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10/30

1-10 一番好き

「おい」


 ペシ、とおでこに軽い痛みが走る。うーんと何かを抱きしめながら身動ぎする。まだ眠い。


「起きろ、飯だ」


 えっご飯!?ビックリして手を付いて起き上がろうとしたら……その手は宙を掴んだ。


「っちょ、バカ」


 少しの落下の感覚の後、ガシッと支えられる。そうか、しまった。ソファーで寝てたんだった。


 ハッとして目を開けた。


 目の前には見知らぬイケメンがいた。


「………何だよ」


 声はデュークだ。まじまじと見る。よく見たら、顔もデュークだ。


 でも、髪の毛が全然違う。モシャモシャと毛の長い黒猫のようだったデュークの髪の毛は、ナチュラルなマッシュヘアになっていた。


 うねる黒髪はむしろしっとりとした艶を帯びていて、妙に色気を纏っている。そこから覗く片耳に、さっき見た魔道具の藍色ピアスがキラリと光っていて、デュークのけだるげな雰囲気と相まって、なんとも言えない妙なセクシー感を醸し出している。


 まだ、黒猫感はあるけれど。毛が長い黒猫から、血統書付きの綺麗な黒猫になった。


 激変したデュークを呆然と眺める。デュークは何だか気まずそうに目を逸らした。


「長かったから、久々に切った」


 なるほどと、頭が働かないまま、コクコクと頷く。


 それから、呆然としたままテーブルにたてかけてあったボードに手を伸ばした。


『変わり過ぎじゃない?』


「まぁ………この国に来てから初めて切ったからな」


『いや伸ばし過ぎだね』


「うるさい」


 デュークは不機嫌そうな顔をしつつ、私の隣に座った。目の前にはもうご飯が並んでいた。


『ごめん、準備させちゃった』


「お前爆睡だったからな。ヨダレ垂らしてたぞ」


 バッと口元を覆う。慌てる私を見て、デュークは可笑しそうに笑った。


 髪が短いから、笑った顔がよく見える。私は、それをまた呆然と眺めた。


「腹減った」


 確かに、待たせてしまったみたいだった。ごめんと思いつつ、頭がうまく働かないまま、いただきますとポーズをとった。


 晩ごはんは、薄く焼いたパンに、好きな具材を巻いて食べるちょっと楽しい食事だった。味付けされたお肉や瑞々しい野菜をトマトソースと一緒にくるくると巻いていく。ちらりと横を見ると、デュークは肉だけ入れていた。


 無理やり野菜をねじこむ。


「ヤメロ」


『お野菜食べないとハゲるよ!』


「そんな研究結果は聞いたことない」


『実験するまでもなく不健康だから』


「まじでオカンかよ」


 その言葉に、何だか胸がチクリとしてペンが止まる。


 オカン。私の扱いなんて、多分そんなものだろう。


 なんとなく傷ついて、ペンを置いて肉と野菜を挟んだパンに齧りついた。


 ほんのり訪れた沈黙にどうしていいか分からなくて、無心でパンを見つめてもぐもぐとする。


「……ソースついてるぞ」


 不意に口元を掠める感触がして、ビクリとした。デュークが長い指で私の口元のソースを拭って。そして、近くに拭くものがなくて、面倒くさそうに、それをぺろりと舐めた。


「今度はガキかよ」


 呆れたように言うデュークを、呆然と眺める。


 この人は………この人は…………!!!


『ド変態!!!』


「っはぁ!?なんで突然そうなる!?」


『バカなんじゃないの!?』


「ふざけんな、どこがだ」


『ちょっと色男になったからって調子に乗ってんじゃないの!?』


 書きなぐってキッと睨みつけると、デュークは何故かビックリしたような顔をして、慌てて顔を反らした。


 突然の戦線離脱に、訝しげに顔を覗き込む。


「見んな」


 ペンッと顔にデュークの手が乗っかる。ちょっとイラッとしてグッと手を外してデュークの顔を見ようとするが、何故か逃げられる。


 何事。なんだか嫌がるデュークに、イタズラ心がむくむくと育ってきて、バッと顔を覗き込んだ。


 眉を顰めたデュークは、なんだかちょっと照れた様子だった。


「まじで覚えとけ」


 一体何に照れてるのかと首を傾げる。とりあえず言い返さないと……と、ボードを手に取った。不意に、さっき殴り書きした自分の文字を見る。


 色男になった………って、褒めてる!!?


 ガタン、とボードが手から滑り落ちた。


「おい、乱暴に扱うな。意外と作るの大変なんだからなこれ」


『ごめん』


 慌てて文字を消して、新しく謝罪の文字を書く。ダメだ、何やってんだほんとに。死にたいのか。


 とりあえず落ち着こう。そういう目線でデュークを見たらだめだ。失恋したら泡だ。死にたくない。必死で自己暗示をかけ、注意深く深呼吸をする。これは黒猫。綺麗にトリミングされた黒猫だ。


 やっと頭が目覚めてきて、ちゃんと思考が回ってきた。改めて状況を確認する。


 ほんと、急に髪を切るとかどうしたんだろう。あれか、くっつき種が絡まったのが嫌だったのかな。


 再びまじまじとデュークを見ると、服装まで変わっていた。真新しいシャツと、それに合わせた上下の服はシンプルな暗めの色で、相変わらずゆったりとした雰囲気だけど。何だか妙にお洒落になってしまって、どうにも落ち着かない。


『急にどうしちゃったの、その格好』


「………変?」


『いや、似合うけど。見慣れないからか、何だか落ち着かない』


「そう…………」


 なんとなくしゅんとした様子のデュークに首を傾げる。


『身綺麗にしないといけないイベントでもあったの?』


「いや…………」


 デュークは、なんとなく気まずそうな顔をして、それから私の方をちらりと見た。


「怪しい生き物と一緒に根暗な男に飼われてるとか言われるの、普通に嫌だろう」


 その発言に、目を丸くする。まさか、それを気にして……!?


『それでわざわざイメチェンしてくれたの!?』


「別にいつも通り髪切って、似たような新しい服着ただけだ」


『いつも通り?』


「数年に一回このぐらいの長さに切ってる。ほっとけばあの長さになる」


『ほっとき過ぎじゃない?』


「うるさい」


 何だかご機嫌斜めなデュークの横顔をまじまじと見つめる。確かに、髪の毛が短くなったこっちのほうが気持ちよさそうだけど。今着てる服は、着心地は良いんだろうか。


 見ると、向こう側の椅子にいつもの着古したローブが掛かっていた。似たようなのを3着ぐらい持ってて、着回してるらしいけど。個人的には、こういうやつのほうがリラックスできるんじゃないかと思う。


『ねぇ、いつものローブに着替えちゃえば?』


「そんなに変かよ」


 拗ねたような顔がおかしくて、何だか笑ってしまった。かっこよさを気にする男の子のようだ。そんなことないよと、ペンを走らせる。


『いや、すっごい似合うし格好いいけど、疲れない?』


 そう、とても似合うなとは思うんだけど。何でだろうと頭を悩ませる。何となくしっくりこないのは、今が日中ではなく夜のゆるやかな時だからなのかもしれない。


『もうご飯食べて寝るだけだし、ゆったりした着慣れた服で、リラックスしたほうが気持ちいいんじゃないかなって』


 遠い記憶のお母様を思い出す。昼間のちゃんと着飾った姿も綺麗で好きだったけど。家族の時間の、ゆったりとした雰囲気が大好きだった。安らぎの時間に見るその姿は、とても優しかった。


 多分、そういう事なんだろう。


『この服も人前に出るならすごくかっこいいけど、今はこうやって二人だけで部屋でのんびり過ごす時間なわけだし』


 そう、つまり。


『なんだかんだ、私はいつも通りのデュークが一番好きだな』


 自分で文字に書き起こしておいてなんだが、とてもしっくりした。だから何だか落ち着かなかったんだな。元々気合が入った格好は自分自身も好きじゃない。作業着を着て農作業するほうが好きだったぐらいなんだから。


 素晴らしい納得感と共に顔をあげる。そういえばデューク静かだなと隣を見ると、デュークは私がそちらを見るのと同時に無言で立上がった。


 あれ?と思って様子を窺おうと思ったのだが。デュークはそのまま私に背を向けてふらりと歩き出して、椅子に引っかかったローブを手に取り別室に行ってしまった。


 パタンと扉が閉まる。


 次いで、何かがゴン!と音を立てた。驚いて肩がビクッと跳ねる。


 そしてしばらくしてから、ガチャリと扉を開けて出てきたデュークは、いつもの着古したローブを着ていた。


 そして、ぽす、とまた私の隣に座る。


 何だか様子のおかしいデュークに、急いでボードの文字を消してからまた文字を書いて、恐る恐るその文字を見せた。


『なんか、怒った?』


「………怒ってない」


『ほんとに?』


「………ほんと」


『さっきの音は何?』


「ぶつけた」


『どこを?』


「……頭」


 見ると、確かにおでこが赤くなっていた。ちょっと痛そうだ。少し心配になって様子を窺うと、何だか顔もほんのり赤かった。


 なるほど、そういうことかとニヤリと笑う。


『ぶつけて恥ずかしかったんでしょ。案外どんくさいのね』


「お前まじで覚えてろよ」


『私のせいじゃないよね!?』


「全部お前のせいだ」


 なぜデュークのドジが私のせいになるのか。意味がわからない。デュークを苦々しく睨みつけるが、顔を逸らされた。何その態度。


『意味わからないし!!』


「わからんでいい」


 より意味がわからずムスッと顔をしかめる。


 デュークはそんな私の顔をちらりと見ると、こんどは何だか微妙に嬉しそうにやっと笑って。


 それから、私の頭を、むちゃくちゃに撫でた。


お読み頂いてありがとうございます!


デュークさん、また頭をゴンしてしまいました。

「照れ男子悪くないわ……」とニヤついてくださった神読者様も、

「気の抜けた部屋着男子もいいよね」という仲良くなれそうな貴方も、

いいねブックマークご評価なんでもいいので応援頂けると嬉しいです☆彡

ぜひまた遊びに来てください!

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