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1-14 夜の浜辺

 ゆらゆらと揺れる身体。


 なんだか暖かくて、幸せな気持ちで身じろいだ。


 暖かくて気持ちのいいそれに頬ずりする。すると、それは何だか驚いたようにぴくっと揺れた。


 不思議に思って目を開ける。


「……悪い、起こした」


 見上げると、間近にデュークの顔。背景は星空。波の音が近くに聞こえる。


 目をパチパチとする。暖かいと思っていたのはデュークの身体で。揺れていたのは、横抱きにされていたからだった。


 次いでやってきた驚きで、慌てて自分の状況や身の回りを確認する。


「おい、暴れるな」


 そう言うとデュークは、もう一度私を抱え直した。想像以上にしっかりとした腕の感触に、もうどうしていいか分からない。


 混乱しながらも、再びデュークを見上げる。


「もうちょいで部屋だから、このまま寝とけば」


 ぶっきらぼうなようで優しいその言葉に少しホッとするけれど。


 もちろん眠れる訳がない。


 少ししてからふるふると首を振って地面を指差す。デュークは、ちょっと悩んでから、私をゆっくりと立たせてくれた。


「………ほんとに、大丈夫?」


 コクコクと頷いて、小さなボードを取り出す。そして、文字を書こうとして………暗くて文字がほとんど見えない事に気がついた。海沿いのこの道には、道を明るく照らす魔石はない。


 動かしかけた手を止める。


 伝えたいことは沢山あるのに。



 ―――弱者



 本屋で聞いた、カリーナ様の侍女たちの言葉が頭に響く。声を封じられるだけで、こんなにも弱くなるものなのだろうか。私は、こんなに弱かっただろうか。


「シャル、ちょっとこっち」


 不意に手を引かれて砂浜に連れて行かれ、乾いた流木に座らされる。デュークは靴を脱いでじゃぶじゃぶと海に入り、そして少しして、何かを手に持って戻ってきた。


 手に持つそれは海に落ちていた瓶で、中が淡く光っていた。


「海の夜光虫。今ちょうど多い季節だからさ……ちょっと暗いけど、一応手元ぐらいなら見えるかなって」


 ふわりと無数の星の様に光るそれは、デュークが瓶を揺らすと無数の一等星のように明るく輝いた。


「こいつは魔力に反応して光るんだ。この海だと海産物に害があるほど多くはないし、普段はもっと薄い光でほとんど見えないんだけど……頑張って魔力を注げば結構明るく光る」


 そうして私の隣に腰掛け、手元を照らす。明るい星空のような光が、ゆらゆらと揺れて美しい。


 ぼんやりと手元を照らす夜光虫の明かりの下、文字を書いていく。


『ありがとう』


 それから、何を言ったらいいか分からなくなって手を止めた。


 さっきまで、言いたいことが沢山あったはずなのに。


 キュッとペンを握りしめる。


「………あいつらに、何言われたの?」


 ハッとして顔を上げると、デュークは少し心配そうな、でも少し怒ったような顔で、じっと私を見ていた。


 私は、何を言われたのだろう。


 頭の中がまだぐちゃぐちゃとしていて、上手く表現できるとは思えなかった。


 沈黙の中、私の気持ちをを沈ませているものを探る。


 そう、私はただただ、デュークの隣に並べる土俵にいないのが、悲しかった。


 私は今、フィンティアの王女ではなく、声が出ずに保護されている弱者。忘れていたけれど、それが事実で。こうして優しくしてもらえること自体、異常なのだ。


 でも、それをどうしても手放せなくて。


 沈黙が、波の音をやけに大きく響かせる。デュークに何をどう伝えたらいいのか分からなくて、握ったペンは止まったままだった。


 デュークは少し私の様子を窺った後、砂を山にしてから瓶をその上に置いた。ゆらゆらと揺れる光が、私達の影も揺らす。


「………正直、俺はあまり察しがいい方じゃない」


 夜光虫の灯りを見つめながら、デュークは静かに私に語りかけた。


「だから、見当違いかもしれないが……もしカリーナの侍女たちが身分について持ち出してお前を下に見ていたとしたら、そんなの気にしなくていい」


 淡々としたデュークの低い声が夜の浜辺に溶けるように聞こえる。


「一つ間違いのない事実としては、この国は身分の違いを強く意識する文化だという事だ。それは、生まれた頃から染み付いていて、無意識のうちに日々の生活に馴染んでいる」


 ちらりとデュークの横顔を盗み見る。灯りを見つめるデュークは、静かな、でも意思のある顔をしていた。


「身分が重要な役割を果たすこともある。でも、身分の欲に塗れその責任を果たせないのなら、俺はそんな身分は撤廃したほうが良いと思ってる」


 そう静かに言うと、デュークは私の方をちらりと見た。それから、少し考えるような素振りを見せてから、また口を開いた。


「………俺がこの国に来たのは、この国の欲に塗れた文化を変えたいと思ったからだ。―――ヤイール帝国の悲劇が、また起こらないように」


 その言葉に驚いて息を呑む。そんな私の様子に気付いたのか、デュークは私の方を見て、少し困ったように笑った。


「まさか……シャルロッティ王女の生まれ変わりを拾うとは思わなかったけどな」


 デュークは、わしゃっと私の頭を撫でると、また夜光虫の灯りに視線を戻し、瓶に手を触れた。魔力を注いでいるのか、ゆらゆらと揺れる光が少し強くなる。


「俺の国は実力主義の国だ。身分もあることにはあるが、あまり関係ない。少なくとも俺は、この国の身分はあまり信用していない。ここでよく言われている身分差がどうのとか、くだらない事に惑わされるな。……あいつらに何を言われたかのかは知らないが、お前はお前だ。自分が今まで積み重ねてきた胸の内にある物を信じろ」


 そして、まっすぐな視線で私を見た。


「……俺は、最後まで誇り高く生きた、しっかりと国を背負い責務を果たしたシャルロッティ王女のことは、信頼してる」


 その言葉に、目が醒めるようだった。


 死んで、メルルの中に入って、声も失って。


 私というものが、不確かになっていた気がする。


 でも、私が積み重ねてきたものは、確かに私の中にある。


 そう、帝国の後宮で、何度も繰り返し自分に言い聞かせてきたじゃないか。


 ―――例え私の身体の自由を奪えたとしても、私の知識と経験と、心の自由までは奪えないって。


 ヒュウ、という少し冷たい気持ちのいい風が、海の方に向かって背中を押すように吹いた気がした。


『ありがとう』


 小さなボートに、しっかりとした文字でそう書いて、デュークに見せる。それを見て、何となく優しく微笑んだデュークの表情に何だか照れてしまって。はにかむように顔を背けた。


『私は身分だなんてそんなものには負けないわ』


「へぇ、そりゃ良かった。で、さっきまでのしょんぼりしてたのは大丈夫なのか?」


『解決しました』


「ほんとかよ。言っておくが、俺には言わないと分からないからな」


 からかうように、でもちょっと心配そうにデュークが私の顔を覗き込む。ちょっと口を尖らせながらも、やっぱり聞いておこうと思って、悩みつつペンを走らせた。


『本当にこんなに態度がデカい使用人でいいの?』


「………使用人?」


『デュークは雇用主でしょ?私はその使用人だし、一応立場とか、ふさわしい振る舞いがあるよねと』


「え、お前って、俺の使用人なの?」


『えっ違うの?契約書書いたじゃない。クソ王子に見せてたやつ』


「あぁ、あれ………」


 そう言えばと言うように、思い出すようにデュークは宙を見た。


「確かに雇用契約は結んだけど、身分の上下も書いてないし、使用人とも騎士とも賢者とも書いてないだろ」


『確かに?』


「ちなみにマーカスも俺と雇用契約結んでるぞ」


『そうなの!?』


「俺にはない技能を外注してる感じだな。確かに俺が雇用主にはなるのかもしれんが、少なくともあいつは使用人じゃないし、国に帰ればあいつは結構偉いから、この国の奴らに『この使用人風情が』とか言われたら国際問題だな」


 そう言うと、デュークは私のおでこをピンッと弾いた。


「とにかく、仕事上の立場がどうであれ、お前と俺は対等だ。めんどくさいこの国のルールに縛られんな。舐められたく無かったらデキるとこ見せて堂々としてろ。身振り手振りで表現するの得意だろ」


 何となく馬鹿にされているような気がしつつも、そのとおりだなと頷く。デュークは可笑しそうに、でも柔らかく笑った。それから、またふいっと海の方に視線を戻した。


 少しの沈黙が流れて、夜の暗闇の中に、波の音が響く。



「………あと一ヶ月で、俺は国に帰る」


 その言葉に、どきりとして息が止まる。


 デュークが、いなくなった未来が頭に過ぎって、身体が芯から冷えるような感じがした。


 デュークは、少しの沈黙の後、ポツリと言った。


「一緒に、来るだろ?」


 息を止めたまま、その言葉を頭の中で反芻して。


 理解して、息を詰めたまま、再び文字を綴った。


『ついて行っていいの?』


「………いいに決まってるだろ。お前の国籍、一応俺の国なってるし」


『仕事も、あるかな?温室とか、メトは?』


「あっちはもっとデカい温室やら畑やらもあるし、メトの仲間もいっぱいいるから腐るほど仕事はある」


『迷惑じゃない?』


 そうボートに書くと、すぐ隣でそれを覗き込んでいたデュークは、何故か黙ってしまった。


 やっぱり何か迷惑な事情があるのかもしれないと、再び息を呑む。


「………俺が、お前についてきて欲しいんだ」


 ポツリと、そんな声が聞こえた。息を呑んだまま、デュークの横顔を見つめる。


 デュークは、少し顔を上げて。それから、私の手を取って、少し真面目な表情で、私の方を見た。


「一緒に、俺の国に行こう、シャル」


 その言葉と手の温もりに、びっくりするほど心臓が高鳴って。


 私はじわじわと身体を熱くしながら、コクリと頷いた。


 そんな私の様子を見て、デュークはホッとしたように、ほんのり柔らかく笑った。その表情にもうどうしようもなくなって、慌てて立ち上がる。


「シャル?」


『私もやってみる!』


「は?何を?」


『この夜光虫が光るやつ!」


 そう小さなボードに書きなぐってから、私も靴を脱ぎ捨てて、夜の海へ走った。バシャバシャと波に足を浸けると、ひんやりとして気持ちがいい。熱くなった頬が少し落ち着きを取り戻して、ホッとする。


 波が足を撫でるように駆け抜け、砂を巻き上げて流していく。その感触に、私の身体が喜んでいるようだった。


 デュークの国は、この海の向こうにあるのだろうか。ついてきて欲しいという言葉が再び胸を熱くする。


 私はもう、駄目かもしれない。デュークがこの私の膨らんだ気持ちを受け止めてくれなかったら、きっと私は泡になって死んでしまうのだろう。


 でももう、それでもいいかなと思った。さっきは、たまらず逃げ出してしまったけれど。この幸せな愛おしい気持ちを、捨てる気にはなれなかった。


 少しでもデュークのそばにいられる、今この時を噛み締めて生きよう。そう覚悟を決めた。


 ちゃぷんと波の中に手を入れる。デュークと光る海を見れたら、私はきっと幸せだろう。そんな気持ちで、魔力なるものを流れろと念じてみる。波が微かに光って、仄かに揺れた。


 私じゃだめかと思った時。暖かい風が吹いて、波がちゃぷんと柔らかく揺れた。ふと視線を感じて顔を上げる。


 暗がりの海の向こう。微かに、人魚のお姉様達が手を振っているのが見えた。


 ふわりと、私の手元で揺れる波が、明るく光り始める。


「―――うそ、だろ」


 そんな呆然とした声が聞こえて振り返ると、デュークが目を丸くして海を見つめていた。


 辺りを見渡すと、浜辺に打ち寄せる波が光るレースのように美しく光り輝いていた。重なる波が青くぼんやりと辺りを照らしている。


 暗がりの海の中では、お姉様達がハートマークを作っていた。何だか可笑しくなって笑ってしまった。多分この光る波は、お姉様たちの仕業だ。私を起点にして、波が輝いていく。


 きっと、私のことを、応援してくれているんだろう。


 打ち寄せる光の波は繊細な青白いレースのようで。とても幻想的な景色だった。


『綺麗だね』


「あぁ……この世じゃないみたいだ」


 私の隣に来たデュークが、光る波に洗われる私とデュークの足を、不思議なもののように見ている。それから、淡く光り重なり合って打ち寄せる波を、呆然と見つめた。


「これは、シャルの魔力で……?魔術か?」


『ううん。海の中にいる人魚のお姉様達のサービスみたい。人魚は海の生き物と仲がいいからね。ほら、あっちの方に――っっ』


 胸元が急にズキンと痛み、ボードを落としかけて慌ててそれを抱きしめた。


「シャル!?」


 海が悍ましい何かに驚くようにザワザワと波を引き、光が淡くなり消えていく。


 もう少しゆっくり眺めたかったのにと、その消える光を痛みで歪む視界の端で捉える。


 美しい光の代わりに、痛みが波のように私に襲いかかってきた。屈むように胸を抑え、痛みに耐える。


 グラリとふらついた私を受け止めたデュークは、慌てて私をまた横抱きにすると、器用に靴も拾って部屋へと急いだ。


「魔力切れ……じゃないのか。じゃあ何だ?疲れ?痛いところとか、気持ち悪いとか……」


 そう慌てたように私を心配するデュークに返事をしたいのだけど、抱き上げられた事による揺れと周囲の暗さで何も伝えられない。胸の痛みはズキズキと脈打ち、徐々に治まってく。だから、大丈夫だと思うけど。


 この、痛む場所は………


 ―――呪いの残渣の跡が、痛んでる……?


 私は何かヒヤリとしたものを感じながら、暗がりの中をデュークに運ばれて行った。


お読み頂いてありがとうございます。


デュークさん、頑張って攻めました!!

「いいぞもっとやれ!」と思ってくれたノリノリな読者様も、

「私も横抱きにされてみたい…」と淡い妄想に耽った素敵な貴方も、

いいねブックマークご評価なんでもいいので応援頂けると嬉しいです☆彡

ぜひまた遊びに来てください!

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