1-19 お茶会と薔薇
「わぉ!かわいいじゃんシャルロッティちゃんー!」
カリーナ様の謝罪の場に居合わせないためなのか、先に来ていたのに席を外していたマーカスさんはにこにこと私を褒めてくれた。
『ありがとうございます』
「これはまたかわいいカードだね!ねぇデューク」
「そうだな」
「………お前な、ちゃんと口に出さないと分かってもらえないからな」
不満そうにしているマーカスさんを少し睨むと、デュークはボソリと呟いた。
「出してる」
「ほんとかよ。ちゃんと綺麗だよとか言われた?シャルロッティちゃん」
まさかそんな質問を受けるとは。どう受け答えしたらいいのか、なんのカードが適切なのかも分からず、ただただコクリと頷く。
社交辞令だろうけど。それでもやっぱり嬉しかったから。
そうして赤い頬を隠すように俯くと、マーカスさんが大きな目をさらに大きくしてデュークを凝視した。
「マーカス、マナーがなってないぞ」
「いや、ごめん。あまりにも衝撃で」
「ふふ、確かにデュークはあまりそういう事言わなさそうだけど。必要なときはちゃんと伝えられるよな?」
アルフォンス王太子殿下がにこにこと笑う。
「えぇ、もちろんです」
「まじかよデューク」
「うるさいマーカス」
「ふふ、デュークとマーカスは本当に仲がいいわね」
そのやり取りを見て、クスクスとカリーナ様が笑った。マーカスさんがなんだか拗ねたようにカリーナ様に相槌をうつ。
「仲良いとは思うんだけどね。俺はよくデュークにいじめられるんだよぉ」
「まぁ、そうなの?デュークはいつも優しいけれど」
「そんなのどの男だってカリーナには優しくするでしょ」
「そんなことはないわよマーカス」
きれいな仕草でクスクス笑うカリーナ様は本当に綺麗だ。そんなカリーナ様の様子を見て、マーカスさんは柔らかく微笑んだ。
「まぁ一番カリーナに優しくしてるのは僕だけどね」
「うーん、その一番は私に譲ってくれない?」
「まさか殿下と一番争いしなきゃいけないとは思わなかったですね」
にこりと笑ったアルフォンス殿下は、ゆるりと首を傾げた。金色の髪が陽の光を浴びてキラキラと輝き、サラリと流れる。
「カリーナは私の可愛い従姉妹だからね。まぁでも、一番争いに誰が勝てるかはちょっと良く分からないけど」
意味深に笑ったアルフォンス殿下は綺麗なその顔をデュークに向けた。
「ね?デューク」
「………何でしょう?」
「ふふ、まぁいいけどね」
そしてアルフォンス様は綺麗な空色の瞳をカリーナ様に向け、優しく目を細めた。カリーナ様が、そのアルフォンス殿下とデュークを見て、頬を染める。
ぐさりと何かで胸を突かれたようだった。分かっていたし、覚悟もしていた。でも、それでも―――
ダメだ、まだ泡になる訳にはいかない。私は努めて穏やかな表情を保ちながら、必死で落ち着くように深呼吸した。
使命を思い出せ、シャルロッティ。私にはまだデュークの側で、やるべきことがあるじゃない。
だから、まだ、一緒にいられるように。必死で心を落ち着かせる。
大丈夫、まだ、結論は出ていないでしょう?
細く息を吐き出して、微笑みを崩さないようにする。そして目線を上げた。
アルフォンス殿下の空色の瞳と目が合ったような気がした。
「お兄様ー!!」
「あれ、ローズ、遊びに来たの」
突如天使のような美少女が現れ、アルフォンス様に飛びつく。輝く金の髪に、空色の瞳。
「ローズマリーもお茶会したいわ」
歳の離れたアルフォンス殿下の妹、ローズマリー姫だった。兄に似た美しいその姿は、本当に天使が舞い降りたようだった。
「可愛いローズのお願い事は聞いてあげないとね。ほら、今日はマーカスとデュークが来ているよ。遊んでもらうといい」
「嬉しい!遊んでくれるの?そうだ、今日ね、青い魔法石の粉を与えた薔薇が、そこの庭園で咲いたのよ!見せてもいいでしょう、お兄様」
「あぁ、いいよ。ローズの空色の瞳のような薔薇だったよね。見せてあげなさい。カリーナ、一緒に付いて行ってくれるかい?」
「はい、殿下」
ローズマリー様がデュークとマーカスさんを引っ張っていき、それに続いてカリーナ様が立ち上がった。
「申し訳ないんだけど、シャルロッティは僕とお茶して待っていてくれる?流石に一人で座ってると、放置された王太子みたいに見えちゃうからね」
そういたずらっぽく言われて断る術も無く、少し浮かせた腰を再び椅子に落ち着けた。困惑とともにデュークの方に視線を向けると、デュークはローズマリー様に引っ張られながらもこちらを見ていた。
「シャル、」
「大丈夫だよ、デューク。ほら、ここからもよく見えるたった数段階段を降りた所にある庭園だから。―――声が出ないからって、過保護なのも考えものだよ?」
ハッとして口を引き結んだ。
―――そう、デュークは、声の出ない私を守ってくれているだけなのだ。今は社交の場。ただのメルルを助けるためだけに、国家間の交流を滞らせるのは間違っている。
私はニコリと笑ってデュークに手を振った。
「―――っすぐ、戻るから」
「ふふ、なんだか大げさだねぇ。大丈夫、僕は虐めたりしないよ?ていうか、目と鼻の先だから」
ズルズルと連れていかれるデュークと、なんだか楽しそうなマーカスさん、可愛らしいローズマリー姫とカリーナさんの背中を見送る。
それは、穏やかな午後の日差しを浴びて、とても幸せそうな光景だった。
「ごめんね、ちょっと君と二人で話がしたくて」
その声に、やばい二人っきりだったと今更ながらに焦りつつ視線をアルフォンス殿下に戻す。
アルフォンス殿下は穏やかな表情で私を見ていた。
何を言われるのかと、アルフォンス殿下の様子を伺う。
「大丈夫だよ、捕って食ったりしないからさ。ただ―――君に謝りたくて」
そう言うとアルフォンス殿下は美しい金髪をサラリと流しながら、私に頭を下げた。驚いてガタリと立ち上がる。
「弟が………レオナルドが君に酷い真似をした。本当にすまなかった」
『とんでもございません!頭を上げて下さい!』
大急ぎでボードに文字を書いて殿下に差し出す。殿下はゆっくりとその文字を読むと、申し訳無さそうな表情で頭を上げてくれた。
「本当はもっと謝りたいんだけど………」
『いいえ!もう十二分です!!むしろこれ以上は身が持ちません!!』
そう殴り書きしてお見せすると、アルフォンス殿下はキョトンとした顔でそれを見て、クスクスと笑った。
「ふふ、君は面白いね。文字なのに叫んでいるように見える」
確かにいつものノリで感情豊かに文字を書いてしまっていた。落ち着きつつも、外行の綺麗な書体で再び文字を綴る。
『お見苦しい文字で申し訳ございません。』
「いいや?むしろとても楽しいよ。このままいろんな文字を書いてくれ」
アルフォンス殿下は綺麗な表情でクスクスと笑い、そしてまた申し訳無さそうな顔で私を見つめた。
「レオナルドは本当に女癖が悪いからね。第二夫人も愛人も止めやしないけど、王太子である私よりも多い女性を囲い込むのは違うと思うんだよね。必要に迫られて血の継承のためというなら分かるけど、限度ってものがある。……だから、レオナルドのところから逃げ出してくれた君には感謝してるんだ」
『いいえ、お世話になっておきながら逃げてしまって申し訳ございません』
「逃げるのは当然だよ。だって普通に考えたら、他の女性と結婚するわけだからね。むしろまだレオナルドの周囲にくっついているご令嬢たちのほうが理解できない。自分こそが真の一番だと思ってるのかなぁ」
なんと返せばいいか分からず、躊躇している私に優しく笑いかけたアルフォンス殿下は、綺麗な動作で紅茶を一口飲み、視線を少し下の庭園に向けた。
お茶会のテーブルから一望できる庭園には、アルフォンス殿下とローズマリー様の瞳の色と同じような、空色の薔薇が数輪咲いていた。その近くでは、マーカスさんがローズマリー様に捕まっていて、ぐるぐると一緒に楽しそうに回っていた。
『楽しそうですね』
「ほんとに。ローズはマーカスが大好きだからなぁ」
そういえばデュークとカリーナ様はどこだろうと視線を彷徨わせる。二人は空色の薔薇のすぐ近くにある、まるでブロンドに輝くような大輪の薔薇の近くにいた。
「あぁ、あれはカリーナのために植えられた薔薇だよ。特別に作らせている、香り高いブロンドの薔薇だ」
カリーナ様の美しいブロンドの髪と合わせたような高貴な薔薇。香りまで楽しむような二人並んだ姿に、チクリと胸が傷んだ。
「……君がこの国に残りたいのなら、協力するよ?」
その言葉に驚いて振り返ると、アルフォンス殿下は少し悲しそうな表情で微笑んでいた。
「レオナルドには、もう君に近寄るなと言ってある。仕事がしたいなら手配もできるよ。君の振る舞いや文章力を見た感じで、能力があることも分かるから、それなりの給料の仕事を見つけてあげられるはずだ」
『いえ、私は』
「デュークが国に連れ帰るのは、きっと君だけじゃない」
その言葉に、思わず息が止まる。
私ではなく、誰かを―――カリーナ様を、連れて帰る。船で、その手を取り、自国へ向かう船へ乗せる。その意味を、私は知っている。私だって、そうやって、ヤイール帝国に渡ったのだから。
「いっそ離れたほうが楽なんじゃないか?」
アルフォンス様の声が、私の耳に静かに響く。
デュークと離れる。そんなのは嫌だ。でも。私は寄り添う二人の姿を眺め続けることはきっとできない。
でも、だからって、この国に留まるのは―――
そっと、手を取られた。驚いて顔をあげると、ほんのり熱の籠もったような、アルフォンス殿下の空色の瞳と視線がぶつかる。
「………私のところに来る?」
その表情は甘くて。
でもその甘さが、何故か毒のよう感じた。
慌てて手を引く。が、ぐっと捕まえられたまま手が動かない。
「ごめんね、逃げられると追いたくなるたちなんだ」
滑らかな指で、する、と手をなぞられる。
ダメだ。何故かわからないけど、ダメだ。触られたくない。
「ふふ、何をそんなに怯えているの?何も怖いことないだろ。ね、力抜いて」
そう言って微笑んだ殿下は、美しい顔に、掴んでいた私の手を近づけた。髪がサラリと流れ、美しい形と唇が私の手の甲に近づいていく。
違う。貴方じゃない。待って、触らないで―――
「手を離して下さい、殿下」
温かい、いつもの感触の手が、殿下に捕らわれていた私の手の甲に優しく乗った。その声色と温かさに身体のこわばりが解ける。それと同時に手の拘束が緩んだ。そのままデュークはスッと私の手を殿下の手から抜き取った。
「……これぐらい良いだろう?」
「ビックリしてますから。我が国ではその行為は愛するものへの行為です」
「そうなのかい?ここでは挨拶代わりだよ」
「そうなんですね。申し訳ございません。文化が違うようです」
「シャルロッティはすっかり君の国の人扱いだね」
「えぇ、国籍含めてそのとおりです。シャルは我が国の人間ですからね」
そう淡々と話すデュークに、アルフォンス殿下は綺麗な顔を向けて―――そしてイタズラっぽく笑った。
「デュークのそんな顔が見れるなんてね」
「……私はいつもこんな顔です」
「そう?随分変わったと思うけど」
デュークの顔を見上げる。アルフォンス殿下に向けている、無表情のような、でも少し怒ったようなその表情にドキリと胸が跳ねる。
「……まぁ、いいや。ごめんねシャルロッティ。ちょっとしたいたずら心だと思って許して欲しい。親しい友人同士のお茶会なんて久しぶりで、羽目を外してしまったらしい」
『とんでもございません。ありがとうございます』
慌てて押し花のカードを差し出すと、アルフォンス殿下は可笑しそうに顔を緩めた。
「便利だね、それ」
『少しでも皆様と楽しく会話がしたかったので』
「………へぇ、それも予め書いておいたってことだよね」
『はい、そうです』
「すごいね」
ニコリと綺麗な顔で笑ったアルフォンス殿下は、私の横に立つデュークの顔を見上げて、可笑しそうに笑った。
「っくく、はぁ、ごめんね。悪戯が過ぎた。ほら、三人が変な顔して帰ってきたよ。フォローが必要なんじゃない、デューク」
「…………」
何故か機嫌が悪そうなデュークを横目に見つつ、階段の方を振り返る。マーカス様が、ローズマリー様とカリーナ様の真ん中で、嬉しそうに手を繋いで帰って来た。
「おいデューク置いてくなよ……と言いたいところだったけど、美女二人と手を繋ぐという幸運を僕に恵んでくれて感謝しているよ」
「マーカスとならいつでも手を繋いであげるわよ」
「光栄ですローズマリー姫。カリーナ様も、ありがとうございました。また、ぜひ」
「………ええ、エスコートありがとう、マーカス」
「カリーナ様の為ならこの命惜しくはありませんよ」
「大げさよ………」
苦笑いするカリーナ様と、カラカラと明るく笑い、仰々しくお辞儀をするマーカスさん。昼下がりの穏やかな日差しの中、私はなんとなく馴染みきらない空気を感じながら、デュークを見上げた。
やっぱり、なんとなく硬い表情をしている。それはそうか、私の為に、王太子殿下との間に割って入ってくれたのだから。いくらデュークであっても、後味が悪いのかもしれない。
私は少し悩んでからボードに小さく『ありがとう』と文字を書いて、その文字の横にニヤリと笑う自分の顔のイラストを書いた。
クイクイとデュークの袖を引っ張って、それを見せる。
デュークはキョトンとした顔でそれを眺めたあと、ふ、と息を吐き出した。
「なんだよこの絵」
そう言って笑ったデュークの顔は、なんだか少年のように無邪気で嬉しそうだった。
お読み頂いてありがとうございます!
どうやらそれぞれの思惑が錯綜しているようです……?
「なに!?王太子は邪魔者なの?横恋慕??」とハラハラしてくれた素敵な読者様も、
「デュークもシャルも負けんな!」と応援してくれた優しい読者様方も、
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