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1-5 人魚の涙

 波の音が聞こえる。


 薄目を開けると、ぼんやりとランプに照らされた天井が見えた。


 ここ、どこだっけ?


 だるい腕を動かして、額に手をやる。

 耳の上あたりが少し痛い。


 パサリと何か冷たい物が落ちてハッとした。


 濡れたタオルが頭から滑り落ちたようだった。


「――気づいたか」


 声がした奥の方を見ると、ランプを手にしたデュークがこちらに向かって歩いてきていた。その暗がりの中に照らされたデュークの表情に、気を失う前の冷たい視線を思い出してふるりと身体が震える。


 そうか、私はあれで、気を失って―――


「………悪かった」


 ふいに謝罪の声が聞こえて、デュークを見上げる。デュークは、何だか少し悲痛な面持ちをしていた。


「…………倒れた時に、頭を打っていた。支えられず悪かった。痛むか?」


 そっと側頭部に手をやると、少し切れていたのか手当てがされていた。カタリと私の横に座ったデュークは、ボードとペンを差し出した。


「もうお前に危害は加えない。話したいことがあれば、自由に書け」


 状況を把握できないまま、ボードとペンを受け取る。人に化けた人魚だけれど、受け入れてくれたという事だろうか。


 寝たままだと書きづらくて起き上がろうと身動ぎする。すると、デュークは背を支えて私を起き上がらせてくれた。もう、あの冷たさはどこにも見えなかった。本当に、大丈夫なんだろうか。


『信じてくれたんですか?』


 悩みながらも文字を書いた。デュークは、それを隣で覗き込みながら、静かに口を開いた。


「あぁ。まずは、お前が人魚だというのは証明された」


 なぜだろうと首をひねると、デュークは少し気まずそうに、サイドテーブルから何かを取ると、手のひらの上にそれを乗せて私に見せた。


「お前の――人魚の涙だ」


『人魚の涙』だという透明な水色の石。ランプに照らされたそれは橙の光を淡く反射していたが、温かい光の中にあるはずなのに、とても冷たく、悲しげに見えた。


 珍しいものを見るような私を、デュークは私の様子をうかがうように、じっと見ていた。


「………本当に中身は違う人間なんだな」


 えっと思ってデュークを見ると、デュークは困ったように笑った。


「自分の身体から出た涙の石なのに、珍しい物を見るように観察するわけないだろ」


 確かに……と頷く。デュークは手のひらの上でそれをコロリと転がした。


「……これは間違いなく人魚の涙だ。そして、お前の目からこれが転がり落ちるのもこの目で見た。お前は間違いなく、人魚だ」


 まさか、そんな証明方法があったとは。意図せず確固たる証拠を出した私は、考えても無駄だなと、まぁいいかと頷いた。


 デュークは、私の様子を用心深い様子で観察しながら、更に続けた。


「お前が、あのフィンティアの王女、シャルロッティ=バルバドロス=フィンティアだというのは……正直、まだ半信半疑ではあるが、信じた」


 それから、デュークは心配の滲む顔で私をそっと見た。ランプに照らされた青みがかった瞳が、ゆらゆらと揺れて見える。


「この話は、無理にしなくていい。――辛い思いをさせて、悪かった」


 ハッとした。そう、私はあの時、光る刃に凄惨な記憶を思い出して気を失ったんだった。


 暗闇の中、また恐怖を思い出して冷たい手を握り合わせる。


 そう、そうだ、私は―――



 急に、手が温かくなった。その温もりに張り詰めた気が抜けて、息を吐き出す。見ると、デュークが震える私の手を、その骨ばった大きな手で覆っていた。


「大丈夫だ――もう、何もしない」


 悲痛な面持ちのデュークは、私の顔をちらりと見てから視線を外して、うつむいた。


「今から、平気でいるのは難しいかもしれないが、もうお前に危害を加えないというのは本当だ。人魚は人に危害を加えるような生き物ではないし――多分、中身のお前がシャルロッティだというのも、本当なんだろう。………怖い思いをさせて、すまなかった」


 久しぶりにかけられた優しい言葉に、胸の中が温かくなっていく。やっぱり涙腺が緩んでしまったのか、またポロリと涙が零れ落ちた。


 それは、頬を伝って私の手元に落ちると、温かみのある柔らかな色合いの透明な石となって、コロリと転がった。


「……ホッとしたのか?」


 それを見たデュークも、何だかホッとしたような声になっていた。見ると困ったような、安堵したような絶妙な表情で笑っている。


「人魚の涙は、その時の気持ちをそのまま色としてまとって石となる。さっき見せた石と、全然色が違うだろ?」


 拾い上げたそれを手のひらに乗せたデュークは、コロコロとそれを転がして元あったほうの石と並べた。確かにそれらの石は、明確に色が違っていた。


 冷たい、悲しみの色。それから、少し柔らかい色合いの、透明な温かみのある色。


 デュークはその石をしばらく見つめてから、心配そうな様子で私をちらりと見た。


「……お前、他の奴の前で泣くなよ?人魚の涙は最高級品だ。ひっ捕らえられて永遠に泣かされるぞ」


 えっと目をひん剥いて驚いた表情をした私を見て、デュークはきょとんとした顔をした後……可笑しそうにふっと笑った。


「お前、表情豊かだな。しゃべんなくても大体わかる」


 小馬鹿にされたのが分かってムッとして眉間にシワを寄せると、デュークは笑いながら悪い悪いと謝った。


 ……結局顔芸で気持ちを伝えてしまった。そんな自分が可笑しくて、むくれながらもニヤついてしまう。


 そう、確かに、私の表情は分かりやすかったかもしれない。家族にもよく笑われたもの。



 デュークはそんな私を何となく温かい表情でちらりと見たあと、ふぅと息を吐いて立ち上がった。


「とりあえず、今日はもう遅いしこのまま泊まっていけ。お前の部屋のメイドやレオナルド王子にも手紙で事情は伝えてある」


 まさかもうクソ王子へも連絡してくれているとは。でも腐っても王子だ。デュークはそんなことして大丈夫だったのだろうか。心配しつつデュークを見ると、デュークはニヤリと笑った。


「なんだ?やっぱりレオナルド王子に未練があるのか?」


 思いっきり首を振る。それはもう引きちぎれんばかりに。絶対に嫌だし、そんな風に思ってもらいたくもない。


 デュークはそんな私を見て愉快そうに悪い顔をして笑った。


「っくく、わかったよ。大丈夫だ、このままなし崩し的にレオナルド王子から離れられるようにしてやる。勝手にやるが、それでいいか?」


 コクコクと頷く。とにかく一刻も早くあのクソ王子からは離れたいのだ。思う存分やってほしいと思いっきり首を縦に振る。


「お前……身振り手振りでそこまで意思伝えられるのって、もはや特技だな。わかった、じゃあ好きにやらせてもらう。で、腹減ってないか?適当で良ければなんか作るけど」


 えっこの人料理できるのと驚いてデュークを見上げた……ら、同時にお腹がクゥ~となった。


 恥ずかしい。


「っふふ……良く分かった。待ってろ」


 そう言うとデュークは愉快そうに部屋を出ていった。



 薄暗い部屋に一人取り残される。あたりを見渡すと、少しの生活感がありながらも、さっぱりとした部屋だった。箱に入ったままの荷物があるあたり、ここはあまり使われていない客間か何かだろうか。


 サイドテーブルに置かれた『人魚の涙』をぼんやりと眺める。


 温かみのある不思議な色合いの石は、それを見ているだけで自分の心も温まるようだった。


 ―――こんな気持ちになるなんて、いつぶりだろう。


 祖国を出て、3年ほどだっただろうか。孤独な帝国での暮らしは、祖国のためとはいえ、自分らしさを殺した日々だった。


 何を考えているかすぐ分かる、豊かな表情。そんな表情をしたのだって、いつぶりだっただろう。



 暫くしてデュークが持ってきた、適当に皿に突っ込んだような見た目のパン粥は、少しスパイスが効いていて思った以上に美味しくて。


 そして、なんだかほっとするような温かさだった。


お読み頂いてありがとうございます。


早速ブックマークしてくださった方ありがとうございます!!

すごく嬉しいです!!


デュークさんは、ちゃんと人魚だって分かってくれたみたいです。

「えっ涙が宝石になるとか素敵」と思ってくれた読者様も、

「ふふふ、他にどんな色があるのかしらね」と思いを馳せて下さった貴方も、

いいねブックマークご評価なんでもいいので応援頂けると嬉しいです☆彡

ぜひまた遊びに来てください!

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