1-10 一番好き
「おい」
ペシ、とおでこに軽い痛みが走る。うーんと何かを抱きしめながら身動ぎする。まだ眠い。
「起きろ、飯だ」
えっご飯!?ビックリして手を付いて起き上がろうとしたら……その手は宙を掴んだ。
「っちょ、バカ」
少しの落下の感覚の後、ガシッと支えられる。そうか、しまった。ソファーで寝てたんだった。
ハッとして目を開けた。
目の前には見知らぬイケメンがいた。
「………何だよ」
声はデュークだ。まじまじと見る。よく見たら、顔もデュークだ。
でも、髪の毛が全然違う。モシャモシャと毛の長い黒猫のようだったデュークの髪の毛は、ナチュラルなマッシュヘアになっていた。
うねる黒髪はむしろしっとりとした艶を帯びていて、妙に色気を纏っている。そこから覗く片耳に、さっき見た魔道具の藍色ピアスがキラリと光っていて、デュークのけだるげな雰囲気と相まって、なんとも言えない妙なセクシー感を醸し出している。
まだ、黒猫感はあるけれど。毛が長い黒猫から、血統書付きの綺麗な黒猫になった。
激変したデュークを呆然と眺める。デュークは何だか気まずそうに目を逸らした。
「長かったから、久々に切った」
なるほどと、頭が働かないまま、コクコクと頷く。
それから、呆然としたままテーブルにたてかけてあったボードに手を伸ばした。
『変わり過ぎじゃない?』
「まぁ………この国に来てから初めて切ったからな」
『いや伸ばし過ぎだね』
「うるさい」
デュークは不機嫌そうな顔をしつつ、私の隣に座った。目の前にはもうご飯が並んでいた。
『ごめん、準備させちゃった』
「お前爆睡だったからな。ヨダレ垂らしてたぞ」
バッと口元を覆う。慌てる私を見て、デュークは可笑しそうに笑った。
髪が短いから、笑った顔がよく見える。私は、それをまた呆然と眺めた。
「腹減った」
確かに、待たせてしまったみたいだった。ごめんと思いつつ、頭がうまく働かないまま、いただきますとポーズをとった。
晩ごはんは、薄く焼いたパンに、好きな具材を巻いて食べるちょっと楽しい食事だった。味付けされたお肉や瑞々しい野菜をトマトソースと一緒にくるくると巻いていく。ちらりと横を見ると、デュークは肉だけ入れていた。
無理やり野菜をねじこむ。
「ヤメロ」
『お野菜食べないとハゲるよ!』
「そんな研究結果は聞いたことない」
『実験するまでもなく不健康だから』
「まじでオカンかよ」
その言葉に、何だか胸がチクリとしてペンが止まる。
オカン。私の扱いなんて、多分そんなものだろう。
なんとなく傷ついて、ペンを置いて肉と野菜を挟んだパンに齧りついた。
ほんのり訪れた沈黙にどうしていいか分からなくて、無心でパンを見つめてもぐもぐとする。
「……ソースついてるぞ」
不意に口元を掠める感触がして、ビクリとした。デュークが長い指で私の口元のソースを拭って。そして、近くに拭くものがなくて、面倒くさそうに、それをぺろりと舐めた。
「今度はガキかよ」
呆れたように言うデュークを、呆然と眺める。
この人は………この人は…………!!!
『ド変態!!!』
「っはぁ!?なんで突然そうなる!?」
『バカなんじゃないの!?』
「ふざけんな、どこがだ」
『ちょっと色男になったからって調子に乗ってんじゃないの!?』
書きなぐってキッと睨みつけると、デュークは何故かビックリしたような顔をして、慌てて顔を反らした。
突然の戦線離脱に、訝しげに顔を覗き込む。
「見んな」
ペンッと顔にデュークの手が乗っかる。ちょっとイラッとしてグッと手を外してデュークの顔を見ようとするが、何故か逃げられる。
何事。なんだか嫌がるデュークに、イタズラ心がむくむくと育ってきて、バッと顔を覗き込んだ。
眉を顰めたデュークは、なんだかちょっと照れた様子だった。
「まじで覚えとけ」
一体何に照れてるのかと首を傾げる。とりあえず言い返さないと……と、ボードを手に取った。不意に、さっき殴り書きした自分の文字を見る。
色男になった………って、褒めてる!!?
ガタン、とボードが手から滑り落ちた。
「おい、乱暴に扱うな。意外と作るの大変なんだからなこれ」
『ごめん』
慌てて文字を消して、新しく謝罪の文字を書く。ダメだ、何やってんだほんとに。死にたいのか。
とりあえず落ち着こう。そういう目線でデュークを見たらだめだ。失恋したら泡だ。死にたくない。必死で自己暗示をかけ、注意深く深呼吸をする。これは黒猫。綺麗にトリミングされた黒猫だ。
やっと頭が目覚めてきて、ちゃんと思考が回ってきた。改めて状況を確認する。
ほんと、急に髪を切るとかどうしたんだろう。あれか、くっつき種が絡まったのが嫌だったのかな。
再びまじまじとデュークを見ると、服装まで変わっていた。真新しいシャツと、それに合わせた上下の服はシンプルな暗めの色で、相変わらずゆったりとした雰囲気だけど。何だか妙にお洒落になってしまって、どうにも落ち着かない。
『急にどうしちゃったの、その格好』
「………変?」
『いや、似合うけど。見慣れないからか、何だか落ち着かない』
「そう…………」
なんとなくしゅんとした様子のデュークに首を傾げる。
『身綺麗にしないといけないイベントでもあったの?』
「いや…………」
デュークは、なんとなく気まずそうな顔をして、それから私の方をちらりと見た。
「怪しい生き物と一緒に根暗な男に飼われてるとか言われるの、普通に嫌だろう」
その発言に、目を丸くする。まさか、それを気にして……!?
『それでわざわざイメチェンしてくれたの!?』
「別にいつも通り髪切って、似たような新しい服着ただけだ」
『いつも通り?』
「数年に一回このぐらいの長さに切ってる。ほっとけばあの長さになる」
『ほっとき過ぎじゃない?』
「うるさい」
何だかご機嫌斜めなデュークの横顔をまじまじと見つめる。確かに、髪の毛が短くなったこっちのほうが気持ちよさそうだけど。今着てる服は、着心地は良いんだろうか。
見ると、向こう側の椅子にいつもの着古したローブが掛かっていた。似たようなのを3着ぐらい持ってて、着回してるらしいけど。個人的には、こういうやつのほうがリラックスできるんじゃないかと思う。
『ねぇ、いつものローブに着替えちゃえば?』
「そんなに変かよ」
拗ねたような顔がおかしくて、何だか笑ってしまった。かっこよさを気にする男の子のようだ。そんなことないよと、ペンを走らせる。
『いや、すっごい似合うし格好いいけど、疲れない?』
そう、とても似合うなとは思うんだけど。何でだろうと頭を悩ませる。何となくしっくりこないのは、今が日中ではなく夜のゆるやかな時だからなのかもしれない。
『もうご飯食べて寝るだけだし、ゆったりした着慣れた服で、リラックスしたほうが気持ちいいんじゃないかなって』
遠い記憶のお母様を思い出す。昼間のちゃんと着飾った姿も綺麗で好きだったけど。家族の時間の、ゆったりとした雰囲気が大好きだった。安らぎの時間に見るその姿は、とても優しかった。
多分、そういう事なんだろう。
『この服も人前に出るならすごくかっこいいけど、今はこうやって二人だけで部屋でのんびり過ごす時間なわけだし』
そう、つまり。
『なんだかんだ、私はいつも通りのデュークが一番好きだな』
自分で文字に書き起こしておいてなんだが、とてもしっくりした。だから何だか落ち着かなかったんだな。元々気合が入った格好は自分自身も好きじゃない。作業着を着て農作業するほうが好きだったぐらいなんだから。
素晴らしい納得感と共に顔をあげる。そういえばデューク静かだなと隣を見ると、デュークは私がそちらを見るのと同時に無言で立上がった。
あれ?と思って様子を窺おうと思ったのだが。デュークはそのまま私に背を向けてふらりと歩き出して、椅子に引っかかったローブを手に取り別室に行ってしまった。
パタンと扉が閉まる。
次いで、何かがゴン!と音を立てた。驚いて肩がビクッと跳ねる。
そしてしばらくしてから、ガチャリと扉を開けて出てきたデュークは、いつもの着古したローブを着ていた。
そして、ぽす、とまた私の隣に座る。
何だか様子のおかしいデュークに、急いでボードの文字を消してからまた文字を書いて、恐る恐るその文字を見せた。
『なんか、怒った?』
「………怒ってない」
『ほんとに?』
「………ほんと」
『さっきの音は何?』
「ぶつけた」
『どこを?』
「……頭」
見ると、確かにおでこが赤くなっていた。ちょっと痛そうだ。少し心配になって様子を窺うと、何だか顔もほんのり赤かった。
なるほど、そういうことかとニヤリと笑う。
『ぶつけて恥ずかしかったんでしょ。案外どんくさいのね』
「お前まじで覚えてろよ」
『私のせいじゃないよね!?』
「全部お前のせいだ」
なぜデュークのドジが私のせいになるのか。意味がわからない。デュークを苦々しく睨みつけるが、顔を逸らされた。何その態度。
『意味わからないし!!』
「わからんでいい」
より意味がわからずムスッと顔をしかめる。
デュークはそんな私の顔をちらりと見ると、こんどは何だか微妙に嬉しそうにやっと笑って。
それから、私の頭を、むちゃくちゃに撫でた。
お読み頂いてありがとうございます!
デュークさん、また頭をゴンしてしまいました。
「照れ男子悪くないわ……」とニヤついてくださった神読者様も、
「気の抜けた部屋着男子もいいよね」という仲良くなれそうな貴方も、
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