1-7 王子
まだまだ連投中!
「シャーーー!!!」
メトにまた威嚇された。
いつもの温室の中。デュークの所に転がり込んでから少し経って、私もだいぶ仕事に慣れてきた。
当然このエリマキトカゲの様子にも慣れっこの私は、広がる襟を無視してむんずと掴み、ドシドシと歩くと、温室にある低木の枝の上に優しく乗せた。
――いちいちドア開けるたびに脱走しないの!!
……と怒鳴りたいのだが、残念ながら声は出ない。文字を書いても仕方ないので顔芸でイーッと歯を見せて怒ったような顔をする。
伝わったのか伝わってないのかわからないが、メトはけだるそうに舌をピロンと伸ばして再びしまうと、また私のことをじっと観察しながら付いてきた。
デュークが言うには……私は『エサ』なんだそうだ。なんでもメトは精霊の力や妖魔の力、幻獣のような特殊な生き物の力を糧にして生きているらしい。人魚が何に分類されるかはよく分からないけど、とにかく私の汗とか涙とかをメトは食糧として気に入っていて……そしてこうして付きまとわれているというわけだ。
正直汗を舐められるのはやめて欲しいのだけど。デュークに、血を吸われたり唾液取られたりするよりはいいだろと言われ、激しく頷いたのは言うまでもない。
やれやれとメトに付きまとわれながら温室の世話をする。
妖草や妖樹の世話はとても楽しい。嬉々として勝手に揺れ動く葉や歩き回る若木の間を進み、世話をしていく。
最初に課された仕事はデュークに渡された『妖草・妖樹の栽培管理方法』という古びた本を一冊読み終えることだった。そこからデュークに2、3質問した後は、「あとはお前に任せる」と、丸ごと任されてしまった。大丈夫だろうかと心配しつつも、特に文句を言われないところを見ると、それなりにうまく栽培できているようだ。
そんな風に少し前のことを振り返りながら、牛糞や油かす、腐葉土を運ぶ。こういうのを使ってオリジナルの肥料をこさえるのが最近の楽しみだ。そしてこれ。立派なミミズ。ミミズが欲しいとお願いして取り寄せてもらったのだが、嬉しそうにしている私を見て、デュークは珍獣を見るような不思議な顔をしていた。
まぁいいや。ルンルンと堆肥をシャベルで掬い、ノートに今日の作業を書き込んでいく。最近は栽培管理が面白くなってきて、本の内容を参考にしつつ、自分で育成方法をまとめたり、成長記録を取ったりしている。デュークはこういう妖草とか妖獣の研究をしているらしく、とても助かると言っていた。役に立てて良かったなと、意気揚々と取り組んでいる。
………のだが。
温室から部屋に戻り、ソファーで寝転ぶデュークの頭をベシッと叩いた。
「……なんだよ、寝かせろよ………」
問題はこの男のだらしない生活だ。大抵ソファーで寝ている。
もう昼前です!!と怒りたいのだが声が出ないので、しかめっ面のデュークの目を両手の指で無理やり広げる。
変な顔。可笑しくて声を出さずに爆笑した。
「てめぇ……給料没収するぞ」
肩をすくめてやれやれというオーバージェスチャーをする私を、デュークは眠そうな目で睨みつけてからムクリと起き上がった。
寝癖がついてる。ちょっとかわいい。
「お前のそのニヤニヤ顔ムカつく」
『可愛らしい寝癖だなと思って』
「うざ」
恥ずかしそうに頭をワシャワシャするデュークは、なんだか大きな黒猫のようだった。
というか。デュークはとても口が悪い。レディーに対して『てめぇ』は流石に酷いんじゃないだろうか。
私はちょっとムスッとしながらボードにまた文字を書いた。
『そろそろ『てめぇ』とか『お前』とかで呼ぶのやめてくださらない?わたくしはシャルロッティという素敵な名前があるのよ』
「……長いから呼びづらい」
『じゃあシャルでもロッティでもいいから』
「………は」
何故か思いっきり引いた顔をしているデュークを睨みつける。何が嫌なのだろうか。ミミズが大好きな私だって、一応レディーなんだから。
『次、私に『てめぇ』って言ったら、寝てる顔に落書きするからね』
「いや、ふざけんなよ」
『眉毛繋げて目玉を書いて、おでこにミートって書くわ』
「お前本気でやりそうで怖い」
『やるわよ。ほら、お前じゃなくて、シャルね。言ってご覧なさい』
そう言って詰め寄ると、デュークは何故か口を真一文字に結んで、目をキョロキョロとさせた。なんなんだろうか。
不機嫌に眉をひそめ、デュークを睨みつける。デュークは何か観念したように、はぁと息を吐き出した。
「…………シャル」
『わかればいいのよ。仕方ないわね。許してあげるわ』
ドヤ顔でデュークを見下ろす私は、よく考えたら雇われの身ではあるのだが。前回丁寧に接したら本当にやめろと言われて、結局友人のように振る舞うことになった。あまり仰々しいやり取りは好きじゃないんだろう。……ということでお言葉に甘えて好きに振る舞っている。振る舞い過ぎだという異論は受け付けない。
そしてそのままデュークを叩き起こし、ソファーを整えて、ブランケットを畳んだ。これが、大体の毎朝の定例行事になっているのだが。私は少しの疑問を元にまた文字を書いてデュークに見せた。
『ていうかソファーじゃなくてベッドで寝なよ』
「めんどくさい」
『嘘でしょ……』
ベッドで寝るのが面倒だという人種がいるなんて。信じられない気持ちでデュークを見る。デュークはポリポリと頭を掻きながら、うーんと背伸びをした。
「飯なんかある?」
『サンドイッチきてるよ』
「じゃあ食べるか。お茶入れて」
コクリと頷いて朝ごはん……というより、朝昼ごはんの準備を始める。具がたっぷりのサンドイッチは、デュークが朝ごはんと昼ごはんを兼ねると分かっていてのボリュームだ。
食事については、毎日この部屋にメイドさんが訪ねてきて、ワゴンに乗った食事を置いていく。いつの間にか私の分も来るようになったが……デュークには、何故か一人で食べるなと厳命されている。
理由を聞いたら、「何が入ってるか分からないから魔術で毒とか無いか調べてからじゃないとダメ」という事だった。なんと、デュークが毎回調べてから私にご飯を食べさせてくれてたらしい。お礼を言ったら、「ついでだ」とボソリと返されてしまった。つれない。
とにかくそんな状況なので、私は朝早く起きて、保管している安全だという食材で簡単な朝食を取った後、温室の管理をして、昼前になってソファーで寝ているデュークを起こす……という毎日を過ごしている。
「俺この具苦手」
私のお皿にピクルスたっぷりのサンドイッチが乗せられた。呆れた顔でデュークを見る。そう、デュークは好き嫌いが多い。
『ちゃんとお野菜も食べないと大きくならないよ』
「もう十分成長した」
『体のバランスが崩れてデブかハゲか病気になるよ』
「………好きな野菜もある」
言い訳するデュークのお皿にレタスとトマトと鶏肉が挟まったサンドイッチを私のお皿から移しかえる。これなら食べれるでしょ?と目で訴えるとデュークは何故か愉快そうに笑っていた。
「なんかオカンみたいだな」
『誰がオカンだ!!』
ボードにデカデカと殴り書いた。確かに、小さな頃にお母様が亡くなってから、母親代わりを目指したこともあったけれど。オカンと言うにはまだ若いはずだ。むくれていると、デュークは私の小皿のぶどうの上に、デュークのぶどうを数粒追加した。
「褒美をやろう」
やったー!!ぶどう!!
喜んでニコニコして……ハッとしてデュークを見た。
しまった。可笑しそうに肩を震わせている。
「悪い、オカンじゃなくて……単純なガキだったわ」
またむくれたのは言うまでもない。
そんな感じで、日々は騒がしくも穏やかに過ぎていった。時々妖草の栽培について意見を求められるときもある。過去に学んだことや農作物の育種での経験をもとに意見を返し、議論することもあった。
デュークはそういう時、真剣な様子でじっくりと私の文字を目で追ってから、何故か意味深な顔で私をじっと見て、分かった、とその意見を受け取ってくれる事が殆どだった。
あれ以来、私がシャルロッティであることについては、あまり言及されることは無かった。信じてくれたのかは分からない。でも、筆談ではあるけど、会話をしている感じ、それなりの信頼関係は出来てきたように思う。
デュークがくれた魔力ペンとボードもとても便利で、いつも好きに書きなぐってしまう。ただ、書いてひっくり返して見せて……という動作が面倒で。ひらめいて、向かい合うんじゃ無くて隣り合うように座ったら書きながら見せれて筆談もしやすいじゃん!と、基本横に座るようにした。
なぜだかデュークは最初、私が隣に座ることにビックリしたようで挙動不審だったけど。最近はそれなりに慣れてきたようで、私がボードに書き込むのを近くで覗き込んでくれるようになった。
うん。いい信頼関係が出来てきたように思う。順調な毎日。
そんな平穏な毎日に事件が起こったのは、デュークが不在の時のことだった。
デュークは時々どこかへ出掛けていく。なんでもデュークは留学生だということで、週に数時間授業を受けているのだそうだ。もう卒業間近で殆ど授業は無いそうだけど。
私はというと、そんな時は部屋でお留守番だ。というか、むやみに部屋から出るなと言われていて、時々デュークとメトの散歩に行く以外は外に出ていない。
そういえば、自分の部屋にも一切帰っていない。着替えも使いやすい物を準備してくれたし、他の生活用品もあるから不便なことは何もなくて、もはやレオナルド王子に与えられた自分の部屋があったことすら忘れそうになるぐらいだ。
デュークのいない、がらんとした部屋を掃除していく。普段使いしている広いリビングには、こぢんまりとしたカウンターキッチンとソファーとテーブル、デュークがいつも使っている机がある。よく分からない紙の地層で雑然としていたリビングは、好きに整理していいと言われてから私が整理整頓担当だ。とっちらかってあちこちに置かれがちな紙の束は種類ごとに分けて棚に保管して、新しく届いたものはデュークの机に。小物も整理整頓して、リビングはいつも小綺麗にできていると思う。
後は、私がいつも寝ている部屋と、他に入ったことのない部屋が数部屋。たぶんどれかがデュークの寝室だと思うけど、入るなと言われてるから入ったことはない。……物凄く汚かったらどうしよう。
それからお風呂にトイレ、王宮に続く小さな前室。この前室までなら王宮のメイドさんも入れるようにしているようで、食事はここに置かれるのだけど。前室より先は魔術か何かで関係ない人は入れないようにしているらしい。随分用心深いなと首を傾げる。
そんな前室を掃除しているときだった。
コンコン、と部屋をノックする音がした。
食事が来るには少し早いけど。私は首を傾げながら扉を開けた。
よく見かけるメイドさんの服を着た女の人だった。
おはようございます、と心を込めて微笑んだら、メイドさんはニコリと笑い―――私の口を、何かで塞いだ。
えっと思うまでもなく、目の前の景色がぼやけていって。
私の意識はストンと闇の中に落ちていった。
「―――いつまで寝てるんだ?メルル」
寝ている?全く時が経ったような感覚がない。そして、誰かが私の頬を撫でている。
重い瞼を無理やり開くと、そこは懐かしの『王宮の中の私の部屋』だった。
私の頬を撫でるその手の持ち主を見る。そこには、優しく微笑むレオナルド王子がいた。
一拍おいて、状況を把握した。やられた。私はさっきのメイドに連れ去られたんだ。
「良かった。元気だった?なかなか取り戻せなくてごめんね。もう大丈夫だ」
にこやかに笑うレオナルド王子に鳥肌が立つ。無理やり攫ったくせに、何を言っているんだろう。ゾッとして頬を撫でる手から身を離す。
私は薬で眠らされて、ここに運ばれたんだろう。でも、幸いにも、ここは勝手知ったる自分の部屋だ。うまいこと逃げられるチャンスはあるはずだ。そう気を取り直した。
そして、なんとか起き上がり……立ち上がろうとして、違和感に気が付いた。
チャリ、と体の近くで鎖の擦れる音がした。その鎖は、私の体に沿って登り、首元に向かっている。
首元の違和感に、ゆっくりと手を伸ばす。
そこには、柔らかな――でもしっかりとしたチョーカーが巻き付き、小さな南京錠で美しい金の鎖と繋がっていた。
「ビックリした?可愛いだろう?もう君が逃げ出せないようにって、特別に作らせたんだ」
嬉しそうに私の首元を覗き込む王子の姿を呆然と眺める。
信じられない。まさか、女性を、家畜かペットのように扱うなんて。
ぞわりとした恐怖が体の芯から湧き上がってきて、じりじりと王子から距離を取ろうとする。でも、ベッドのすぐ横は壁になっていて。あっという間に逃げ道は無くなった。
「どうしたのメルル?あんなに僕のこと大好きだったのに……もしかして君を捕まえていたデュークに、何か良くないことをん吹き込まれたんじゃない?」
――何言ってるのよ、元からあなたなんて願い下げよ、このクソ王子。
そう言いたかったのに、声は出ない。代わりに、キッと王子を睨む。
レオナルド王子は、そんな私の表情をみてキョトンとすると、また柔らかく微笑んだ。
「やだなぁ……もしかして、焼きもち?大丈夫だよ、僕は結婚したって、ずっとメルルの事は大好きだからね?」
何いってんだこいつ。イライラしてより顔を顰めて王子を見る。
――あなたが複数の女性を好きなのは別に止めない。でも、私にそれを受け入れろと強制するのは間違っているわ。
そう言いたかった。でも――
手をぎゅっと握る。今私の手には、ペンもメモも……デュークの魔力ペンとボードも無い。
「ほら、そんな顔をしないで。ね?君はずっと僕のものだ。だから、安心して」
ふざけないで。そんな気持ちを込めて、思いっきり叩いてしまおうと思って―――ぐっと、思いとどまった。
相手は王子。そして私は――王女シャルロッティではなく、ただの、なんの立場もないメルルだ。現時点で不敬として切り捨てられても文句は言えないのだ。
じゃあ、じゃあどうする?
壁に張り付くように限界まで身を離しながら、頭を働かせる。
叩けないし殴れない。蹴るのも噛みつくのもだめだ。声が出ないから、説き伏せることも叫ぶこともできない。鎖に繋がれた今、逃げ出すことは、このタイミングではできないだろう。
じゃあ、何ができるの……?
スッと、手先が冷たくなっていく。
声の出ない、圧倒的弱者。それは、王子にとって、恋人なんかじゃなく――愛玩奴隷、そのものじゃないか。
泡になって消えたメルルのことを思う。メルルは、もしかして、こうなる事を知っていて――
「ふふ、どうしたの、メルル。ね、わかった?」
息がかかる距離で私を見つめるレオナルド王子は、昏い目を細めて笑った。
「―――僕からは、逃げられないよ?」
「まじか。狂気だな、レオナルド」
その声にハッとして、部屋の入り口を見る。そこには、けだるげな様子のデュークがいた。
「……デューク、勝手に僕のテリトリーに入るだなんて、酷いルール違反だよ?」
「あぁ、悪かった。でもまさか、お前が我が国の『国宝』を持っていくとは思わなかったからな」
「――国宝?」
まさかと思って胸元を抑える。毎日必ずつけるように言われていた、立派なブローチ。こんな高級品を!?と最初突き返したのだが。それは魔道具で、ここで暮らすなら必須だと押し切られ、言われるがまま毎日つけていたのだ。
まさか、こ、国宝とは……!?
「あぁ、勝手にさわるなよレオナルド。俺の許した相手以外はさわれないよう術がかかっているからな」
「……随分貴重なものをメルルにつけていたね?」
「俺のものに俺の宝を付けて何が悪い?」
「ふふ、何だいそれ。もうメルルを自分のものだと思っているの?」
そう言ったレオナルド王子は、私の顎を撫でながら持ち上げると、嬉しそうな顔で笑った。
「メルルの心は今でも僕のものなのにね?」
――私の心を勝手に決めるな!!
そう怒鳴りつけたいのにやっぱり声は出なくて顔をこれでもかと不機嫌に歪める。それでもにこやかに私を見つめるレオナルド王子は、何か違う次元で生きているようで恐ろしく感じた。
「普通にお前のこと嫌がってるように見えるけど」
そうだそうだとコクコクと頷くと、レオナルド王子は困ったような顔をした。そして、私の顎をグッと強く握った。
「傷つくなぁ。いくら愛情の裏返しだからって、僕も忍耐力ってものがあるからね?」
怖すぎる。そろそろ泣きそうだ。助けを求めて目だけでデュークを見ると、デュークは思っていたよりも、怒ったような、冷たい顔をしていた。
「さっきも言った通り、こいつは俺のものだ。そろそろ手荒に扱うのは止めてその悪趣味な首輪を外してもらおうか」
「何言ってるの?君の国宝は返すけど、メルルは僕のだよ。ねぇ」
「――これが証拠だ」
デュークはピラリと2枚の紙を取り出した。
「俺の付き人としての雇用契約と、無国籍だったこいつの、俺の国での国籍取得をした証明書だ。我が国の人間で俺の手の内の者を国宝と共に誘拐し手荒に扱ったとなれば、俺としても正式に抗議するしかない。……今すぐそいつを開放したら、百歩譲って目を瞑ろう。俺もここに侵入した負い目があるからな」
「………まさかそんな所まで手を回しているとはね」
はぁ、とため息を吐いたレオナルド王子は、一拍置いてからポケットから鍵を取り出し、私の首元の南京錠を開けた。カチリとチョーカーが外れ、自由になった私の首を――レオナルド王子は優しく撫でた。
「悪い子だね、メルル。今日のところはしょうがないけど、ちゃんと帰ってくるんだよ?」
怖すぎる。悪い子って何。
ゾッとしながらブンブンと首を横に振り、慌ててデュークのところに逃げる。どう考えても今はデュークの優勢だ。存分に助けてもらうしかないと、デュークの背に隠れてヨレヨレの着古したローブをギュッと掴む。
デュークは、ふぅと気が抜けたように息を吐き出すと、私の手を取った。
「……こいつはもうお前のところには戻さない。異論があれば攫ったりしないで俺に直接言え。じゃあ、邪魔したな」
「――メルルは、こんな根暗な魔術師のところにいて、本当に幸せ?」
部屋を出ようとする私とデュークの背に、レオナルド王子の嘲笑うような声が響いた。
歩みを止めたデュークが、少しだけレオナルド王子を振り返る。
「みんな言ってるよ?可愛いメルルが、気持ち悪い生き物と一緒に、デュークに飼われているんじゃないかって。嫌々一緒にいるんじゃないかってね」
何それ。気持ち悪い生き物なんていないし、メトは可愛いし、私は飼われているわけじゃない。
私はデュークを嫌がってなんかない。
そう、強く否定したいのに。
なぜ、私の声は出ないんだろう。
悔しくて、悔しくて。下唇を噛んで、やるせない気持ちのまま、怒りでレオナルド王子を睨みつける。
レオナルド王子はそんな私を見て、困ったように笑った。
「メルル……本当にそんなむさい男のほうが好きなの?どうしちゃったんだよ、ほんとに」
ふざけないで、女にだらしないあなたなんかより100億万倍好きなんだから!
そう言えたらどんなに良かっただろう。
私は、怒りで震える息を、深く吐き出した。それから、ぎゅっとデュークの腕にしがみついてから、毅然とした顔でレオナルド王子を見つめた。
なんの立場もない、声も出ない、圧倒的弱者の私だけど。私の心まで、権力者の自由にはさせないわ。
レオナルド王子はやれやれと首を傾げてから、私とデュークの様子を見ていた。
「……わかったよ。今日はメルルのワガママに付き合ってあげる。たまには珍味も食べたくなるだろうしね」
「随分な自信だなレオナルド」
ふ、と笑ったデュークは、しっかりとレオナルド王子を振り返ると、ニヤリと笑った。
「お前がそんなに自分のことをいい男だと思っているとは知らなかったよ」
「わぁ、嫌味だね。でも少なくとも君よりは美しいと思うけど」
「その美意識はよく分からんな」
「そんなヨレヨレのローブ着てる君に言われたくないね」
「俺は毎日着飾るなんて疲れて無理だな」
「そう?とても大事なことだろう?誰しも結局は見た目から入るんだから。だから僕は人気者で、君は気持ち悪がられてるんだよ」
「――分かった。行くぞシャル」
ぐ、と手を引かれてその場を後にする。スタスタと私を連れて先を歩くデュークが、今どんな表情をしているのかは分からない。
ヨレヨレのローブ。確かに華やかではないけれど。私にとっては優しくて、安心できる、とても素敵な姿に見えた。レオナルド王子なんかよりずっと好きなのに。言い返せないもどかしさが胸に湧き上がる。
でも、そんな悔しさと一緒に、その背中と手の温もりになんだかホッとして。
じわりと涙が溢れてきた。
――ヤバい。
クイクイと手を引く。
「なんだよ――っておい!待て、我慢しろ」
ムリーと顔を歪める。どうしよう。悔しいしホッとしたしで、号泣しそうだ。
「っクソ、おまえ、とにかく両手で目覆っとけ!」
そう言うやいなや、デュークはガシッと私を掴むと、横抱きにした。私はビックリしながらも、涙が零れ落ちそうな両目を必死で覆う。
「絶対に目から手を離すなよ!」
バタバタと私を運ぶデュークの慌てた声が可笑しくて。それから、デュークの腕や胸の温もりに、物凄くホッとして。そして、なんだか恥ずかしいような、嬉しいような、ソワソワしたような不思議な気持ちも溢れてきて。でも、悔しさや悲しさも強くて。
色んなものがごちゃまぜになった気持ちのまま、私の手の中で涙が溢れたのが分かった。
どんな涙の色になってるんだろう。
私はデュークに抱きかかえられて運ばれながら、そんなことを思っていた。
お読み頂いてありがとうございます!
少しでも楽しい時間をお過ごし頂けたら嬉しいです。
「王子怖っ!!」と恐れおののいてくれた読者様も、
「ちょっとデュークかっこよくなってきたかも……」と沼にハマり始めた貴方も、
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