追放されたお星さま
夜空の星の中には、天から落とされ、海のヒトデになるものがいるといいます。
ほら、夜空を涙のように落ちていく光が見えるでしょう。
あの流れ星のお話です。
海の底の色とりどりの珊瑚の小山の間を、小さなカニが一匹歩いていました。
あたりでは、白黒水玉もようのチンアナゴと、黄色と白のしまもようのニシキアナゴがたくさん砂から出て、ひょろりとした体をゆらゆらと細長い草のようにゆらしていました。
子ガニはチンアナゴにあいさつをしました。
「チンアナゴさん。こんにちは」
「こんにちは。子ガニさん」
チンアナゴたちは、ひょいっと子ガニにむかって頭を下げました。
一匹のチンアナゴが言いました。
「気をつけなよ。子ガニさん。そこに大きなヒトデがいるからね」
たしかに海底に星形のヒトデが寝転がっていました。
子ガニはヒトデにあいさつをしました。
「こんにちは、ヒトデさん」
ヒトデはおきあがり、ふんぞり返って言いました。
「ヒトデじゃねぇ。おれのなまえはポールさまだ」
「こんにちは。ポールさん」
ヒトデは子ガニを見ながら、バカにするようにわらいました。
「おうおう。ちっちぇカニだな。食うまでもない」
子ガニは逃げるように横に歩きながらいいました。
「食べないで。ポールさん」
「おまえなんて食うもんか。それよりおまえは光栄におもえ。おれは極星のポールさま。ヒトデに見えるが星なのだ」
「お星さんですか?」
「おうとも、聞けよ。おれの話を。ひどいもんだぜ。天界の星々は。おれが世界を支えているとも知らずに、おれさまをただの2等の星だとバカにしやがった。それで、あんなやつらといっしょにやっていけるかと、おれは出てきてやったのさ」
「それでヒトデになったんですか?」
「ヒトデじゃねぇ。おれは星なのだ。だれよりもきれいにかがやく星だ。おれがいなけりゃ、天界は暗くてみじめな場所さ。いまごろあいつら、泣いて後悔しているにちがいない」
近くで半分砂に埋まったチンアナゴがつぶやきました。
「どうだろねぇ。ここからお空は見えないからねぇ。海に落ちた流れ星なんて、めずらしい話でもないし」
ヒトデのポールがその手でチンアナゴをなぐろうとしたので、チンアナゴは急いで砂のなかにひっこんでしまいました。
「アナゴふぜいがバカにしやがって」
子ガニはヒトデにたずねました。
「お星さんはお空にいたのですか?」
ヒトデはふんぞり返って言いました。
「おうともよ。おれは夜空でいちばんだいじな星だ。おれがいなけりゃ船乗りたちは海で迷ってのたれ死ぬ。きっといまごろ、にんげんたちは困って泣いているにちがいない」
通りすがりの大きな魚が大きな声でつぶやきました。
「どうだかなぁ。あいつらジーピーエスってぇので場所がわかるらしいぜ。おまけにギョグンタンチキとかいうおそろしいもんもってるからな。ああ、にんげんってのは、おそろしい」
大きな魚は、そのまま通りすぎていきました。
ヒトデは何も言いませんでした。
子ガニはヒトデにおねがいしました。
「お星さん。お空のお話をきかせてよ。きっとおもしろいところなんだろね」
ヒトデは手を上下に動かしながらいいました。
「おうおう。話してやるよ。天にはろくなやつがいないんだ。バカ犬どもが近所でほえてうるさいから、おれはこのまえ毒をくらわしてやったんだ」
子ガニはおろおろとしながら言いました。
「どくをあげちゃだめだよ。お星さん。お犬さんたちがびょうきになっちゃうよ」
「うるさいやつらが悪いんだ。それから、やたらとでかい牡牛のやつがいる。でかくてめざわりだから、出られないよう落とし穴に落としてやった」
「だめだよ。そんなことをしちゃ」
「それから、とくにひどいのが、うぬぼれ巨人のオーリーのやつ。あいつはうぬぼれがひどくて自分勝手でひどいんだ」
ひょいっとチンアナゴが砂の中からでてきてつぶやきました。
「まるでだれかさんのようだね。どっちもどっち」
ヒトデがたおれこむように砂をうちました。でもその時にはチンアナゴは砂の中でした。
ヒトデは話を続けました。
「さらにひでぇババァがいてな。昔はどこぞの王妃でそれは美しかったらしいが、いまは口うるさいだけの女でな。じまん話がえんえんと続いて、だまれといってもだまらんわけよ」
白と黄色のきれいなしまもようのニシキアナゴが言いました。
「まーるで、だれかさんみたい。さっきからあんた、うるさいのよ」
ヒトデはニシキアナゴをなぐりに砂の地面を移動していきました。
でも、ヒトデが近づいた時にはニシキアナゴはとっくに砂の中に引っこんでいました。
ヒトデは地団太をふみながら言いました。
「そいで、あのババァと巨人のやつめ、会議にかけて投票で、おれさまを流れ星にして海に突き落としてくれやがったわけよ」
子ガニはやさしい声でたずねました。
「お星さん。お空にかえりたい? みんなにあやまって帰してもらおうよ」
けれどヒトデはふんがいしたようすで言いました。
「あやまるもんか。あんな暗いところはこっちから願い下げ。おれ様は大海の王になってやつらを見下してやる。泣いてあやまったって、もう遅い。ってな」
その時、子ガニの目には、ヒトデの後ろに大きなホラガイがいるのが見えました。
貝殻の下から黄色と黒の触角がのびてきます。
子ガニは小さな手をふり上げながら言いました。
「お星さん。あぶないよ。大きなホラガイがいるよ。はやくにげて」
「なーにが、あぶないだ。たかが貝ごとき。おれさまは極星のポールさま」
ヒトデはそう言って、動きませんでした。
「お星さん。おねがいだから、そこから逃げて」
ヒトデをたすけようとする子ガニに、チンアナゴが言いました。
「あんなやつ、ほっとけって」
黄色と黒のしまもようの触角が大きな渦巻き貝の下からのびてきました。
触角はヒトデの体をしっかり押さえ、大きな黄色いまだら模様のホラガイがヒトデの上にのっかっていきます。
ヒトデはもう動けません。
「やめろ、この。重たいぞ。たかが貝のくせに。ポールさまに何をする」
チンアナゴがゆれながら言いました。
「溶かして食べちゃうんだよね。ごしゅうしょうさま」
それから何時間かかけて、ホラガイはヒトデをすっかり溶かして食べてしまいました。
夜空では星々が、空に帰ってきたテグミンをなぐさめていました。
天空カニのテグミンは悲しそうなようすでしょんぼりとしていました。
「テグミン、あんなやつのために悲しんでやる必要はないよ」
「そうだよ。テグミン。あいつはみんなをいじめて悪口ばかり言っていたんだ。自業自得だよ」
テグミンは、流れ星の刑にされて海のヒトデになったポールを心配に思って、子ガニに身を変え海底までようすを見にいっていたのでした。
テグミンはかなしそうに首をふりました。
「でもね、ポールはさいごまで自分が悪いことをしたって思っていなかったんだよ。かわいそうなポールは、悪いことをしたって、わかっていなかったんだ」
テグミンはそう言って、夜空でひとりだけポールのために涙を流しました。