四十一日目 朝 水浴
寝転びながら静かに石を研いでいたが、いつしか皆目覚めていた。
やがて窓の隙間から何となしに明るさを感じた気がして、また雨戸を押し開けに行く。
曇り空がほんの少し明るくなってきている。
夜明けのようだ。
雨戸を少し開けたままにして、皆に小声で
「おはよう、夜明けだよ」
と伝え、ゆっくりと他の小窓も少し開けていく。
皆も手伝ってくれた。
まだまだ暗いが、うすぼんやりと曖昧に輪郭が見える。
それから、早速糞掃除に取り掛かろうとして、謂わず語らずのうちに、とりあえずは腰帯一丁になる。
と、マサが籠を採りに行ってくれるので、トヨが綱を抑えに立ち入ろうとして、
「おい、待った、マサ、マサ」
「えっ、何、どした?」
「今日はしなくていいや」
「え、ああ、そうか」
今朝は出すものを出してなかった大蜥蜴であるが、あまり暗くて近づかないと分からなかった。
それじゃあ、と言う事で、皆でまた窓を閉め直すと、戸口の閂を抜いて扉を開けた。
それから、家畜小屋の入口で、肌着や腰帯などをぱたぱた叩いて、汚れを軽く落とすと、また着直す。
菰も軽く叩いて、指先で梳いてから身に着けると、裸足のまま荷物を調える。
灌木の枝を編み込んで作った高さ1m長さ2mほどもある大きな柵2枚や炭などは、トヨキが家畜小屋担当者に話をつけてくれたようで、昨日のうちに小屋奥の一隅に置かせてもらってある。
それ以外の荷物で、このあとの水浴や食事や現場での作業に必要な物を、また背負って持って行く。
籠を背負い、皆が外へ出てから扉を閉めて、とりあえずは水浴に行く。
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頭上の雲の薄明りの下、少し水が残っている暗くて見づらい地面を、できるだけ石の上を歩きながら、広場を経て水浴場へ。
広場ではまだ兵営の前で篝火が焚かれていて、歩き回る当直の兵士の姿が見られた。
ぼくたちは篝火の風上を歩いていたが、煙のつんとする匂いが鼻を衝くのは、他所でも焚いてるのだろう。
木の下で雨宿りして、マントに包まって眠っている物売りらしき者の姿もある。
「あ、あんな処で寝てる人が居るや」
「おお、あのマント良いなあ」
「ぼくたちなら、とりあえずは菰をもう少し大きく、厚くするくらいかなあ……」
「それより寝台な、痒くって仕方ねえよ」
「うん、そうだね」
ひそひそ喋りながら歩いていたら、兵士と目が合ったので、目礼して通り過ぎる。
広場から目当ての小路に近づくと、常に流れ出ている水が明るい色の石材を嵌め込んだ床面を叩く音が聞こえてきた。
水浴場に着くと、今朝はまだ誰も居ない。
そこで、薄明りの中、トヨとぼくが一応見張りに立ち、トモ・エコ・マサの三人に、先に水浴びをして貰う。
「っうう、うぅっ」
「っひひゃっ」
「おおーっ」
凄く冷たい水に、抑えきれない奇声を上げたり、気合を入れたりしつつ、三人がすっかり臭さが染みついた身体を洗い流す。
洗い終わると、腰帯を手拭代わりにして、全身の水気をよく拭き取る。
それから各自の鉢に木酢液をちょびっとだけ容れると、水で充分に薄めてから、頭髪・頭皮をはじめ、全身あちこちに塗り付ける。
虫除け処理に使う木酢液は、残りがかなり減っているので、ケチって使ってもらった。
これもまた近く炭焼きをしなければならない。
衣類の虫除けは、あとで焚火の煙で、火に気をつけて燻すつもりだ。
今日の所はそれしか出来ない。
全身の虫除け処理が終わると、つんつるてんで緩々のズボンにノーパンのまま足を通し、肌着を着込んで菰を被り直す。
腰帯はよく絞って、杖の天辺に縛り付けて、帯の裾を風に流して乾す。
「ああ、やだ」
「やあね」
「しょうがないじゃん」
間抜けな姿だが、着替えがないので仕方ない。
いや、着替えというよりも、手拭いが無いのが問題か。
それからハーブで虫除け処理の仕上げをするところまで来たので、あとの見張りを三人に任せて、トヨとぼくも水浴びを始めた。
拙作などお読み下さいまして、実に有難うございます。