんな薄暗さの中、臭い家畜小屋の中で、がんばって糞掃除。
トヨが大蜥蜴の綱を抑えている間に、ぼくが糞を掬い、マサが持ってくる籠に容れると、マサが外に運び出し、また次の籠を取って来る。
大蜥蜴のが終わると、今度は三頭の牛の大量のを処理。一頭分だけで複数回往復するマサ。
基本的に、力が必要なのは、体力に恵まれてるマサとぼくでやるから、腹が満たされずに居るとやはりふらふらする。
薄暗い中で誤ってマサの手にぶち撒けないように、横木に尻を置いて、身体を安定させておいてから、籠へどさりと入れる。
臭くて、マスクが欲しい。
疲れてるのに、朝から糞掃除をするのはやっぱりキツい。
それでも、(臭いから)黙々と一所懸命に仕事をこなす。
やっと、終わった。
今日もしっかりやった。
さあ、洗いに行こう。
誰も一言も口をきかない。
臭いから。
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夜明け、日の出前。
既に空は明るい。
トヨトモエコ三人に、水浴に必要な荷物を担ってもらい、臭い家畜小屋を出て、水浴場を目指す。
晴れ上がった西の空、谷間の向こう側に広がる山地の上に、沈みゆく満月が明るく輝いている。
篝火の煙の匂いが濃く漂い、まだ薄闇に沈んでいる静かなサカヌキ村の中を、ひたひたと裸足で歩く五人分の足音が慎ましやかに響く。
広場に出ると、今日も兵士の人が兵営前の篝火の傍で番をしていた。
城壁の上にも、明るくなりゆく青空と高層の薄い雲を背景に、槍を持つ黒いシルエットが所々に立っている。
目が合うと、目礼して通り過ぎる。
今日も、木の下に野営する人を見かけた。
この前とは別の人だ。
「木に縄を張って、天幕垂らしてるね」
「ああいうのも、ありなのね」
「木の上に上ったりしてもいいのかなあ?」
水浴場に着いて、荷物を下ろすトヨトモエコ。
マサとぼくは杖に衣類を縛り付けて、腰帯一丁になると、まず洗濯場に入って、しゃがみ込んで、ふらつくから膝をついて姿勢を保ち、冷たい水で腰帯をじゃぶじゃぶ洗う。
あまりしつこくやると傷むので、適当にさっさと終えて、軽く絞って軽くした腰帯を手に提げて、水浴場へ移動。
冷たいのはもう覚悟しているので、疲れてふらつくから跪いて壁に手をつき、一気に頭から浴びてしまう。
「くああはあぁっ」
どうしても奇声が止まらない、冷たさだ。
でも、そのお陰で血圧が上がるのか、神経に良い刺激が与えられるのか、ふらついてたのがしゃんとする。
昨日は、その所為で変に気合が入ってしまい、一日で簡易寝台の件を片づけてしまおう、なんて決意してしまったんだ。
疲れてる時には、そういう事があるなあ。
「おおおぅっ!」
隣ではマサが気合を入れて、冷たさに耐えてる。
「マサ!」
「何だッ?」
「この水浴びると、気合が入るよなァ!!」
「おおっ!」
「ぼくも昨日、気合が入り過ぎて、一日で寝台を作っちまおう、なんて思いついたから、マサも気をつけてねっ!」
「アハハハハハッ」
喋りながら、全身をガシガシ洗う。
腋なんてまた一段と冷たいが、気合が自然と入って、耐えられる。
耐えられなけりゃ、きっと心臓発作を起こして死ぬだけだ。
トオルなんてそろそろ危ねえな(ニヤリ
妄想して一人悪い笑みを浮かべながら、足の裏と爪先まで汚れを擦り落とし、さっさと水から脱け出て腰帯をぎゅっと絞ってから、身体の水気をしっかり拭う。
最後に腰帯をもう一度絞って、杖に……縛り付けたらズボンが濡れてしまうなあ……仕方ないから、冷たいけど一旦腰の周りに簡易に巻き付けておく。
既にトモコが虫除け処理の準備をしてくれていたので、
「あ、ありがとうね!」
「あたしたちの時はよろしくね」
「わかった!」
返事にもまだ気合が入りっぱなしで、寒いので裸身に稀薄溶液をさっさと擦り込んでいく。
エコはもう身体を洗っていて、トモコもよろしくと言うとすぐに脱ぎ始めた。
トヨは黙って見張りをしっかりやっている。
なんか、本当に見違える。
横顔にも、男らしさのようなものが感じられてきている。
身体の処理が終わって、湿った腰帯を杖に縛り付けるのと入れ替わりにズボンを履いて、軽く叩いて埃を落とし、紐を千切らないように丁寧に締める。
菰も同様に叩いて、胴に被り、頭用の小さな菰も被り、弦を顎にかける。
杖を左手、石斧を右手に握り、
「トヨ、お待たせ! あとは任せろ」
「おう、任せた。炭汁もよろしく」
脱ぎ始めたトヨに、虫除け処理中のマサを視界に容れつつ、
「わかった。マサが準備できたら補充しておくよ」
と答え、トヨを見習って真面目に見張りを始めた。
拙作などお読み頂きまして、実に有難うございます。