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1-9 絶叫

 バタン!と温室のドアを閉める。


 それから、ズルズルとしゃがみこんだ。



 ―――なに、あれ



 顔が熱い。心臓がうるさい。本当に、急にどうしたというのだ。深呼吸して、落ち着けるように目を瞑る。



 ―――他の奴、好きになれよ



 わああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!


 頭を抱えて崩れ落ちる。声が出なくてよかった。間違いなく大絶叫だ。温室の地べたで身悶える。


 水の中で握られた手。近い距離。長い黒髪の間から見えた、真剣なブルーグレーの瞳。その表情が頭から離れない。


 あれは……あれはどういう意味だったんだろう。何故か私があのクソ王子のことを好きだとデュークは思ったらしいけど。クソ王子じゃなくて、じゃあ………じゃあ………誰を好きになれって、言ってるの………?


 落ち着いて、用心深くデュークの意図を深読みする。



 ―――俺のこと、好きになれよ



 ちがあぁぁぁぁうぅぅぅぅ!!!


 再び頭を抱える。何を、何を妄想しているんだ私は。そんな、そんなこと………


 べろん、と顔を舐められた感触がした。顔を上げると、メトがキョロリとした目でこちらをじっと見ている。


 何となくいつもと変わらぬその姿にホッとして、メトをガシッと掴んだ。そして変わらずシャーーー!!と襟をひろげて威嚇するメトに笑いかけて、太い木の枝に乗せる。


 とりあえず、仕事はやってしまわないと。もう昼過ぎだ。かなり遅くなってしまっている。ふるふると頭を振って、気持ちを切り替えた。


 変な場所にいた歩く妖樹の若木を元の場所に追い立て、特別な肥料をあげる。いっぱいに花を咲かせた妖草にも別の配合の肥料をあげて、咲き終わった花柄を摘む。種ができると弱ってしまうからとても大切な作業だ。


 落ち葉を集めて袋に入れ、雑草を抜く。伸びた薬効のある妖草の葉を切って束ね、吊り下げて干す。土の匂いと草の匂い。この匂いに囲まれていると、心が落ち着きを取り戻す。


 祖国の広い畑を思い描く。いっぱいに広がる緑の畑。遠くに見える山々と、青い空。懐かしい昔ながらの家々と、煙を上げる煙突。収穫した野菜を運ぶ、土に汚れた、でも笑顔のおじさんおばさんや若者や子供たち。それを見守り時に手伝うおばあちゃんやおじいちゃん。


 私は死んでしまったけど、最後までみんなの役に立てただろうか。


 チャリ、とポケットから石を取り出す。なぜ、声の出ない、人に化けた人魚になってしまったんだろう。背負うもののない、そして圧倒的弱者になった今、私にはなにができるのだろうか。この温室を守れば、なにかのためになるのだろうか。


 思わず隠してしまった薔薇色の涙の石。この色になった理由は分かってる。これ以上、想いを深めてしまったら駄目だ。今私は、ただのメルルだ。デュークは、どんな立場の人なのかわからないけど、少なくともレオナルド王子と渡り合える地位の人間だ。恐らく私では、駄目なはずだ。


 胸をチクリと刺す痛みに、泡立つ魔法のような何かを感じた。


 メルルが、どんな気持ちで泡になっていったのか、少しわかるような気がした。


 少し切ない気持ちになって、大きな柵に寄りかかると、温室をぼんやりと見渡した。


 温室の広い天井から柔らかな陽が差し込み、風もないのにサワサワと銀の穂が揺れる。妖樹の大きな黄色の葉が、蝶のようにひらひらと舞いながら落ちてきた。小さな実が土の上に落ちて、嬉しそうに弾んで転がる。散ってしまった淡く光る花びらを、メトがペロンと長い舌で巻取り、はむはむと口の中にしまい込んだ。


 なんでみんなこの子達を気持ち悪いって言うんだろう。


 光る花びらを見ながら、ボードに書きなぐった言葉をぼんやりと思い出す。


 そう、私は、温室の妖草たちは大好きだし、メトも可愛いと思ってるし、デュークのことだって……



 ―――好き



「何見てるんだ?」


 わあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?


 声は出ないが思いっきり飛び跳ねた。恐る恐る振り返る。同じようにビックリした顔のデュークが、一拍置いて可笑しそうに笑った。


「すごいな、声出てないのに叫んだのがわかる」


 熱い顔で口を魚のようにパクパクさせていると、デュークは私に何かを差し出してきた。


「小さいボードと魔力ペン。持ち歩けるのあったほういいだろ?」


 差し出されるままに受け取る。そう、ちょうど今日こういうのが欲しいと思ったんだった。


 ポケットに収まる手帳サイズ。可愛い小さいペン。何だか嬉しくなって、早速文字を書く。


『すっごくいい感じ!ありがとう!』


 ちょっと文字が小さくなるけど、書く分には問題ない。


 でもデュークは少し見にくいかな……と首を傾げたら。


 近い距離に、デュークの横顔があった。


「流石に文字も小さくなるか。書きづらくない?」


 私の手元を覗き込むその仕草は、ただ文字が見えないからだと分かってはいるけれど。


 その距離に、大きく胸が跳ねた。


「シャル?」


 訝しがるデュークと近い距離で目が合ったが、ハッとしてすぐに目を逸らした。変に思われただろうか。文字を書くためだったという雰囲気で、そのまま次の文字を書く。


『大丈夫だよ!ポケットに入るから嬉しい。デュークが読みづらそうだけど』


「まぁ、近寄れば読めるし」


 わかる。そうだよね。そう、深い意味はない。断じてない。深読みする必要性すらない。小さい文字は、近くによれば読めるのだから。そう、あたり前のことよ。


 私は深く深く頷いた。


 それから。


 私は、どうしていいかわからず固まった。


 デュークの顔を見れない。だからといって、どうしたらいいというのか。


 不自然すぎる沈黙の中、次の動きが取れず、ただただ俯く。


「―――大丈夫か?」


 思ったより心配そうな声が聞こえて、ビックリして顔を上げた。デュークは、本当に心配そうな顔をしていた。


「まだ、疲れてるんだろ。さっきまで誘拐されてたんだ。仕事は今日はしなくていい。というか、身体は大丈夫か?お前、眠り薬嗅がされただけか?怪我とかしてないよな?」


 そうだった。もはや忘れかけていたが、攫われたんだった。なんだか優しいデュークに調子が狂う。いったん頷いてから、また文字を書いた。


『むしろぐっすり寝たからかスッキリ爽やかよ!』


「へぇ、逞しいな?」


『こんぐらい余裕よ!』


「もう泣かないんだな?」


『泣きませんー!!』


 からかわれてむくれる。ちらりと横目で近い距離のデュークを見ると、デュークは何だか嬉しそうに笑った。


「やっといつもの調子に戻った」


 なんとなく優しさの滲む嬉しそうな顔。


 その表情に、なんだか、溶けてしまいそうだった。


 でも、デュークはそんな私の事なんて気付かない様子で、いつもの古びたローブのポケットから、ゴソゴソと何かを取り出した。


「これからこの種植えるんだけど、見てるか?気持ち悪くなければ」


 見ると、瓶の中で変な形の種が勢いよくぴょんぴょんと跳ねている。まるで小さな黒うさぎだ。


『面白いね』


「………お前平気なの、これ」


『かじったり刺したり毒持ってたりするの?』


「いや、それはない。食虫妖草だから」


『なら大丈夫。どっちかっていうと、小さい黒ウサギみたいだよね?植えるの手伝うよ』


「これをウサギって言う奴初めて見たわ。良くてバッタだろ」


 デュークがまた近い距離で文字を覗き込みながら笑っている。暖かさまで伝わりそうなその距離に、私は必死で平常心平常心平常心と、心の中で唱えた。


「手伝ってくれるなら嬉しいけど、お前ほんとに身体大丈夫?」


『余裕よ!見てるだけとかつまらないし!』


 むしろ何か作業させてくれ。作業に没頭させてくれ。私はやる気満々な様子でガッツポーズをした。


「じゃあ……頼むわ。無理はすんなよ」


 そう言うと、デュークは種が元気に飛び跳ねる瓶を持ち上げた。


「こいつは土がある場所で蓋を開けると勝手に飛び出していって、自分で場所を吟味して勝手に自分自身を植える」


『え、じゃあ何するの』


「研究用だし、万が一の逃亡に備えて魔術でラベリングしたい。15個全部に、一個ずつ魔術で印を刻む」


 ほう、この元気な種一個ずつに、魔術で印を……


『この元気な種に、一個ずつ!?』


「そう。多分、普通に蓋を開けたら一気に逃げ出していくから……どうやろうか今悩んでる」


 困ったなぁと作戦を話し合う。


 結局、ほんの少し蓋を開けて、数匹出てきたところを一緒に捕まえて、ちょっとずつ印を付けていくことにした。


「いいか、俺は順に印をつけていくから、お前は遠くに行ったやつを、捕まえられなくてもいいから見失わないように追いかけろ」


『了解。ちなみにうっかり見失ったらどうなるの?』


「この広い温室中、小さな種が土に潜り込んだ場所を探すことになる」


『死ぬ気でやるわ』


 そんな地道な作業なんてしたら泡にならずとも死にそうだ。私はグッとお腹に力を入れ、気を引き締めた。


「いくぞ」


 スクリューキャップが少し開いて、3粒ほどが元気よく飛び出す。見た目は極小の黒うさぎだけど、動きは本当にバッタみたいだ。追いかけていって、パッと一匹を捕まえる。振り返ると、デュークは2匹目を捕まえて二本の指を当て、印を結ぶ魔術を発動させている所だった。


 デュークが魔術を使っているところを初めて見た。光る線や文字が美しく浮かび上がり、デュークの手の周りを回って、種に吸い込まれていく。それはなんだか、とても美しかった。


「一匹捕まえた?」


 ぴょんと種を逃したデュークが、私の所に来る。何となくどうしようなかと思いつつ、小さな頃バッタを捕まえたときのように種をつまんで、デュークに差し出した。


「いいね、そのまま」


 デュークの左手が、種を掴む私の手を取って。それから、大きいけど思ったより綺麗な細長い指が二本、私の指先の種に重なった。光の輪がくるくると回る。


 ちらりとデュークの顔を盗み見る。光に照らされたデュークの真面目な顔に、なんだか息が止まった。


「もう離していいぞ」


 ハッとして慌てて手を離す。やっと解き放たれた種は元気良く私の手の中から飛び出して、私のおでこにパチン!と当たってから土に落ちると、元気良く飛び跳ねてどこかへ行ってしまった。


「っく、ふふ、別に笑い取らなくていいぞ?」


 しかめっ面でおでこを擦る私を可笑しそうにデュークが見ている。顔が熱い。もちろん、恥ずかしいからだ。だから、引き続きムスッとした表情を作る。


「まぁ怒るな………これからが本番だ」


 デュークが指さした方向を見る。そこには、蓋に石が乗せられた瓶があって……種がすごい勢いでヨイショヨイショと外に出ようと蓋に突撃していた。もはや何粒かは蓋の隙間に挟まっていて、スクリューキャップをスクリューすることはもうできなそうだ。


「2回目は、多分全部出るな。12粒、全部」


『えっ、どうするの?』


「頑張るしかない」


 えぇーーという顔をした私に、デュークは再び石の乗った瓶を指し示した。


「お前はその蓋を開けろ。それで、遠くに逃げたやつを見張って俺に指差しで教えるだけでいい」


『それだけでいいの!?』


「いい。なんとかする」


 そう言ったデュークは、両手から魔術の線と文字を浮かび上がらせた。普通、魔術って同時に複数使えるんだっけ。魔術のことはあまり良く分からなくて、とりあえずいいかと蓋に手をかける。


 目線でいくよ、と合図を送ると、デュークが頷いた。パカ、と蓋を開ける。


 一斉にぴょんぴょんと種たちが飛び出していく。わぁ!とビックリしつつ、勢いで三匹ほど一気に捕まえた。他に逃げたやつは……と顔を上げると。デュークは身軽な様子でトントンと連続で印を刻んでいた。さっきよりずっと早いし、両手でやっている。なんて器用、と思ってその動きを追う視界の隅に、種が一粒茂みの向こうへ逃げていくのが見えた。あっちあっち!と追いかけながら指し示す私を見て、デュークはパッとそちらへ走り、逃げた種にちょんと印をつけた。


「あと3粒、お前の手の中?」


 コクコクと頷くと、デュークは一気に放てと言って、私に手を広げさせた。私の手の中から飛び出す元気な3粒の種に、ちょんちょんと素早い動きで印をつける。


「……12、これで終わりだな」


 ふぅ、と息を吐いたデュークは、手の周りに出ていた魔術を消すと、ドサリと腰を下ろして―――土の上に寝そべった。


 大丈夫だろうか。寝そべるデュークの顔を覗き込む。


「悪い、ちょっと疲れただけ」


 確かにあんな沢山魔術を使ったら疲れるのかもしれない。私は小さいボードに、『おつかれさま』と書いて、デュークに見せた。デュークは、おう、と返事をすると、ポツリと呟いた。


「細かい魔術、苦手なんだよな」


『そうなんだ?』


「出力調整に気を遣う」


『デュークが弱音吐くの珍しいね』


「………そうかも」


『魔術使うのも初めて見た気がする』


「あんまり人に見られるの好きじゃなかったから」


『そうなんだ??』


 デュークはムクリと起き上がった。肩に付きそうな長めの黒髪に、落ち葉がついている。なんとなく子供みたいで可愛くて、笑いながら落ち葉を取って、ローブについた土をはたいて落とした。


「オカンかよ」


『誰がオカンだ!』


「うわ、くっつき種が髪に絡まってる」


 見ると引っかかるようなトゲトゲがついた小さな種が3粒ぐらいデュークの髪に絡みついていた。


『すんごい絡まり方だね』


 無理やり引きちぎるように種を外したデュークを眺める。毛の長い黒猫みたいでなんか可愛い。ぼんやりその様子を見ていると、ちらりと見えた耳には、よく見ると深い藍色のピアスがくっついていた。


『デューク、ピアスなんて付けてたんだ』


「あぁ、これ魔道具な。他のいろんな魔道具と繋がってる」


『へぇ、全然気付かなかった。髪けっこう長いもんねぇ』


 デュークは、何故かピクリと動きを止めた。それから、私を窺うように見た。


「……長過ぎるかな」


『そう?モシャモシャの黒猫みたいで可愛いし、デュークっぽいけど』


「モシャモシャの黒猫…………」


 デュークは何だか不満そうな顔をした。


「…………ちょっと出かけてくるわ」


 突然のお出かけ宣言が、よりネコっぽくて笑える。私は笑いながら、手を振って気まぐれなデュークを見送った。


 デュークのいなくなった静かな温室で、残った仕事を片付けて部屋に戻る。散らばった書類を片付けて、ソファーに引っかかってクシャッとなっていたブランケットを畳む。ふわりとデュークの香りがして、ドキリとした。いつも使っている、ハーブ入りの石鹸の香りだろうか。


 その香りに、まるでデュークが近くにいるような気がしてしまって。ブランケットをソファーに置いて、はぁぁぁ、と深いため息を吐いた。


 おいおい、しっかりしろシャルロッティ。死にたいのか。


 ちょっと水でも一杯飲んで頭を冷やそうと、キッチンに入る。


 そこには、放置されたヤカン、転がったマグカップ、火傷を冷やした水がそのまま残っていた。


 ―――他の奴、好きに


 わあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!


 ザバンと水を流し、マグカップを洗って定位置に戻す。ヤカンも残ったぬるい湯を流して干した。ゼェゼェとしながら、コップに冷たい水を入れて、一気に飲み干す。


 全然だめじゃない?私………


 フラフラと歩き、ソファーに沈み込んだ。ちょうどよく畳まれていい大きさになっていたブランケットを抱きしめる。やっぱり、デュークのなんか落ち着くような、いい匂いがする。ボブンとブランケットに顔を埋めた。


 全然だめだ、私…………



 失恋したら泡になって死ぬ。無謀なデスゲームに参加するつもりなんてなかった。だから、デューク以外に殆ど会わないこの仕事環境はバッチリだと思っていたのに。そのただ一人の一緒にいる人を好きになってしまってどうするんだ。


 ゴロリとソファーに転がる。大体、恋心なんていうのを操作できるわけがないんだ。元々無理のある事だったんだから。


 諦めの境地に達したのか、急に身体が重たくなってきた。やっぱり疲れているのかもしれない。窓から差し込むポカポカとした陽気に、遠くに聞こえる波の音。柔らかなソファーとブランケットに、デュークのにおい。


 何だかちょっと幸せな気分になって。微睡みながら、もうこの気持ちを捨てるぐらいなら、このまま泡になっちゃってもいいかと思ってしまった。それは、キラキラとして、温かくて、愛おしくて。


 私は、その幸せに溶けるように、眠りの中に落ちていった。


お読み頂いてありがとうございます。


二人は仲良く同時に好きになっちゃったらしいです。

「あらあらまぁまぁ」とニヤついてくれた神読者様も、

「もっといちゃついてくれ!!」とおかわりが欲しくなった欲しがりな貴方も、

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ぜひまた遊びに来てください!

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