四十日目 家畜小屋への到着
BGM:
PC98用ゲーム『ロードス島戦記Ⅱ 五色の魔竜』オープニング(主に三曲目)
サカヌキという名の村がある。
或る島国の辺境に位置するジンメ渓谷の奥部、万年雪を頂く高い山脈の麓に、森と谷川に囲まれて静かに佇む村だ。
針葉樹の森が拡がる尾根の上に少数の猟師や、後には樵が小屋を建てた遥かな古に始まるこの地の人の営みは、やがて山羊を連れた牧夫が上がって来るようになって村が拓かれ、それから数百年が経つうちに、いつしか西の谷間へも広がり、今も少しずつ村の外縁部の開拓が続いている。
尾根の上にある元々の村は、後から来た武装集団の征服者により占拠され、それから百年以上の時を経て堅固に要塞化され、同所で領主一族も代を重ねて今に至る。
十数年前に、ジンメ渓谷の出口にある海港都市カスコヨの街からやって来た集団が、村の反対にも拘らず国の許可状を掲げて押し通って行き、『死の雪原』を頂く山脈を越えて南の魔境に踏み入り、蛮勇を揮って開拓村を建設したが、つい最近になって魔物の群に呑み込まれて蹂躙の憂き目を見た。
開拓村の者は全滅かと思われたが、息も絶え絶えになって死地を脱してきた僅かな孤児たちが、村から一定の自律性を保つ神殿の者の慈悲で手当てを受けて助けられた後、開拓村の者に未だに拒否感を覚える村人たちの中で、細々と生き延びていた。
その五人の孤児たちが、拠点にする土地を見つけ出したものの、それまでの仮の寝床としていたジンメ川の畔の草むらから、身の安全の為に急遽尾根の上の要塞へ避難してきたところから、本章は始まる。
--
「はー、疲れたあ」
「やれやれ、やっと休めるなあ」
「疲れすぎて、あたまが痛くなってきちゃった……」
やっと到着できたぼくたちは、もう疲れきっていた。
先ずは休まないと。
暫くは円座に腰を下ろして休もう……。
今日は、小川でいつも通り少量の食事後、草むらに戻ったら獣の糞が……それで休むこともできず、猜疑心と警戒で神経を尖らせながら避難し、空模様が怪しいので冷や冷やしながら道をずっと急いできて、ぼくたちと同じように雨に焦る人々で混み合っていた坂道を上ってやっと尾根に辿り着き、灌木を編んだ大きな柵なんかで荷物を運搬してるぼくとマサの二人などはいつも以上に人とぶつからないように神経を使ってとても疲れて、真っ先にトオルを訪ねて、今後の方針をトモコに説明してもらって納得した後やっと、この臭い家畜小屋に辿り着いた。
その直後に激しく雨が降り出したが、ギリギリで間に合ったようだ。
臭い家畜小屋の内も外も、ぼくたちの心の中も、不安になるような薄暗さに包まれている。
--
休んでぼーっとしていると、取り留めもなく色々な事が浮かんでくる。
ぼくたちは、難民の孤児で、新参のサカヌキ村民だ。
村の大半からは歓迎されてない新参だ。
宿無しの浮浪児なんて、不潔で、蚤や虱が集っていて、病気を撒き散らす鼠みたいなものという印象を持たれている。
それだけでなく、マハリク村の生き残りというので、山の向こうから魔物を呼び寄せる禍いみたいに思われていたりする。
「どっかに消えてくれ」
という声も耳にする。
それに、魚や草木など村の資源を余計に費やす邪魔者とも思われていたようだ。
今日、それが昂じて遂に命の危険を感じるようになったので、急いで上村まで避難してきた。
村人の中には、家族を失った可哀そうな子供と同情して、憐れんで下さる人達も居るけれど、少なめだ。
今、村のお殿様は、通常の領地運営に加え、新たに魔物の侵入に備えて警戒の度を高めていて、大変らしい。
ぼくたちが生まれ育ったマハリク開拓村というのは元々、北にあるカスコヨ街から、このサカヌキ村を飛び越えて出ていった者達が、魔境を切り開く楔を打ち込もうと意気盛んに建設した村だったのだが、その壮図は辺境の魔物の逆襲により、空しく潰えた。
サカヌキ村は、懸念していた事が現実のものとなり、強引な開拓の反動の余波を自分たちが被る恐れがあるので、領主も村人も苦々しく思っているようだ。
村の領主としては、マハリク村が自滅したのはどうでもよいが、次は自分たちであり、何時魔物が襲い掛かって来るのかと、心配して警戒を強めている。
なので、防衛に注力しなければならないが、こういう時に備えての予備リソースは少ししか無いのだろう。
なにしろ、まだまだサカヌキ村自身が開拓中で、これまでギリギリの運営をしていたのだから。
なので、今も少しずつ少しずつ、資源を掻き集めてる最中であり、ぼくたちのような孤児たちに割く余剰リソースは皆無で、自力でなんとかしろということだろう。
サカヌキ村は人類の文明に属するが、僻地の山村に過ぎない。
村の外縁は谷間の出口方面以外は未開地。
尾根から東は、もっと高い山地へ続く荒れ地や森。
西は、谷間とジンメ川を挟んで別の尾根、更に未開の山地と続く。
南は、山の森や谷と境を接し、更にその奥には、頂きに『死の雪原』の広がる、魔境との境となっている万年雪の山脈が控えている。
北は谷間の出口へ下り、直近の集落はカスコヨの街で、大人の足で丸二日かかる。
谷間は、肥沃ではない。
荒れ地と湿地と森をどうにかして牧草地として、先ず牧夫が棲みつき、数百年以上経過してやっと、牧草地を更に改良して一部を農地とした。
先ず猟師が尾根に棲みつき、やがて樵が上がって来た。
そのうちに牧夫も上がってくるようになると、尾根にサカヌキ村を成した。
次第に牧夫が谷間を改良した。
やがて牧夫という先行者が居るのに安心して、下流から少しずつ漁夫や農夫も遡上してきた。
或る日、武装勢力が侵入してきて、占拠し、要塞化していった。
今のお殿様のご先祖様だ。
そして時代は移り、今に至る。
こうした事柄は、女の子たちが村人とお喋りするのを聞くともなしに聞いていて覚えた。
拙作をお読み頂き、まことにありがとうございます。
まだ全く書き進められていませんが、自分に勢いつける為にとりあえず書き始めました。