1-29 船出
「いやぁ〜ほんと、なんとかなって良かったよね」
爽やかな風の吹く港で、そうマーカスさんが呟いた。
「帝国軍もスムーズに国に入ったし、革命軍とも関係は良好。王族たちも無事に幽閉されてくれたし、何より民も誰も死ななかった。ほんと、ありがとね、二人とも」
そう、あの日は色々とあったが、結果誰も死なずに済んだ。アルフォンス殿下も一命をとりとめ、今は幽閉された部屋の中でリハビリ中だ。
一度だけ面会したが、毒の抜けきったようなアルフォンス殿下は、私達に静かに謝罪と感謝を述べた。今は幽閉されながらも、前向きに国のために何かできることはないかと、帝国軍とともに話し合っているそうだ。
――ありがとう。
別れ際、私の手を取って静かに握手を交わしたアルフォンス殿下は、とても穏やかな表情で――そして少し寂しげだった。記憶も全てあるというアルフォンス殿下は、これから妖魔に取り憑かれた元王族としての人生が待っている。きっと、厳しい道のりだろう。でも、頑張って欲しいと、手を握り返した。
少しして、何故かスッと私達の握手を止めさせたデュークに、アルフォンス殿下は可笑しそうに笑って。元気でね、とデュークの肩を叩いた。
デュークはなんだかムスッとしていたけど。でも――デュークがこの人を殺さずに済んで、本当に良かったなと思う。
突然のデュークの宣戦布告から始まった帝国との戦争に、あの卒業パーティーの場にいた人々は皆驚いていたけれど。その日のうちに無血開城がなされて、民は死の恐怖を味わう暇もなく、あっという間に終戦となった。デュークの帝国の属国となったこの国は、旧王族貴族と革命軍と共に、新しい道を歩むことになる。
それが、成功するか否かは分からないけれど。革命軍の反乱を抑え、誰も殺すことなく無血開城を達成したその立役者は、私の隣で黄金色の目を陽射しの中で明るく光らせながら、白い砂浜の上に立っていた。
「ていうかさ、よくあの土壇場で小石に妖魔をくっつける作戦なんて思いついたよね。あれどうなってたの?」
「あぁ、あれか。シャルが小さいボードに書いたメモでなんとか」
「そんなメモ程度で急にいけるか?なんて書いたのシャルロッティちゃん」
そう、あの土壇場で私はデュークにボードに書いたメモを託した。時間がなくて走り書きだったけど。内容はこうだ。
『農学部のみんなへ 今すぐ大至急!!珪藻土荷台一杯分砂浜へ
妖魔→海水溶解→珪藻土濾過 って書きました』
「………は?え、デューク宛てじゃないじゃん」
そう、これはカイザーや他の農学部のみんなに宛てて書いたものだ。デュークに渡したら、そのまま意図を汲んでこっそり蔦を使ってメモを渡してくれた。そして砂浜に私を連れ出し、妖魔をおびき寄せてくれた。ちょっと冒険ではあったけど………
『デュークなら見ればわかるかなって』
「そうだな」
「いや俺は全く分からんぞ………」
「珪藻土は温室でも使ってるだろ」
『メジャーな園芸資材ですよ?』
「そう……相性ぴったりな二人で良かったよ……アルフォンス殿下も命拾いしたね………」
なぜか苦笑いになったマーカスさんは、やれやれと頭を掻いた。
「とりあえず、一件落着か。良かった良かった」
「いや、寧ろこれからが大変だろ。国がちゃんと立て直るかだからな。マーカス、本当にこのままこの国に残るのか?」
「あったり前じゃん!俺の素晴らしい交渉術があれば国の立て直しなんてあっという間ですよ」
そう言うと、マーカスさんはドヤ顔をデュークに向けた。
「それに、良いトコロ見せて俺に惚れさせる大チャンスだし?」
「……大チャンス?」
「………お前そんな鈍感でこれから本当に大丈夫?ねぇシャルロッティちゃん」
『私もなんの事だか全く分かりません』
「嘘でしょ!?シャルロッティちゃんも!?結構俺分かりやすいと思うんだけどなぁ……アピール足んないかな………」
「デュークー!!」
その声にマーカスさんがハッとして振り返る。砂浜の向こうから、カリーナ様がパタパタと駆けて来た。
「早いのね。もう行っちゃうのね………」
「あぁ。世話になった」
「最後まであっさりなんだから………」
カリーナ様は少し寂しそうに眉を下げた後、何か憑き物が落ちたように笑った。
「こっちに来たら顔見せてね」
「来れたらな」
「来てよ……その時は、シャルロッティさんも一緒にね」
そう言って私に笑いかけてくれたカリーナ様は、何だか少し大人っぽくなったように見えた。
「じゃあ、元気でね!私この後用事があってお見送りできないのだけど………良い船旅を、デュークライド殿下」
そう笑顔で別れを言ったカリーナ様は、来たばかりなのに踵を返して走り去ってしまった。
「か、カリーナにしては、慌ただしいよね〜」
絶妙な空気感の中、マーカスさんが変な作り笑いをする。
デュークは、眉を顰めてマーカスさんを一瞥すると、はぁ、とため息をついてから、私の背を押して船へと続く桟橋の方へ向かった。
「え!?なに!?じゃあな、とかも無しで行く気かよ!?」
「………お前はちゃんと目の前で氷の刃を防げたから大丈夫だ」
「………は!?…………えっ!!?え!!!?待って、お前気付いて!?」
「さっさと追いかけた方いいぞ」
そう言うとデュークは、振り返りざまにニヤリと笑った。
「お、おまえぇぇぇ〜〜〜っ!!」
「たまには帰ってこいよ。マーサが心配するだろうから」
「っ分かってるし!!」
『ほら、マーカスさん、大チャンスだから急いで』
そうボードに大きく書いてマーカスさんに見せると、マーカスさんは悔しそうに赤くなった。
「っクソ、シャルロッティちゃんまでかよ!お前ら覚えてろよ!絶っっっ対、ラブラブになって一緒に会いにいくからな!!」
「期待しないで待ってる」
「クソ皇子!!」
そう吐き捨てながら、マーカスさんはカリーナ様を追いかけて行った。
マーカスさんが駆けていく真っ白い砂浜が、陽の光をキラキラと反射して輝いている。
『なんか、あっという間に二人とも行っちゃったね』
「そうだな……まぁ、特にマーカスはかなり忙しいだろうしな」
なるほどと、数日の忙しさを思い出した。そう、妖魔を倒してからは、怒涛の数日間だった。
デュークの国の帝国軍は、妖魔を倒した後、すぐさまやって来た。そして私達は、反抗する貴族を帝国軍に引き渡し、伸びまくった蔦やら木やらを片付け………次いで事後処理と質問攻めにされること数時間。夜が明けてからやっと眠りについたのだが、朝起きて待っていたのは引っ越し作業だった。
『にしても、引っ越し早すぎない?』
「国の農園で、妖草妖樹が伸びまくって手に負えないらしい………」
『えっ剪定してないの?』
「シャルみたいに上手な奴はなかなかいない」
『まぁ、じゃあ皆様へ教育をしないとですわね』
私は尊大な感じでそう文字を綴った。
そう、私もこれからデュークの国へ渡って、デュークの管理する植物園のような場所で仕事をする予定だ。今までの温室の何倍もあるようだから、きっとやることはたくさんあるだろう。
そんな未来を想像しながら、デュークとのんびりと船べりによりかかり、筆談で語らう。船はまもなく出港するだろう。
「あれ、農学部のやつらじゃない?」
『ほんとだ!なにあれ!?』
わらわらと筋肉隆々の男たちが海岸沿いにやって来た。みんなつなぎの作業服で、カイザーだけが何故かうなだれるように牛の背に載せられている。
首を傾げていると、みんなは何か大きな布を広げ始めた。それはなんと巨大な横断幕で、『超絶御礼!!アニキ&姉御〜永久に仲睦まじく〜再会祈願』と書かれている。
恥ずかしすぎる。ちょっとやめて!!と手を振ると、みんな嬉しそうに、「「「うおおぉぉぉぉ!!!」」」と手を振り返した。いやいや、わーいって手を振ってるんじゃない!
『やめてって言いたいのに伝わらない!!』
「それ見越しての横断幕だろ」
『恥ずかしい!デューク、止めろって叫んで!』
「別にいいだろ」
『嘘でしょう!?』
赤くなった顔を覆っていると、デュークはくっくと笑いながら、私の頭を撫でた。海岸からヒュ〜!という冷やかす声が聞こえる。よりやめて欲しい。
もはや放心状態となった私は、諦めたように沢山の人が見送りに出ている白い砂浜を眺めた。
あの日降り立った砂浜は今日はとても穏やかで、暖かい陽だまりの中、気持ちの良い潮風が吹いている。
『もうこの海岸ともおさらばだね』
「……寂しい?」
『うーん、半分?デュークの国も楽しみだよ』
「その………ちょっと、家族が騒がしいかもしれないけど………」
『お姉さんが3人だっけ?』
「姉が3人、兄が4人」
エッとビックリして目をひん剥く。そんなに兄弟がいたとは。しかもデューク末っ子かと、不思議な気持ちになった。
デュークは何だか、気まずそうな顔をした。
「………もし、期待させてたら、ごめん」
突然デュークが謝った。よくわからず首を傾げる。
『何が?』
「その………叔父も二人いるからさ」
『叔父さんがどうしたの?』
全然話が読めない。デュークは少し言い淀んだ後、言いづらそうに口を開いた。
「………俺の王位継承権は10番目だから、あってないようなもんで………姉さんに子供が産まれたら放棄する予定だから……」
キョトンとしてデュークをまじまじと見る。
それから、わっと気が付いた。
『皇子様だった!!』
「いやそこからかよ」
『分かってたんだけど、色々あり過ぎて失念しておりまして』
言い訳のように苦笑いする。
「まぁ……シャルは気にしなさそうだなとは思ったけどさ……」
『嫌だった?』
「いや………安心した」
二人で船べりに寄りかかって、陽ざしの中キラキラと光る水面と白い砂浜をのんびりと見る。そよそよと吹く風が気持ちいい。
『そんなに心配してたの?』
「まぁ……隠してたし、少し後ろめたかったな」
『だって作戦上バレるわけにいかなかったんだから、しょうがないじゃない』
クスクスと笑うように息が漏れる。やっぱり声は出ないままだけど、こうして笑って過ごせるなんて幸せだ。そんな気持ちでデュークを見上げる。
デュークは、なぜか真顔で私を見下ろしていた。
「………シャルは、もう隠し事はない?」
その言葉にピタリと動きを止める。しまった。よく考えたら、私の隠し事のほうが酷い。
ずっと隠してきた人魚の魔法のことや、デュークを助けたこと。魔法の力を失わないために言えなかったという理由は説明したのだけど。
じとりと私を見つめるデュークに、冷や汗を書きつつ文字を綴る。
『もう隠し事はありません』
「ホントかよ」
『もちろんでございます』
「怪しい」
『信じてください』
「心配」
頑として譲らないデュークを、眉を顰めて睨む。
『なんでそんなに心配するのよ』
「………シャルが、勝手に消えていなくなりそうで、怖い」
そう呟いたデュークは、ふざけた様子を消して、思いの外真剣な表情で私を見つめていて。私は思わす息を止めた。
「……もう勝手に泡になるなよ」
デュークは、私が泡になって死にそうなところをはっきりと見ている。だから、私が思っている以上に、心配しているのだろう。
私は、じっと私を見つめるデュークを見つめ返してはにかむように微笑んでから、またペンを走らせた。
『はい、勝手に泡にはなりません』
「知らない奴を助けるために、安易に自分を危険に晒して傷つくのも止めろ」
『そんなことしないわよ!』
「見ず知らずの俺のこと助けただろ。自分の身体に呪いを移すなんてことして……」
そう言ったデュークは、金の目でじっと私の目を覗き込んだ。妖魔がメトに食べられたあと、呪いの残渣は何事もなかったかのように消えてしまったのだけど。
私をじっと見つめるデュークの表情に少しドキドキとしながら、ペンを動かす。
『デュークは知らない奴じゃないもの』
「……あの時、俺らは初対面だったろ」
はたと動きを止める。そういえば、そうだった。あの時、私達は目線を合わせる事すらした事が無かったのだ。
「―――ずっと、聞きたかったんだ。何故俺のことを助けたんだ?本当に見ず知らずの、むさい男だったろ。何故、自分に呪いが移るような危険な事をしたんだ」
心配が滲む金の目を見返す。責めるような言葉遣いなのに、妙に優しさが滲み出ていて。やっぱりなんだかんだ優しいデュークに、胸がぎゅっとなった。
私は、デュークの優しい眼差しの中、またサラサラとペンを動かした。
『この人、私と同じだなって思ったんだよ』
「………同じ?」
その言葉に頷きながら、デュークが妖魔の呪いで倒れた、あの夜中の砂浜でのことを思い出す。
『あの時、デュークが、醜い欲にまみれるよりマシだって言ったから』
ハッとして私を見つめるデュークの綺麗な金の瞳を見返してから、また文字を綴った。
『私と同じだなって思って。だから、放っておけなかったの』
「―――あれ、聞いてたのか」
その言葉にコクリと頷く。
デュークはしばし驚いたような、何かを思い出すような表情をした後、ふっと笑った。
「………その言葉は、シャルに教えてもらったんだよ」
『え?どういうこと?』
「……シャルロッティ王女の最後の手記に、そう書いてあった」
ビックリして目をひん剥く。最後の手記!?あの、牢屋の中で泣きながら強がって書きなぐったやつだ。
まさか、それが人目につくだなんて。恥ずかしくてワナワナと口が震える。
それなのに、デュークは懐かしむように柔らかく目を細めて、光る水面を見つめた。
「ヤイール帝国のクーデターの後、シャルの手記を読んで―――願わくば、一度話してみたかったなって思ってたんだよ」
デュークが海に視線を向けたまま、頭を横に傾げて、私の頭にコンッとくっつけた。その仕草が、妙に甘くて。
私は恥ずかしいやら何やらで、何も言えないまま、デュークの柔らかな黒髪に自分の髪を寄せた。
ゆっくりと時が流れる。ザァザァと爽やかな波の音が聞こえて、優しい風が船縁にいる私達を暖かく包み込む。
「………こんなにゆっくりするの、久しぶりな気がするな」
『そうだね』
デュークが呟いた声が、出港の準備を終えた船の上で、優しく私の耳元で響く。
チャプチャプと船の浮かぶ船着き場と、向こう側へと続く浅瀬。メルルの身体に入った次の日の夜中、あの船を抜け出したのは、ちょうどこのすぐ下あたりだったはずだ。
懐かしい気持ちで、再び美しい入江を見渡す。
これから向かうデュークの国では、一体どんな暮らしが待ち受けているのだろう。
私は、少し先のことに思いを馳せながら、隣に立つ黒髪に黄金の目の男を見上げた。
「………どうした?」
『ほんとに、ついて行って大丈夫?皇子様』
「だから、全く問題ないから。皇族は残ってるけど、貴族制は随分前に廃止してるし。俺は便宜上皇子だけど、この間の宣戦布告みたいに、立場を利用して便利にこき使われてるだけだ」
そう言うと、デュークは何か考えるように少し息を吐いて、黙った。
港に吹く風が、パタパタと私達の服を音を立てて通り過ぎていく。
「…………シャルこそ、いいの?俺、妖怪皇子とか言われて、国でも嫌がられてるだけど」
『前から思ってたけど、何それ?』
「昔は……魔力コントロールがうまくできなくて、近くにある植物が勝手にウネウネ動いて、伸びたり周りの人にイタズラしたりしたんだ。妖草みたいに」
『そうなんだ』
「うん」
沈黙が訪れる。どうしたのかと不思議に思って首を傾げる。
『それで?』
「え?いや……それで妖怪皇子って呼ばれるようになったんだけど……」
『えっ妖怪皇子の理由ってそれだけ?』
「普通に気持ち悪いだろ………?」
『そう……?』
念の為その様子を想像してみる。勝手にウネウネ動いて伸びる……?
『いや、待って!!勝手に成長するならデュークが農場にいるだけで早期の収穫が可能になるんじゃない!?果樹も結実するのかしら!?あっ草むしり大変なのはそれはそれで考えもの!?でも荒れ地の緑化にも活用できるわ!』
「……活用する方向で考えた奴、初めて見たわ」
『むしろ何故活用を考えなかったのかしら!?国家の利益の損失だわ!!』
「………心配して損した」
デュークは呆れたように笑うと、また少し黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「あのさ、シャル………」
何か緊張した面持ちのデュークに首を傾げる。デュークは、金色の目をそっと私に向けながら、再び口を開いた。
「………俺は多分、もうすぐ皇子じゃなくなるし、既に自分の給料で生活してるし……大した地位は、ないけど………」
何か新しい話題の展開だ。デュークは、私がそんなに偉い人や大金持ちを期待していると思っているのだろうか。これは安心させなければと、拳を握る。
『大丈夫よ!私頑張って働くから!黙って養われたりしないわ!働かざる者食うべからず!!!』
そう、黙ってお茶を飲んで過ごすなど元々合わないし、ただただ養われるつもりもない。ガッツリ働きますよと拳を握る。
「あ、うん、ありがとう……それで、さ―――」
デュークは、そっと、私の手を取った。真剣な黄金色の瞳が、私に向けられる。
その熱を宿した綺麗な瞳を見て、なんだろう、とドキリとしたその時。
突然、バシャン!と何かが跳ねて、私の胸元に飛び込んできた。
少し濡れながらデュークの手を離し、慌ててそれをキャッチする。それは、海の魔女からの手紙だった。
――――
お馬鹿なメルルへ
あんた、どこぞの国の王子様と妖魔を倒したんだって!?風のうわさに聞いてびっくりしたよ。だから人魚の魔法を人前で使ったのかい?ほんと、お人好しのバカだねぇ、あんたは……人間にバレなきゃ、魔法を失わなかったのに。
それで、だが。海の神が妖魔を倒したお前にたいそう感動しててね。人の姿のお前に人魚の魔法を戻してやることはできないが、人魚に戻るなら声も魔法ももう一度与えてやるってさ。失恋したら泡になって消える魔法も無かったことにしてくれるそうだ。こんなチャンス二度とないよ?
この手紙の空いてるところに人魚に戻るかどうか、返事を書いて海に戻しておくれ。すぐにあたしのところに届くからさ。
海の魔女より
――――
へぇー、妖魔って海の神様にも嫌われてたのか……と、意外な事実に少し驚く。そして、『どこぞの王子様』って、どこでその情報を手に入れたんだろう。海辺は誰が見てるか分からないなぁと、少しおかしくなってふふっと笑うような息を吐き出した。
「なんなの、それ……」
『ごめんごめん、海の魔女からの手紙』
海から飛び出してきた貝殻を見て笑う女とか、変人以外の何者でもない。慌てて手紙の貝をデュークに渡して………そして、気が付いた。
まずい。
「―――だ、めだ、シャル………」
『人魚に戻る』という文字を凝視して青い顔をしたデュークが、貝殻をガランと落とし、捨て猫のような表情で私に迫ってきた。
「駄目だ!」
ガバっと私を抱きしめたデュークの腕が、必死な様子で私をぎゅうぎゅうと締め付ける。
「っ俺の、我儘かも、しれないけど―――絶対に、大切にするから」
分かってる、大丈夫、このまま人魚には戻らず、人として生きていくからと答えたいのに、抱きしめられた衝撃で床にボードを落としてしまった。ポンポンと宥めるように背中を叩くけど、余計に心配を煽ったようで、腕の締め付けが強くなる。
「だから、その――――」
そう迷ったように言葉を選んだデュークは、何か覚悟を決めたように、ガバっと体を離すと、真剣な色を宿した黄金色の目で、私を見つめた。
「一生、大切にする。泡なんかにさせない。ずっと、シャルだけだ。だから――だから、海に帰らず、このまま人として、俺と共に生きてくれないか」
熱を宿した黄金色の瞳で真っ直ぐに私を見て、そうはっきりと言ったデュークに、息が止まった。
「愛してる、シャル。俺と、結婚して欲しい」
一瞬、何を言われたのか分からなくて。それからジワジワと、言葉の意味が頭に染み込んできた。
デュークが………デュークが、私に、プロポーズ、した………!!!
もはや魔女の手紙の事など忘れて、真っ赤になってデュークを見つめる。返事……返事を返さないと!えっ、どうしたらいい?ボードも無いし、はい、って声も出せないから、えぇと………
私は混乱しつつも、両手で頭の上に大きな丸を作った。
「―――っシャル!」
デュークは、感極まったように、両手で大きな丸を作ったままの私の胴を、ぎゅっと抱きしめた。
完全に間違った。絵的におかしい。せっかくのプロポーズだったのに!!!
でも、でも。
ずっと、一緒にいてくれるって、デュークが言っている。
私だけだって。それはきっと、本当に、嘘じゃなくて。
私は、生まれてはじめて、誰かの唯一になれたのだろうか。
―――自分ただ一人を愛してくれる人を好きになる
ずっと諦めていたその願いが叶って。
私の身体の中で、メルルを泡にしたあの魔法が、カチリと動いて静かになった気がした。
嬉しくて、ぎゅっとデュークに抱きつく。
しばらくして、そんな嬉しさと幸せにどっぷり浸かった私の視界に、何かがチカチカと光った。
さっきの海の魔女からの手紙………これは、催促されているな………
私は何とかデュークを引っ剥がし、落ちていたペンを拾った。
「っ返事、書く気?」
『大丈夫、お断りの返事だから。しかも魔力ペンだし、都合悪かったらデュークの力で消せるんじゃない?』
「………都合悪かったら瞬時に消す」
そう私に凄んだデュークに苦笑いを送りながら、海の魔女からの貝殻の手紙に、サラサラと文字を書いていく。
『王子様に愛され結婚することになったので、もう海には戻りません』
そう書いてデュークに見せ、ニヤリと微笑んでから、手紙の貝殻を海へと放り投げた。
深いところにちゃぷんと貝殻が沈む。次いで、その場所から、一気に光り輝く泡が吹き出した。
「「「「おめでとうー!!!」」」」
光り輝く泡とともに、人魚のお姉様達が美しい尾びれをはためかせて宙へと飛び出した。
弾むように暖かな風が、飛び散った海水を吹上げ、虹をかける。
私は満面の笑みで、お姉様達に手を振った。よく見ると、お姉様たちの髪の毛が伸びている。もしかして……と耳を澄ませた。水の中に戻ったお姉様たちが、楽しそうに会話をしている。
―――どうやら、海の魔女と、賭けをしていたみたいだ。私が、願いを叶えて、海に戻らないって返事をしたら、短くしてしまった髪の毛を戻してねって。
さすが、お姉様達。戻った美しく長い髪の毛を見て、可笑しくて、嬉しくなった。
「……凄い……人魚が、こんなに沢山……」
『みんな、私のお姉様達なの』
「は!?」
驚いたデュークに、クスクスと笑う。
『ねぇデューク』
「っ、はい」
何故か敬語になったデュークに笑いかけて。それから私はボードに大きく文字を書いた。
『大好き!!!』
デュークはそれを見て一瞬動きを止めた後、少年のように嬉しそうに笑って。
それから私をぎゅっと抱きしめて、優しくキスをした。
こうして、光る泡と美しい人魚に見送られながら、爽やかな海風に吹かれて出港した私達は、後々この国の人々に妖魔を倒した奇跡の人魚と王子様として語り継がれることになるのだけど。
それはまた、別のお話。
――― おしまい ―――
お読み頂いてありがとうございます。
これにて本編完結です!!
ここまでお読み下さった方、本当にありがとうございました。
続けられたのも応援してくださった方のおかげです。
貴重なお時間いただきありがとうございました!
「面白かった!」と思ってくれた優しい読者様も、
「いい話だった!」と思ってくれた神読者様も、
いいねブックマークご評価ご感想、なんでもいいので応援頂けると嬉しいです☆彡
面白かった!と思ってくださった方は、下の☆☆☆☆☆から、
お好きな数でいいのでぜひご評価お願いします!
あと一話、おまけ話があります。
また、活動報告でもおまけ話しを投稿予定です。
ぜひまた遊びに来てください!