1-3 恋なんてしません
甘く頬を緩ませる美男子。
うっとりと見つめ返し、寄り添う可愛らしいお姫様。
それを無表情で見つめる私。
今日はレオナルド第二王子と隣国の第四王女ロザリンデ様の結婚式だ。
仲睦まじく見つめ合う二人は、「君に生涯愛を捧げる」「私も愛しておりますレオナルド殿下」みたいな感じのことを伝え合い、結婚の契りか何かを交わしている。
声が出ず文字も書けなかったメルルは、その取り扱いもなんだかふんわりしている。そのため、イマイチ説明のないまま朝から何となく綺麗な格好にされ、ここに連れてこられた。
結婚式であることぐらい、なんとかして教えてほしかった。言われていたら逃げたのに。王子の結婚式に参加だなんて、何という鬼畜だろうか。
周囲の参列者にバレないようにため息を吐き出す。大体私は病み上がりだ。高熱頭痛に鼻水腹痛。先日男を助けたときに冷たい海の中に入ったからか、それとも呪いを身体に溜め込んだ反動なのか。三日三晩寝込んだ私は、多分今日はげっそりしていると思う。
まぁ、風邪が感染ったらいけないということで、王子が部屋に寄りつかなかったのは良かったのだけど。首にネギーという薬草を巻いていたので、メイドさんも遠巻きだった。ネギー効くのにな。
やれやれとしなびた顔で周りを見渡す。沢山の重鎮やマダムたちと一緒に若いご令嬢も混ざっているが、そのうち数名は何故か勝ち誇ったような顔をしていた。どうせ王子に「本当は君を愛しているんだ」とか言われてそれを信じている側室候補の皆様なのだろう。
制度上、この国では王子の側室は認められているし、それでなくても貴族は愛人を持つことも多いから、よくある話といえばそうなのだけど。
この状況は、私にとっては最悪だ。私の国は一夫一妻制。もちろん私もその常識の中で生きてきた。そんな私にとって、この国の状況は、『死の危険』と隣り合わせの危険な状況でしかない。
公然とイチャイチャし始めた王子と姫をぼんやりと眺めながら、現実逃避をするように海の魔女の手紙を思い出す。それは、大きな貝殻に書かれていた。
*****
おばかなメルルへ
あっはっは!ざまぁないねメルル、だから言ったじゃないか。そんなキラキラの王子なんて追いかけたって不幸になるだけだって言っただろう?勉強になったかい?
さて、質問に対する答えだが、そのレオナルドとかいう王子を愛していないなら、王子に愛されなくても泡にはならない。あの魔法薬は愛を失った――つまり俗で言う失恋した時に、その心の痛みで泡になるようにできているんだ。だから、好きでもない王子に愛されなくても泡にはならないよ。
だがね、メルル。お前が他の男を愛し、その愛を諦めなければならなくなった時。お前はその失った愛の痛みによって、泡となって死ぬだろう。だから、好きになる男はよくよく選ぶことだね。まぁ、そんなふうに好きな男を選べれば、だが。難しいかもしれないねぇ。
一応お前の姉達が髪の毛と引き換えに持っていった短剣で、愛した男を刺殺して返り血を浴びればまた人魚には戻れる。愛してもない男の血は浴びても血濡れになるだけだ。その剣はくれてやるから、どうするかはあんたが考えな。
悪いが、契約は契約だ。声は戻してやれないし、好きな男を殺す以外に人魚に戻してやることもできない。なんとかうまく地上で生きておくれ。
そうそう、お前その姿で人魚の魔法を使っただろう。おかげで、人間に海の魔法を使わせるとは何事だと海の神様に怒られちまったよ。とりあえず、理由を話したら納得してもらえたけどね。
ただ、悪いが、人間のお前が人魚の魔法を使えると人に知られるわけにはいかない。もし知られてしまったら、その日の日没と共に人魚の魔法の力は消させてもらうよ。もしそうなれば、愛する男の返り血を浴びても二度と人魚には戻れない。せいぜい気をつけることだね。
海の魔女より
*****
現実逃避したつもりが、よりゲッソリとした気持ちになってしまった。放置した大根のようにしなびた顔になる。
最悪だ。色々書いてあるが、最も重要なのはこういうことだ。
『失恋したら泡になって死ぬ。』
冗談じゃない。どんなデスゲームだ。100%成就する恋愛しかできないじゃないか。しかも、死にたくなかったら愛した男を殺して返り血を浴びろと?アホか。そんなことをするぐらいなら潔く死ぬわ。
はぁ、とまたため息をつく。
奔放な――自分にとっては最低な男が多いこの国。負け戦の匂いしかしない。愛人ポジションだとしたら、多分私は耐えきれず、あっという間に泡になって死ぬだろう。そもそもわが祖国は一夫一婦制。文化からして合わない。
こうなったら仕方ない。
できる限り恋愛はしない。
愛か死か―――そんなの、愛を諦めるほうがいいに決まっている。なんたって私は、安易に期待して恋をして、そして処刑された冴えない田舎育ちの王女なのだから。
こっそり溜息を吐いて宙を見上げる。
万が一男に近づくとしたら、好きにならなそうな男にして……できる限り接する人数は少なめにしよう。女の人は、今までの経験上、自分は恋愛対象にならないだろうから気にしない。
もしくは………と思って首を横に振った。
―――自分ただ一人を愛してくれる人を好きになる。
素敵な響きをまとうその言葉を、頭の中から泡のように消し去った。
ふるりと身体が震える。高望みをしたら、今にも泡になって消え去りそうだ。そんな気持ちになった。
そう、あんなにも、思い知ったのだから。
結婚式は華々しく規定の儀式を終えてガーデンパーティーとなり、参列者はぞろぞろと海の見えるテラスに出ていった。何となくその派手で騒がしい輪から離れたくて、その場を離れ、テラスの小さな階段を降りた。
昼下がりの砂浜は穏やかで、浜辺の花がゆらゆらと揺れている。どこまでも広がる水平線に向かって、青い水面がキラキラと太陽を反射し、空は眩しいほどに真っ青だった。
小さな岩に腰掛けて、ぼんやりとその景色を眺める。それから、ポケットから1枚の紙をとりだした。
*****
《仕事を探しています》
声が出ませんが、色々お役に立てます。
・事務仕事全般(契約書、申請書、提案書代理作成、財務関連、要約、議事録、他。領主代理経験があります)
・農作業(家畜や畑の世話。一番好きです。育種経験あります)
・家事全般(炊事洗濯掃除できます)
・これ以外もご相談ください
※レオナルド王子のご結婚の祝福により、失った記憶を思い出して筆談できるようになりました。
今後は仕事を見つけて、独り立ちして生きていこうと思います。
住み込み大歓迎です。
シャルロッティ (メルル)
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できるだけ早く王子から離れたいと思って作った、王子離れを兼ねた職探し用の能力リストだ。
今は王子の愛人としての立場なのか、王宮のちいさな一室を充てがわれていて、食事と服がなんとなく提供されている。特に生活に問題はないのだけど、とにかく気持ち悪い。
働かざる者食うべからず。
その精神は変わらないのだけど。
……声が出ないからなぁ。しかも、なにか使えるかもと思った人魚の魔法も人前で使ったらその力を失ってしまう。つまり、私は話せないただの人として生きていくしかないのだ。
友人知人もいない知らない国で何という状況だろうか。はぁぁぁと、重いため息を吐く。しかも失恋したら泡になって死ぬときたもんだ。最悪だと途方に暮れる。
とにかく、この状況で働ける職場を探さねばならないだろう。条件としてはまずは……男の人が少ない職場の方が良いだろう。お嬢様の侍女のような女性が多い職場もいいかと思うのだけど、逆に男が寄ってきたりするのだろうか。それなら、少人数の方しか会わない、引き込もれるような仕事があればいいんだけど。まさか会話ができない状態で生きることになるなんて思わなかったから自信がない。
また深いため息を吐いて、心細い気持ちでキラキラと揺れる海を眺めた。
ガサガサガサ!!
突然背後の茂みが動いて、ビックリして飛び上がる。背後の揺れる茂みをゾッとした気持ちで振り返ると、緑色の割と大きな生き物がピョコリと顔を出した。
―――エリマキトカゲ?
お腹に赤いリボンのようなものが巻かれている。……ということは、ペットだろうか。首を傾げて私を見上げるその姿はちょっとマヌケだけどなんとなく可愛い。
一時見つめ合っていると、ふと遠目に男がキョロキョロとしているのが見えた。それから、こちらを見てハッとした様子で走ってきた。なるほど、飼い主か。
視線を外したからか、またチョロチョロと歩き始めたエリマキトカゲを、背後からガシッと掴んだ。
「シャーーー!!」
顔の周りの襟を広げて威嚇された。……ちょっと可愛い。
「悪い、助かった」
追いついてきたのは、もっさりとしたワカメのような長い黒髪がとにかく地味な男だった。よれよれのローブを着ているその姿には、何だか見覚えがある。
―――あ、この人!!
そう、つい先日そこの浜辺で助けた呪われた男だった。
顔色も悪くなく、足取りもしっかりしている。無事に元気になったようで良かったなと、ホッとして少し微笑みながら、捕まえたエリマキトカゲを差し出した。
男は髪の毛の間から覗く顔に驚きを滲ませながら、エリマキトカゲを受け取った。
「まさかコイツを素手で触ってくれるご令嬢がいるとは思わなかったよ」
―――当然よ。私がこんな小物に恐れをなすとでも?
そう言いたかったのに声が出ない。
口をパクパクさせるだけの私を見て、もっさりとした雰囲気の男は怪訝な顔をした。
筆談するしかない。メモメモ……と思って、ちょうど持っていた就活用のメモを思い出した。ずっと黙っているよりはいいだろうと、《声が出ません》のところを指で指し示す。
「………声が出ない?―――あぁ、メルルって、もしかしてお前あの王子の愛人の女か」
愛 人 の 女
最悪だわ!!何という屈辱。
メルル、覚えてらっしゃいと、もはや天に召された体の持ち主に心の中で悪態をつく。そして怒りでプルプルとしながらメモ帳とペンを取り出し、荒ぶる心のままに書きなぐった。
『確かに私はあのクソ王子に助けていただいた可憐な美女ですけれども、私は複数の女に手を出すような軽々しい男は死んでも願い下げですの。御恩は感じておりますがもう王子からはお離れして自立して生きる所存ですし、愛 人 の 女 という呼び方は 金 輪 際
お止めになってくださいますか!!!今の私の名前はシャルロッティ!シャルロッティとお呼びください!!そもそも私は―――』
「待て、分かった、とりあえず止まれ」
怒りで涙目の私を半ば呆れたように止めた男は、エリマキトカゲを器用に肩に乗せながら、疲れたようにため息を吐いた。
「とりあえずお前、気持ちはわかるが、ここの文字は消しとけ。見つかったら不敬で処罰されるぞ」
――確かに。
私は『クソ王子』をこれでもかとグリグリと消し、『親愛なるレオナルド王子』と小さな文字で書き加えた。それ以降も……うん、直せないなと諦めた私はヤケクソで『軽々しい男』を『一般的な殿方』に書き直した。意味不明な文章になったがもはやどうでもいい。
ゲッソリして顔をあげると、黒髪の男は口を抑えてプルプルと震えていた。
「っお前……筆談なのになかなかの騒がしさだな」
それはそうだ。私は元々お父様に少し口を閉じろと言われるほど口達者なのだから。それなのに声が出ないだなんて。ウンザリした気持ちになりながらも、メモを綴る。
『私は元から口達者なほうなのです』
「へぇ。じゃあ話せなくて不便だろうな」
『とてつもなく不便です』
「記憶が戻る前は、どうしてたんだお前。筆談もできなかったんだろう?」
『意思疎通ができないのは本当に不便だったと思います』
そう書いてから、いやこの間まで『自分』が意思疎通できてなかったんだったと思い出した。変なやつだと思われるかと思ってちらりと男を見たら、男は私の職探し用の紙をじっと見ていた。
「………雇い主は見つかったのか?」
おっもしかしてという期待を込めつつ『まだです』とペンを走らせると、男は何故か呆れたような顔で、まぁそうだよなと言った。
『この条件だと職にありつくのは難しいですか?』
「いや、そうじゃない。お前がレオナルド王子の所有物になっているのが問題だ」
所 有 物
最悪だわ!!このシャルロッティ=バルバドロスをモノ扱いするだなんて!!田舎者で洒落っ気が無かろうとも、腐っても一国を背負った王女だったのに!!!
怒りでプルプルしていると、察したのか待て待てと静められた。
「まぁ、落ち着け。普通じゃお前を雇えないだろうが、なんとかしてやらなくもない」
えっと顔を上げる。男はワカメのような黒髪の間から、青みがかった灰色の目を窺うように覗かせた。
「その代わり、ガッツリ働いてもらうのが条件だ。紹介できるのは嫌われがちな仕事だが、とりあえず出来そうかどうか、話だけでも聞いてみるか?」
あのクソ王子から逃げるのがそんなに大変なのだったら、まずは話を聞いてみるしかないだろう。
男はコクコクと頷く私を一応満足気に一瞥してから気怠げに手招きすると、砂浜の奥にある平屋の温室の方へと向かった。
真っ青な空の下の、昼下がりの浜辺。
エリマキトカゲに誘われるように再び出会った男は、本当に呪われていた男なのかと疑うぐらい、ダルそうな男だった。
お読み頂いてありがとうございます。
応援してくださった方ありがとうございました!
少しでも楽しい時間をお過ごし頂けたら嬉しいです。
「ふふ、お早い再会ですね」とニヤついてくれた読者様も、
「リボンついたエリマキトカゲかわいい」と思った爬虫類好きな方も、
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