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サンタマリア教会

 マリアの死に打ちひしがれていたギルモアだったが、やがて自ら剣を取りパールサの治安回復に務めていた。


「藩王閣下! 怪しい男を捕らえました!」

「怪しい男?」

「赤毛の大男です。陛下が亡くなったことを知っていました」

「赤毛?」

「はい!」

「とりあえずあとで尋問する。牢獄にいれておけ」


 パールサ軍が箝口令を敷こうとも、すでに藩王軍やササンたちにより女王崩御の報は伝わってしまっていた。

 だから違和感を感じることなく忘れてしまっていた。

 牢に放り込んだ赤毛の大男の存在を。

 そして赤毛も虚ろにマリアの名を呟くだけで抵抗すらしなかった。



 そんな中、ササンの暴挙により混乱したパルーサは2日後には一時的に落ち着きを取り戻した。

 敵に回った藩王のうち1人は討ち取ることができたが、他の2人は逃し、そもそものこの混乱を作った皇帝ササンは、早々に取り逃がしていた。


「陛下の仇は必ず取る。だが。その前に藩国の制圧が先だ」

「ギルモア様、お耳にいれたいことが」


 軍議をしていたギルモアに教皇からの使いと名乗る神官が耳打ちをした。


「何?」


 マリアの遺骸を安置している教会で異変があったというのだ。

 慌てて駆け付けたギルモアは、そこで待つ教皇に問いただした。


「教皇!」

「閣下、陛下が……陛下の御子が……」

「どういうことだ」

「陛下の御子が」

「閣下!」


 何かを言いかけた教皇の声を掻き消しながら、今度は血だらけの兵士が駆け込んできた。


「今度は何だ!」

「ゴブリンです!」

「ゴブリンがどうした」

「ゴブリンが襲ってきます!」

「はぁ?」


 ギルモアは言葉の意味が理解できなかった。

 基本的にゴブリンは集落近辺のみをテリトリーとして、そこから出ることは無い。

 ゆえに人間を捕食する生態を持ちながら、辛うじて共存ということができているのだ。


「森の中の話など、今はいらん!」

「違います! ゴブリンの大群です! すでにアッカドは全滅、途中の街も藩国もすでに全滅、数え切れないほどのゴブリンが波のようにパールサへ向かって来ています! 逃げるしかありません!」

「なんだそれは!」

「私は馬を走らせてここまできましたが、それほど離れていません! 閣下! 猶予はないのです。もうフラート帝国は終わりです! 逃げて下さい!」


 そこまで叫び、兵士は意識を失った。

 よく見ればあちこちに咬み傷のような跡がある。


「教皇、脱出の準備を」

「ゴブリンですか。ということが王が動いたのでしょう。それよりも閣下、こちらを」

「え?」


 教皇はギルモアにマリアの遺骸を見るよう促した。

 そこにある――


「これは……赤毛の? はっ、赤毛! 赤毛だ! おい!」


 ギルモアは近くにいた兵士に尋ねる。


「確か赤毛の大男が牢屋にいたな! 連れてこい!」

「え、あ、はい。かしこまりました」

「閣下」

「教皇、一つだけ可能性に賭けてみる」










「ゴブリンの王よ」


 教会の奥にある応接間に赤毛の大男が兵士に連れられてやってきた。

 それは、マリアの死を知り、フラフラと街を歩いていたゴブリン(おれたち)の王だった。

 赤毛は俯いたままギルモアに語りかける。


「人間の王か」

「ああ」

「マリアは死んだ」

「ああ」

「なぜだ?」


 赤毛は淡々と話す。

 まるで心など、そこに最初からなかったかのように。


「皇帝ササンに殺された」

「護ると約束した」

「すまぬ。力が及ばなかった」

「そうか」


 教会の中に沈黙が支配する。


「なぜマリアは死んだのだ? 人は心があるから人を傷つけてはいけないとマリアは言っていた」

「そうだな……」


 その時、遠くの方から地響きのような軽い振動が教会を包んだ。


「地震か?」

ゴブリン(おれたち)だ」

「おれたち?」


 赤毛がゆっくりと顔を上げる。


「人間の王は約束を護らなかった。だから俺も人間の王との約束を破る」

「お前が呼んだのか?」

「俺が呼んだ」

「なぜだ」

「マリアが死んだからだ。苦しいのだ。胸が苦しい。痛い。黒い感情が溢れ出る。殺せと。お前ら人間を全て殺し尽くせと」

「ゴブリンの王! 待ってくれ! ここに、ここにはお前の子がいるのだ!」


 ギルモアが叫ぶように言う。

 そしてその声に合わせるように教皇がマリアの遺骸の傍らに置いてあったものを抱えた。


「ゴブリンの王よ……これを見よ」


 教皇が胸に抱えていた布にくるまれた赤ん坊を差し出す。


「マリアの子だ! ゴブリンの王よ! 死んだマリアの胎からさきほど生まれきた、正真正銘、マリアの子だ」


 その頭髪は赤。

 肌はマリアのように白い。

 まだ目をとじたままだが、紛うことなき人間の赤ん坊。


「マリアとお主の子なのだよ、ゴブリンの王よ」


 地響きが大きくなっていく。

 数千万のゴブリンがパールサに押し寄せてくる。


「マリアの子。俺の子。おれたちの子……」


 赤毛は静かに呟く。


(ワンさん、もう終わりにしましょう。この子を護って)

(ああ、マリア……)


 赤毛は赤ん坊を触る事なく、後ろを向いた。


「人の王よ。忘れるな。おれたちの子を護れ。その子が死したら、その子を。さらにはその子を。血が絶えたなら、その亡骸を……」


 そして赤毛は大きく両手を天へ突き出した。


「約定を違えるな。違えるまでがお前達の残された時間だ。ゴブリン(おれたち)はお前達に最期の時間を与えよう。それがいつまで続くかは……お前達次第だ!」


 地響きは更に大きくなる。


「人の王よ。忘れるな。ゴブリン(おれたち)は見ている。お前達のことを。ゴブリン(おれたち)は忘れぬ。マリアがくれたこの心を!」

「ゴブリンの王! しかと」

「ああ、ゴブリン(おれたち)ゴブリン(おれたち)は消えるぞ!」


 その瞬間、あれほどまでに近づいてきた地響きが消えた。



「助かったのか、あ、ゴブリンの王!」


 ギルモアが周囲の音に気を取られた瞬間。

 赤毛の姿もかき消えていた。


(マリア……こんなに辛いなら、俺は心なんていらなかった)


 赤毛は消えた。

 深い悲しみだけを残して。




 後日、マリアの遺骸は教会の地下聖堂に安置され、封印された。

 教会はサンタマリア教会と名付けられ――


 100年が過ぎた。

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