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1-27 夜の海の人魚

「―――黒、か」


 マーカスさんがぽつりとそう呟いた。


 夜のリビング。アルフォンス殿下の行動を聞いたマーカスさんは、諦めたように宙を仰いだ。


「偽の婚約届も、正式に回覧された形跡は無かった。状況的にも、偽の婚約届を知っていたアルフォンス殿下が仕組んだ可能性が高い。……バレてもいいって思ってるんだろうな」


「………もう妖魔も、大詰めということか」


「だろうな。多分もう、ことが起こるのを待つだけの段階だってわかってるから、残る障害は俺たちだけなんだろう」


『じゃあ、放っておいたらもうクーデターが起こるということですね』


 私がそう文字を綴ると、マーカスさんは驚いた顔をした。


「っえ、デューク、話したの!?」


「話したというか、シャルが言い当てた」


「は!?え!?」


「舐めてると痛い目見るぞマーカス」


 マーカスさんが私をまじまじと見ている。何だか恥ずかしくなって、ぽりぽりと頭をかく。


「……そんなに見るなマーカス」


「えっいや………待って、どこから突っ込んだらいい?えーと、とりあえずこれぐらいで妬くなよデューク」


 マーカスさんを睨むデュークに苦笑いしつつ、カリカリとボードに文字を書いていく。


『なんかごめんなさい』


「いや……僕の方こそ………え、シャルロッティちゃん、記憶が少し戻ったって言ってたけど、何者なの?」


 そう言われて、デュークと顔を見合わせる。いい?と伺うような表情をしたデュークに、コクリと頷いた。


 デュークは、少し考えた後、また口を開いた。


「シャルは、フィンティア王国のシャルロッティ王女の生まれ変わりで、そして人魚だ」


「…………ごめん、何言ってるか分からない」


 ですよねと頷く。そして、どう説明したらいいか分からない。すると、デュークが、机から何か持ってきた。


「シャルの目から出てきた人魚の涙だ」


「っは!?えっ、嘘だろ!?」


「本物だ。ほら」


 ちょうどリビングに脱走してきたメトに一粒渡すと、メトは美味しそうに人魚の石を食べた。


「うわぁぁぁぁ!!勿体ないデューク!!やめて!!!」


「知らん。誰にも売る気はないんだから、いいだろ」


「一個幾らすると思ってるの………」


「そう、だから、シャルが人魚だとバレるのはまずい」


 マーカスさんはハッと私の方を見た。まん丸の目が、私を凝視する。


「―――シャルロッティちゃんのこと、泣かせていい?」


「……死にたいのか?」


「ごめん本当にごめん大丈夫です信じました!!!!!」


 早口言葉でそうまくし立てたマーカスさんが、ズサァ!と椅子の後ろに隠れた。どんなおっかない顔をしたのかとデュークを覗き込もうとしたら、ぺちっと顔に手をのせられた。またこれだ。別に見せてもいいじゃんとむくれる。


「ええとさ、人魚なのはよく分かったとしてさ!え、それで?シャルロッティ王女の生まれ変わり??なの???」


 より難しい問題に行き当たった。これは私がなんとか説明するしかないと、ボードに文字を綴る。


『処刑されて気がついたらこの身体に入ってたんです』


「えっ何それ。違う人――人魚の身体にシャルロッティちゃんが途中から入っちゃったっていうこと?」


『そうです』


 難しい顔をしてしまったマーカスさんに、申し訳ないなと思いながら続けて文字を綴る。


『もとの身体の持ち主の魂は、レオナルド王子に失恋して、泡になって消えました。人になった人魚って、そういうものなんです』


「なる………ほど?」


 私のざっくりとした説明を聞いたマーカスさんは、呆然と呟いてから、視線を宙に彷徨わせた。


「……確かに、突拍子もない話だけど、辻褄は合うね………人魚の涙に、教師も驚くほどの農学の知識。それに―――何よりデュークがそう言ってるんなら、きっと本当なんだろうね」


 マーカスさんの、デュークへの信頼感がすごい。私は何だか感動しながら二人を代わる代わる見た。


『二人共、凄く仲いいですよね』


「あぁ、まぁ、兄弟みたいなもんだからね。乳母が一緒なんだよ」


『そうなんですね!?』


「……その話はいいから。で、マーカス」


 何となく重い響きで、デュークが口を開いた。その口調に、大事なことが話されることを察して、大人しくペンを置く。


 デュークは、少し思案したように口を噤んでから、マーカスさんを見た。


「アルフォンスに妖魔が取り憑いているのなら、俺はアルフォンスを殺さないといけない」


 マーカスさんが、ぐっと押し黙った。そう、やっぱりそうなのだ。アルフォンス殿下に妖魔が。それはつまり、この国に大使として訪れているデュークが、この国の王太子殿下を殺さねばならないということだ。


「―――厄介、だな」


「………奴が本来の姿を現すなら、多分、国王も来る卒業パーティーだろう」


 サッと顔色を変えたマーカスさんが、デュークに視線を送る。


 デュークは、何故か諦めたように呟いた。


「俺たち大使が出席する卒業パーティーには、国王や他の主要な貴族たちも出席する。学園の低学年の者たちも来るから、貴族の子息達までいる。―――クーデターを起こすなら、一番都合がいい。妖魔もきっと、その場で俺たちを殺して、一気にクーデターを起こそうと目論んでるんだろう」


 そして、デュークは、マーカスさんに静かに告げた。


「大勢の人の前で、アルフォンスに取り憑いた妖魔に姿を現させる。全部その日に、決着をつけよう」


 そう告げたデュークは、落ち着いているけれど。何だかとても、辛そうな表情をしていた。



 それから、いつも通り夜は更けていった。マーカスさんが帰った後のリビングと温室は、いつも通り穏やかで、静かで。時折デュークが話す言葉と、サワサワという妖草と、風と波の音以外は聞こえない。


 よく考えたら、私の声色はここに混ざっていないのだった。あんなにお喋りだった私の紡ぎ出すのは、ボードに文字を書くカリカリという音だけ。


 それでも、辛いと思うことは無くて。のんびりとしたデュークと静かに過ごす日々は、とても穏やかで、幸せだった。



 街中が寝静まった、静かな夜中。


 私は何故かふと目が覚めた。


 カタカタとかすかに聞こえる風の音。喉も乾いて、むくりと起き上がる。


 リビングに出ると、デュークはいなくて。代わりに海へと続くドアが少し開いていて、部屋に吹き込む風が、カタカタとかすかな音を鳴らしていた。


 キィと扉を開ける。キョロキョロと見渡すと、少し離れたところにデュークがいた。流木に腰掛けて、ぼんやりと真っ暗な海を見ている。


 私は少し悩んでから、そっと砂浜に降りた。


 夜の砂浜はひんやりとしていて、サラサラと私の足を包み込む。


 パタパタと夜の海から吹く風に服をはためかせながらデュークに近づくと、すぐに私に気がついたのか、デュークが顔を上げた。


「ごめん、起こした?」


 ふるふると首を振って、デュークの隣に座る。それから一緒に、真っ暗な海を眺めた。



「………アルフォンスには、昔何度か会ったことがあるんだ」


 デュークは少ししてから、暗い海を見たままぽつりと呟いた。


「昔会った時には、真面目な、国思いな奴だったんだけどな」


 その淡々とした声が、寧ろ酷く寂しそうで。私はそっと流木の上にあったデュークの手に、自分の手を重ねた。


 デュークは、あまり態度には出さないけど。本当に、凄く優しい人だ。だからきっと、誰かを――しかも、何度かやり取りをしたことのある知人を手に掛けるというのは、身を裂くように辛いことなんじゃないだろうか。


 それに、大勢の人の前で王太子殿下を殺したら。デュークはきっと、この国の人々から恐れられるようになるだろう。


 でもきっと、デュークはこの国の人々のために、自分の役割を果たす。


 私にできることは、多くはないけど。せめて私は、デュークの味方でいよう。そう心に決めて、デュークの手をギュッと握った。


「………なに、慰めてくれんの」


 そう諦めたように苦笑いしたデュークは、私の手を握り直した。それから、また暗い海に視線を戻して、暫く黙った。


 ザァァという、海の音だけが響いて。感じるのは、デュークの手の感触と、暖かさだけ。


 少ししてから、大丈夫かな、とデュークの様子をそっと窺った。デュークは私の顔をちらっと見て、もう一度海に視線を戻した。それから、ふと、繋いでいた手が離れて。空気に触れてひんやりとした手に、あれ、と思ったら。そのままぐっと抱き寄せられた。


「………卒業パーティーで、何が起こっても」


 そう囁いたデュークの声は、少し震えていた。


「―――俺を、信じて」


 その声が、酷く寂しそうで。私はコクリと頷くと、両腕でデュークをギュッと抱きしめた。


 声で、伝えられないから。少しでも私の気持ちが伝わるようにと、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。


「……っふ、抱きしめるにも、力加減ってあるだろ。馬鹿力かよ」


 せっかく応えてあげたのに笑われた。ツッコミを入れるデュークの背中をバシバシと叩く。デュークはそのまま、可笑しそうに笑ってから、スッと体を離した。


 また何かからかわれるのかと顔をあげたら、月明かりで揺れる瞳と目が合って。ゆっくりと顔が近づいて、優しく唇が重なる。


 何だかロマンチックなそれに、ドキドキと胸が跳ねて。唇が離れて、デュークを見上げたら………デュークはそっぽを向いていた。


 べしっと肩を叩く。


「………なんだよ」


 何照れてるんですか!と言いたいのに声も出なければボードも無い。これはあれか、また砂文字か……月明かりで見えるかな、と人差し指を立てた時だった。


「―――っあれ」


 デュークが驚いたように海の方を見ている。私もその暗い海の方を見ると、海の中にかすかに何人かの人影が見えて、こちらに手を振っていた。仄かにその周りが光っている。


 もしかして、あれは、お姉様たち……?


 びっくりして立ち上がって海へ駆け寄ろうとしたら、デュークにガッと手を掴まれた。


 焦ったようなその顔に、目を丸くする。


「い、くな………」


 立ち上がったデュークは、私を強く抱きしめた。


「っ絶対、行かせない」


 鬼気迫るような声に、もしやとはっとする。


 もしかして、私が海に帰るんじゃないかと思ってる………?


 ギュッと私を抱きしめるデューク。海の方に視線を戻すと、お姉様達がピョンピョンと海上で跳ねていた。あれは多分………喜んでいる。恐らく、キャー!!抱きついてるわ!ヒューヒュー!とか言ってるんだろう。


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


 私はポンポンとデュークの背中を叩いた。


「嫌だ」


 何という誤解。言葉が出ないのって不便だわと苦笑いしながら、デュークの背中を撫でた。


「嫌だ………」


 駄々っ子かと笑いがこみ上げてきて、プルプルと震える。


 私が笑っているのに気がついたんだろう。少しして、デュークはあれ?という雰囲気で身じろいだ後、少し腕を緩めて私の顔を覗き込んだ。


 私は満面の笑みでその捨て猫みたいなデュークの顔を拝んだあと、海を指差した。海の方では、二人のお姉様達が組体操でハートマークを作っていた。


「は………」


 気の抜けたデュークの声に、声なき声で爆笑する。


「……っ、そ、ういうこと………」


 勘違いに気が付いたのか、デュークは私の身体に硬く回していた腕を解くと、ゆるゆると元座っていた流木に腰を下ろして、そして頭を抱えてしまった。


 お姉様たちに手を振ってから、私もまたデュークの隣に腰を下ろす。


『かえらないよ。ずっといっしょにいる』


 薄明かりの中、砂に大きく文字を書いた。なんとか見えたようで、くぐもった声で、ごめん……と声が聞こえる。デュークが可愛い。そんなに海に帰ってほしくなかったんだなと、幸せな気持ちになった。


 ピョンピョンと飛び跳ねたお姉様達が、手を振って海の中へ帰って行く。この先、もし私が誰かの前で人魚の魔法を使ったら、もうあのお姉様達とも深い関わりは持てないのかもしれない。


 でも、それでいい。私は今隣りにいる、不器用なこの人の力になりたい。


 そよそよと潮風に揺れるデュークの黒髪をぼんやりと見つめる。


 私が、人魚の魔法を使ったら。デュークはきっと、呪いを解いたのが私だと気がつくだろう。


 デュークは、怒るだろうか。


 私はもう一度、サラサラと砂に大きく文字を書いた。


『このさき、なにがおこっても』


 夜の砂は、ひんやりしてとても気持ちが良くて。月明かりの中、ぼんやりと柔らかな文字を浮かび上がらせた。


『わたしとことも、しんじてね』


 デュークはその砂から浮かび上がるような柔らかな文字を一瞥したあと、分かった、と小さく呟いた。


お読み頂いてありがとうございます!


いよいよクライマックスです!!!

「シャルの人魚の魔法どうなるの!?」とハラハラしてくれた読者様も、

「妖魔どうなんの!?」と心配して下さった素敵な読者様も、

いいねブックマークご評価なんでもいいので応援頂けると嬉しいです☆彡

ぜひまた遊びに来てください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「わたしのことも、しんじてね」 [一言] ヒーローを口先だけで信じてるとか言うヒロインの多い中! 自分を信じろというシャルさんが、おとこまえ! かっこいい、素敵なヒロインですね^^
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