ヒゲと火入れ
その日も仮小屋の建設に出かける途中、板草鞋を腰に提げ、中央道をてくてく裸足で歩いていた。
「おい、トヨ、お前ヒゲが生えてるじゃン!」
「あっ!」
急にマサが頓狂な声を挙げたので吃驚して、指さす方を見てまた吃驚。
トヨの奴、いつの間にか口元に薄っすらとヒゲを生やしていやがった。
最近ずっと、とても忙しくしていて、臭い家畜小屋に戻るとすぐに眠り込んでいたので気づかなかった。
「変なヒゲ生やしやがって、この野郎!」
「一人で先に大人になってんじゃァねえぞオラー!」
つい揶揄わずには居られず、二人でトヨの肩をどついた。
「痛えよっ、バカ!」
トヨが杖をブンッと振り回してきたので、こちらも杖で応戦してカンッと弾き、暫くは道を歩きながら杖を三人でブンブンカンカン振り回して、チャンバラごっこをしてふざけた。
--
この日、別にチャンバラごっこの所為でなく、少し谷川方面に進んで食事した為に、建設作業をやや遅れて始めた。
いつも通り、菰以外は腰帯一丁と板草鞋だけの土方スタイルで、伐れる程度のまだ細い低木を伐り出して枝を払い、樹皮を剥いで丸太にする。
伐りに入る前に、エイコの手でミントを全身に擦り込んでもらう。
丸太は火で炙って表面を焦がす。
樹皮は上に石を載せて平たくしておき、丸太は長さを調整して、塹壕の上に奥からブリッヂ材として渡してゆく。
要するに、塹壕の天井だ。
それと、トモコが二つの炉に火入れをして、薪を足して、ずっと燃やして壕内の乾燥を始めた。
それだけでなく、炉の煙突の出口に石を積み、大きめの平たい石を被せて、炎の噴きだし抑制と煙の拡散の仕掛けとした。
煙のお蔭で虫が来ない。
隣り合うブリッヂの丸太同士を紐で縛り合わせ、その上に樹皮と重しの石を乗せて行く。
或る程度丸太と樹皮を敷き詰めると、押えてる石を除けて代わりに枝を置き、更に葉のついた細枝小枝類も乗せてゆく。
これを4mの奥行にわたってずっとやる。
大体丸太の直径が5、6cm程度なので、80本弱ほど架す計算。
一本の低木で大体2~3本に切り分けて架せるので、3,40本ほど伐り出して来ればブリッヂ分は済む計算。
ひたすら作業を続ける。
もちろん疲れたら休む。
簡単な作業で、誰がやっても大差ないので、一々交代もせず、適当にやる。
伐り出したのを運んできて丸太に処理して焦がすまで、労力も時間もかかり、結構疲れたが、午後には終えた。
最奥正面に設けた炉とは違い、出入口に近い方の炉は通路の側面に設けたので、そこはブリッヂ材を渡すことができず、前後の材と紐で結ぶだけになった。
その強度を補強する為に、上に直交する(炙り済みの)丸太材を乗せて、それと上下で結び付けた。
その材は長いので、出入口の上に少し伸ばし、何本も敷き並べて筏状にして、出入口の簡易な廂にした。
壕の出入口の高さとほぼ同じ2m弱の長さの材で、出入口と同じ幅1mの筏を作り、もっと短い材で筏を二つ作り、それらを垂直に立てた時に倒れないようにコの字になる繋ぎ方をして、出入口を塞ぐ嵌め板とした。
あとは壕の上に葉っぱを乗せてから土を乗せるだけだが、一度この時点で皆で中に入って、嵌め板で出入口を塞いで、自分たちで作った地下式の仮小屋を味わった。
二つの炉では薪がメラメラと橙色の焔を上げて燃えており、温かく、明るかった。
煙臭いが、良い感じだった。
「良いんじゃない」
「思ったよりも素敵ね」
「もうここに住んじゃおうよ」
「早く乾くといいなあ」
「簡易寝台持ってこなきゃ」
「あれはあそこに置いておいて、また新しく作ろうよ」
「そうだな、賛成」
「お、そうか?」
などと一頻り駄弁り、炉の焔を楽しんでいたが、今晩はこのままだと寝床もないし、一旦尾根に戻る事にしていたので、そろそろ時間だ。
惜しいが作業小屋から出て、嵌め板で出入口を塞いで、大き目の石をその前に少し積んで、動物が入り込まないようにした。
まだ炉の火は落としていないから、煙が煙突の上にかざした石の横から流れ出ている。
--
結局、簡易寝台は自分の体形に合うように作られていて、使い慣れてお気に入りになってる者が居るから、それに合わせて全員分を作業小屋へ運んだ。
「またこの足を引きずっていくのかあ」
「坂道でひっくり返りそうになって面倒なんだよなあ」
「ぼやかない」
作業小屋の建設は愈々最終段階。
上に葉っぱと土を盛って、板草鞋で踏み固めて、また盛って踏み固めた。
出入口は戸口に枠を設け、嵌め板を内側から嵌め込むようにして、閂仕掛けも作って、外からの強引な進入を防げるようにした。
その間ずっと炉の火を落とさず、内部の乾燥を続けた。
二日間の作業で大雑把に仕上げを終えて、これで一応は作業小屋に移って住めるようになった。
あとは引っ越した後で、必要なら整えれば良い。
--
そこで家畜小屋に置いて来た物を作業小屋へ運び込むことにする。
夕刻に臭い家畜小屋に戻り、洗濯と水浴をしてきた。
「やれやれ、やっとこの臭い家畜小屋住まいもお終いか」
「この壁に守って貰うのも、今夜が最後ね」
「ああ、オレたちの手で作り上げた壁で、これからは守るんだ。武器も必要になるな」
「とりあえず、あとで杭でも作っておくか」
「盾も作るよ」
家畜小屋の担当者とトオルには挨拶をしてきた。
「そうかァ、出て行くかあ。まあお前らはマジメだからなァ、よく働いてくれたし、自分のヤサもちゃんと自分で作ったか」
「どうも色々とお世話になりました」
「ああ、別に何にもしちゃいねえが、またいつでも泊まりに来てくれや」
今日も黄色い衣のごま塩頭が、
「おお、おめでとう。遂に小屋を造れたんだな。村民として、まずは第一歩だ」
「どうも色々とお世話になりました」
「新参を世話するのが私の仕事だから、当然の事をしたまでさ。そのうちには税もかかるようになるだろうが、まだ先の話、今は足元を固めれば良い。がんばって」
「はい。いずれまたお世話になります」
「こちらこそ宜しく」
--
そうして、最後に夜明け前のまだ暗いうちに糞掃除と水浴びをした後、とりあえず作業小屋への引っ越しが終わった。
まだ荷物がごたごたしているが、
「やっと終わった、引っ越しが」
「なんか疲れた」
「気が抜けた~」
「まだ早えーよ」
ぼくたちが自分の手で作り上げた場所での暮らしが始まる。
「まだ本当に大変なのは、これからだからね」
「お腹すいた~」
「はい、早く食事にいきましょ」
「ちょっと休ませて」
早く、本当に充分活動できる、自活しやすい拠点を建設しよう。
この夏はまだまだ忙しくなる。
頑張ろう。
~ 第二章 完 ~
拙作をお読み頂き、まことに有難うございます。