四十一日目 寝落ち / 四十二日目 深更~未明 隙間から射しこむ月光
やっと全員の簡易寝台を家畜小屋に運び入れることができた。
「おつかれー」
「やったー」
「一日で片づけたぜー」
一頻り歓声を挙げると、疲れたのですぐにも寝台に寝転がりたいけれど、堪える。
先ずは下駄をとらなきゃ。
解くのは面倒くさいので、ナイフで紐をぷつっと切る。
うっかり今一休みすると、そのまま真っ暗な夜まで眠り込んでしまいそうなので、
「起きろ、まだだ、まだ寝るな」
とトヨが云うのに従い、頭痛で気合も入らないけど、ふらつくのを何とか膝と手で身体を支えて、もう一働きするのに備える。
ところが、気が抜けた所為か、最後に人の流れを抜けて来るのに余計に気を張った所為か、疲れが出たようで、立ち眩みが起きてしまい、無理だった。
ぼくはそのまま簡易寝台に寝転がると、睡魔に抗えずに、忽ち眠り込んでしまった。
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生まれてからいつもそうであったように、暗いうちに飢えと渇きと寒さで目醒めた。
まだ暗い。
あちこちの隙間から細く差し込むのは、明るい月の光のようだ。
たしか今は満月の頃だったか……
もう日付が変わってしまったようだ。
ぐっすり熟睡していたらしい。
簡易寝台のお蔭で、安楽に寝転がっていても視点が床より高い。
それが実に文明的で、臭い家畜小屋に居るというのにも拘らず、何か嬉しさが胸にこみ上げてくる。
コードを木枠に張って格子状の網にしてあるが、上に草も何も敷かず、網の上に直接寝てしまっていたので、紐が食い込んでる処が痒くなっている。
寝台に張っているコードの網に余計な負荷をかけまいと、慎重に腕を木枠に掛けて、足も横にずらして枠に掛けて、体重を枠で支えるようにして、身を起こす。
そっと動いたつもりだが、枠が軋む音が立ってしまった。
重くなると運搬がきつくなるから最低限の作りにしたけど、筋交いを入れていないから、強度的に問題があるな。
今度、補強の材を採って来ないと……。
痒い所を、ぼりぼり。
起き上がって裸足を地べたに下ろし、全身を掻いたり擦ったりしているうちに、次第にちゃんと目が醒めてきた。
月の光を頼りに闇を透かし見ると、他の子はまだ眠ってるようだ。
家畜や別の子達を驚かさないように、まだ暫く静かにしている。
暗くて臭い家畜小屋の中をあちこち見回す。
物の輪郭がぼんやりと曖昧な中、隙間から洩れる月光があたっているところだけが、幻のように浮き上がっている……。
頭痛は治まっていた。
栄養も足りていないのに、疲れすぎていたのだろう。
貧血気味なのか、全般的な栄養不良の所為か、まだふらふらする。
あと、筋肉痛なのか、あちこちが痛む。
しっかり今度、先ずは食わんとなぁ……。
慎重に立ち上がり、手近に置いておいた荷物のとこへ行って草を取り出すと、寝台に敷いて、その上にまた寝転がって、静かに休む。
暫くそうしているうちに、また眠くなってきて、うつらうつらとしていた。
そのうち、他の子もようやく目覚め始めて、ごそごそと身じろぎする様子が感じられた。
ぼくも寝台を壊さないように静かに起き出す。
ふらつきは少し治まっている。
トモコが小声で
「おはよう」
と挨拶を掛けて来るのへ、皆が
「お早う」
「おはよう、よく眠れた~」
「おはよ、明るいな、満月か」
「まだ早すぎるよ」
と比較的元気に挨拶を返しながら、伸びをしたり、立ち上がったり、寝台の上で動きだしたりする。
ぼくも身体のあちこちをのろのろ伸ばしたり曲げたりして、痒いのでぼりぼり掻いてるうち、ふわあっと欠伸が出た。
平衡感覚がまともに働き出したので、慎重に立ち上がり、窓の板を押し上げる。
空は、月光に照らされた雲が浮かび、晴れている。
星も見えない明るい満月が、山へ落ちて行こうとしている。
しまった。
まともに満月の明光を目に入れてしまった。
すぐに目を瞑って、顔を月から逸らすが、一度眩んでしまった眼は、すぐには回復しない。
「おおー、明るいなあ」
「満月だね~、いいねえ」
ぼくが開けた窓から差し込む月明かりが床を明るく照らすのを見て、皆は暢気に喜んでるが、お前らもこの光で目が眩むと……いや、窓を開けてしまえば、暗闇も薄れるか。
でも、一応失敗談はちゃんと共有しておこう。
大袈裟に両手で目を塞いで、顔を仰向けて、
「おあ~、明るい月をまともにみちゃったー、何にも見えないぞお」
「あはははは」
「なーにやってんだよー」
まあ、これでいいや。
次々、窓を開けていくにつれて、小屋の中が明るくなり、闇が隅へと追い立てられてゆくように後退してゆく。
「うわっ、本当に眩しい」
……分っていても、やらずに居られない子ってのは居るんだった。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。