四十日目 夜 四十一日目 未明の窓
臭くて暗い中で仲間の目覚めを待っていたら、夜になってしまった。
エイコが最初に目覚めた。
「おはよ」
と言うのへ、小声で返す。
「おはよ。夜だよ」
「……ずいぶん寝ちゃったんだ」
「皆もまだ寝てるよ。トヨは見張りしてくれてたみたい。ぼくが交代して、起きたのはエコちゃんが最初」
「暗いね」
「雨で締め切ってるんだもんね」
「ここ焚火できないから、雨で暗いと、なんにもできないね」
「うん。そろそろ月が大きくなってる筈だし」
「ね。早く晴れないかな」
「うん」
前に泊まった時に居た、少し年長の若者たちは、あれから見掛けていない。
何処か遠くへ行っているのだろうか。
結局その晩は、あとは刃を研ぐくらいで、特に何にもせず、最後に担当者に言われて閂を掛けると、全員がまたぐっすりと眠った。
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翌日。
生まれてからいつもそうであったように、まだ暗いうちに飢えと渇きと寒さで目醒める。
真っ暗だ。
他の子はまだ眠ってるのか……。
家畜や別の子達を驚かさないように、まだ暫くじっとしている。
目だけ開いて、真っ暗な家畜小屋の中を見ようとするが、ほとんど何も見えない。
暫くそうしているうちに、また眠くなってきて、うつらうつらとしていた。
そのうち、他の子も目覚めたのか、一人、二人、ごそごそと身じろぎする様子が感じられた。
やっと起きられる、とのろくさ起き出すと、身体のあちこちをのろのろ伸ばしたり曲げたりして、痒いのでぼりぼり掻いてるうち、ふわあっと欠伸が出た。
時々骨がぽきぽき鳴る。
暗い中、無言で他の子と軽く叩きあって、お早うの代わり。
今触れた相手が誰だかすら曖昧でよく分からない。
真っ暗なので、それ以上は精々が石の刃を研ぐくらいしかできない。
それも、殆ど音を立てずに、軽く擦るだけだ。
家畜やまだ寝てる子を起こしたらいけない。
久々に安心して充分に熟睡したお陰だろうか、目覚めてから割と早く平衡感覚がまともに働き出した。
そこで、ちょっと外の様子を見てみようと思って、円座の下へ石を置くと、寝る前に目に映じていた記憶を頼りに、手探りで皆を避けて、窓に近い横木まで四つん這いで近づく。
手に当たった横木へ、忍び足で乗りあがり、壁に触ってバランスをとりつつ腰を上げて、手を伸ばして窓口を探ると、縁につかまって立ち上がる。
そっと窓の板の閂をずらして外し、板を音をさせないように少しずつ外側へ押し上げて、まだ真っ暗な外を見る。
腕を肩まで窓口へ突っ込み、大きく板を押し上げて、隙間から空の低い所を覗き見た。
空は見えない。
曇り空か、霧なのかは分からないが、また降りださないといいな……と、今日の幸運を願う心で窓の板を下して、ぴったりと閉ざ……前回、それで音を立てたのを思い出して、力を抜いた。
この窓の雨戸は、罠なんだ。
行きはよいよい帰りは恐い、だ。
何故か開ける時には静かに開くのに、ぴったり元通りに閉めようとすると変な音がするんだ。
仕方ないので、あとで明るくなったら閉める事にして、そのまま放置する。
一応は閉まってるし、泥棒が入ろうとでもしない限り、多少の雨くらいなら防げるから、このままでいいだろ。
また四つん這いで自分の円座へ戻り、円座の下から石を出して研ぎ始めた。
「外は、どうだった?」
密やかな声、トヨだ。
「空が、見えなかったよ」
囁き返す。
するうちに、ごそごそと動く音がして、ぼくがしたのと同じような感じで、少しずつ窓辺へ目指すのが分った。
トヨは、自分の目で確かめたくなったらしい。
ぼくは微かに音がする方を見ていたが、見ようとする処は見えないので、少し見る場所を斜め横へずらして、ぼんやりと視界の周辺部で感じ取るようにした。
暗い所の観方なのだが、あんまり暗いので、そのやり方でもほとんど何も見えなかった。
なんとなくトヨが横木へ上がる感じがして、そろそろ窓の雨戸を開けるな、と思っていて、ぼんやり見ていると、たしかに何となく窓の辺りで明るさを感じたような気がしたが、想像でそう感じただけだったのかもしれない。
暫くの間、トヨが目を暗がりに慣らそうとしているらしく、一切の動きが感じられなかったが、やがて、
ぎぃっ
と音がした。
ああ、やらかしたな、と思った。
ぼくが失敗談をちゃんと共有していなかったから、こうなる。
悪い事をした。
拙作をお読みいただき有難うございました。