1-20 掌
「………疲れたな」
『私も』
げっそりとした表情のデュークと、なぜかほくほく顔のマーカスさんと海岸沿いを歩く。昼下がりから始まったお茶会はそのままディナーになり、随分と長い時間お話をすることになってしまった。辺りはすっかり日も落ちて真っ暗だ。潮風が柔らかく吹いて、海の香りがのんびり歩いて行く私達を包む。
「でもまさかシャルロッティちゃんと学園に行くことになるなんて思わなかったなー」
「……拒否し切れなかった」
「あれは無理でしょ。断る理由が無い」
マーカスさんは苦々しい顔をするデュークを横目で見ながらカラカラと可笑しそうに笑った。そう、お茶会の中で、私はアルフォンス殿下から学園へ留学生として来るように誘われたのだった。
「いいじゃん、俺たちの卒業までって条件だし。あと一ヶ月ぐらいでしょ。少しの間だよ」
「だからこそ行く必要あるか?」
「まぁまぁ、アルフォンス殿下の言うとおり、留学経験があるのは国に戻ってからもプラスだと思うし?」
「…………そうだな」
諦めたようにため息を吐くデュークを見上げる。
『私は嬉しいよ?』
「…………なら、いい」
そういうデュークはやや不満そうだけど。デュークが学園でどう過ごしているのか気になっていたから、私は楽しみだ。
『しかも農学部があるんでしょう?すごく楽しみです!』
「さっすがシャルロッティちゃん、向上心があって頼りになるね。ねぇ、デューク」
「…………被ってる授業が無い」
「お前マジで過保護じゃねぇ?」
「…………………あの学部はむさい男ばかりだぞ」
「大丈夫だろ、お前の魔力の塊みたいな指輪つけてる女の子に、誰も手を出して来たりしないって」
その言葉に、そうだったんだと指輪に目を落とす。もはや毎日つけていて身体の一部のようになっていたから、意識していなかったけど。そんなにデュークの魔力の気配があるものなのだろうか。
「まぁ、とにかく今日はもう疲れたしゆっくり休もうぜー。また明日な!」
そう言ってマーカスさんは欠伸をしながら帰っていった。私もなんとなく釣られてふわぁ〜と欠伸をする。正直、あれからアルフォンス殿下にちょっかいをかけられ続けて、色々気を使って疲れた。それに新しい靴だからか足も痛い。靴擦れしたかな。あとちょっとで部屋だし頑張れと己を励まし足を進める。
「……シャルも疲れた?」
『うん、やっぱり気を張ってたみたい』
気づかれてしまっていたようだ。苦笑いしてデュークを見上げると、デュークは何だか妙に真面目な表情で私を見下ろしていた。
何だろうと首を傾げる。
「……いや、早く休もうか」
もう温室の前だった。デュークは温室の横のリビングに繋がる扉を開けて、私を部屋に入れてくれた。
「お帰りなさいませ!あらあら、お疲れですか?」
にこやかにマーサさんが迎え入れてくれた。その母のようなおおらかさにホッとする。
「シャルが眠そうだから、早く寝支度してやってくれるか?」
「もちろんです。シャルロッティさん、お湯をはってきますので、数分したら直接浴室までいらしてください。そこでドレスと髪も解きますから」
そう言うとマーサさんは浴室へと消えていった。
なんだかどっと疲れて、ソファーに沈み込む。
「大丈夫?」
『うん、大丈夫。慣れないことしたから疲れてるだけ』
「………見せて」
えっと思った時にはもう遅かった。デュークはソファーに座る私の前で跪き、そっと靴を脱がせた。
その跪いた姿が妙に様になっていて、ドキリとして息を止める。
「………血が出てる」
ハンカチで抑えようとするデュークを慌てて止める。そんな綺麗なハンカチを使ってしまったらシミになってしまう。
『もうお風呂だし、そこで綺麗にするから大丈夫だよ!』
「……………」
私の書いた文字をじっと見たデュークは、手を引っ込めて何だか黙り込んでしまった。何だかおかしい。その沈んだ様子に、何かあったのかと心配になる。
『どうしたの?』
「………俺には触れられたくない?」
『え、そんなことないよ。なんで?』
なんとなく萎れた姿が拗ねてしまった猫のようだった。ちょっとかわいいなと思いつつ、何があったのかと首を傾げる。
「………普通は、アルフォンスみたいな美形のほうがいいだろ」
突然アルフォンス殿下が出てきた。怪訝な顔をすると、デュークはより落ち込んだような顔になった。
「………………悪い、変な事言った」
一体どうしたというのか。心配になって顔を覗き込みつつ、文字を書いていく。
『私はデュークのほうが落ち着くけど。アルフォンス殿下にベタベタ触られたら困るし』
「それは……どう困る?その、照れるから、とか……」
また変な事を言い出した。よく意図が分からないけど、少し考えつつ質問に答える。
『照れるっていうか、怖い?のかな?偉い人だし、無闇に触らないで欲しい。デュークは身近な存在だから気にしないし全然嫌じゃないけど』
「そう………」
なんだかスッキリとしないその顔を見ながら、デュークの意図が何なのか考える。そこで、ハッと思い当たり、デュークをニヤリと覗き込んだ。
『もしかして、自分が雇用主なのに、私がアルフォンス殿下に取られるんじゃないかって心配してる?』
「あぁ…………まぁ、そんなとこ………」
確かに今日は終始アルフォンス殿下に構われていたし、学園にも誘われてしまった。妙に近しくなったので、デュークの心配も分からないでもないなと納得する。
でも、と考えながら、また文字を綴っていく。
『私としてはこのままデュークに雇って欲しいんだけどな』
今の温室管理の仕事はとても気に入っているので手放したくない。妖草妖樹の研究も楽しくなってきたところだし。それに、正直、アルフォンス殿下はキラキラし過ぎて落ち着かないし、常に近くにいると疲れそうだ。
それに。例え、泡になる未来が待ち構えているとしても。私は最後まで、デュークの側で、できることがしたい。
私はにこっと笑って、デュークを見つめた。
『万が一アルフォンス殿下が私をぶん取ろうとしてきたら、俺のだからダメですって言ってくれると嬉しいな』
そう文字を見せると、デュークはハッとしたように顔を上げた。そして私のことを伺うようにじっと見ている。
「お前、俺のとこでいいの?」
そんなにびっくりすることだろうか。間違いなく私はデュークの被雇用者のはずなんだけど。とりあえずウンウンと頷く。
『高額で雇ってくれそうだけど、そういうの求めてないし。レオナルド殿下のお兄様とか嫌だし。お兄様の侍らせ女シリーズにされたくないし』
「…………お前はああいうキラキラしたのが好きなんだと思ってた」
『は!?やめてよ。むしろ願い下げよ!』
「本当は、俺にアルフォンスとの間に入って欲しく無かったんじゃないかって」
『ない!無いから!むしろ積極的に間に入って距離を保たせてくれないと困る!!』
「そう…………」
デュークはホッとしたようにため息を吐いて俯いた。元気になってくれただろうかと、俯いたデュークの顔をぐいっと覗き込む。
すると、デュークはハッとしたように、パッと私から身体を離した。
「っあんま、寄るな」
『何でよ。心配してるのに』
イラッとして睨み返すと、デュークは困ったように焦りながら、ボソリと口を開いた。
「………触りたくなる」
その言葉にキョトンとする。私がデュークのことを黒猫みたいで可愛いなと思ってるのと一緒で、デュークも私が何かの動物に見えてるのだろうか。
『別に触ってもいいよ』
「…………は」
『私も実はデュークの髪の毛触ってみたかったんだ。黒猫みたいで』
私はその文字をデュークに見せてから、これはナイスタイミングだなと、目の前にあったデュークの頭にそっと手を載せた。黒くて艶のある髪の毛を撫でる。
それは本当に大きな毛の長い黒猫のようで、撫でているこちらまで癒やされるようだった。満たされた気持ちになりながら、黙って撫でられているデュークの、その柔らかな髪の間に指を通す。
いいな、ずっと触っていたい。
そう微笑んだ時だった。
突然、パシッとデュークが私の手を掴んだ。ビックリして目を丸くする私を、デュークは跪いたまま見上げた。
なんだか熱の籠もったその目に、身動きが取れなくて。そんな私を暫く見つめた後、デュークは掴んでいた私の手にゆっくりと顔を寄せた。
一度私の目を熱い視線で射抜くように見つめたデュークは、私の手の平に、そっとキスを落とした。
「お前は絶対に俺の国に連れて帰る」
甘く痺れたように動けなくなった私に、デュークは何かを決意するように言い放った。
「―――アルフォンスには渡さない」
呆気にとられたように呆然とする私を、デュークは何故か苦悩するように見つめてから、立ち上がって頭をポンポンと撫でた。
「……………ごめん、ゆっくり休んで」
そうして別室へ行ってしまった。パタンと閉まる扉の音が、嫌に部屋に響く。
「シャルロッティさん〜?もう大丈夫ですよ〜!」
ハッとして立ち上がった。お風呂のことをすっかり忘れていた。
私はうまく働かない頭をなんとか叩き起こし、バタバタとお風呂場へ逃げるように飛び込んだ。
(風呂場のドアの隙間)
「ぼっちゃまー!!キャー!!やるじゃない!!!ホホホホ!いいもの見たわぁ♡」
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お読み頂いてありがとうございました!
デュークさん、エンジンかかったみたい……?
「よっしゃー!!攻めろ攻めろ!」と思ってくれたグイグイ派の読者様も、
「私も手のひらにチュってされてみたい!!!」と妄想に身悶えて下さった方も、
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