③
「グギャギャギャギャッ!」
「──ほぅ」
こちらの存在をリッチは感知すると、両手に持つ杖で勢い良く地面を叩きつける。
次の瞬間、地表に魔法陣が展開。そこから紫色の霧が噴き出し、辺りに立ち篭め始めた。
それを見たルグルスが杖で虚空を薙ぐと、たちまちに霧が裂かれ視界が晴れる。
すると、グールやレイス等の魔物がいつの間にやら周囲に跋扈していた。
一種の召喚魔術である。
アンデッド系の魔物を異空間に封じ込めておき、必要に応じて魔法陣から喚び出すのだ。
と言っても、通常の個体ならば召喚しても現れるのは精々十数匹。
しかし、今、目の前で確認出来るだけでも何十とこのリッチは喚び出していた。
(多分、さっきのアンデッド達もコイツが召喚した)
数百に上る魔物を率いるリッチを目前に、ゼストの脳内で嫌な予感が過った。
──魔物には通常個体と、それとは別に文字通り桁違いのチカラを誇る上位種が存在する。
ポピュラーな例でゴブリンの上位種を挙げると、ボブゴブリン、ハイゴブリン、ゴブリンロード等々。
そして、リッチの上位種はエンシェントリッチのみ。
そもそも歴とした魔術士が少ない中、リッチとなる死体も少なく稀少となる。故に上位種が一つしか認定されていないのだ。
(村にあった古い文献でのみの知識だから、本当はもっと違う常識が世界にはあるのかもだけど)
しかしながら問題点はそこではない。
少年が危惧しているのは、現在ルグルスと対峙している個体が上位種かどうかである。
これまでの短時間で、ルグルスの凄まじい魔力と魔術を見せつけられてきたが、エンシェントリッチだった場合、彼でも太刀打ち出来るのか否か。
ゼストのこめかみに脂汗が滲む。
只のリッチでさえ自分の手に余るのだ。
自身の所為で恩人である彼を死なせてしまうのではないか、と逡巡する。
(それは絶対ダメだ!!)
「お兄さ──」
「『カレイドグレア』」
「ォォオオォォォオオォ……!!」
ゼストが首を振って、ルグルスに声を掛けようとするが彼の魔術を見て制止する。
鏡の破片のようなものがドーム状に辺りへ散らばると、一筋の光線が放たれ、鏡面から鏡面へ乱反射し幾重にも増幅する。
そして、不可避のそれに慄いたリッチは杖の先から闇を生み出して吸収させ、寸前で防御に成功させた。
「子供、退がれ」
光の魔術が止むと、リッチは杖で地面を打ち鳴らして地割れを起こし、そこから闇の波動を巻き起こす。
ルグルスはゼストの前を護るように立ち塞がると、長杖から解き放った魔力でハニカム型を形取りそれを防いだ。
「『サンダーストライク』」
「オオオォオオォ……!」
「『スティングブラスト』」
「オォ……! ォオオオオ!」
「『クリスタルフロスト』」
「オオオオオオオオオオオオオ!」
ルグルスが呪文を唱えると、空に複数の雷の玉を生み出すと、それを墜落させ、リッチもろとも辺りを炸裂させる。
続け様に、リッチを中心にして風刃がクロスし、その軌道上で更に風の翻弄がかの魔物を襲った。
闇を纏って必死に防御するリッチだったが、降り注ぐ数々の氷晶がそれを払い、遥か後方へと吹き飛ばしたのであった。
衝撃で煙が充満して敵が見えず生死の確認が取れていない為か、ルグルスは杖の構えを解くことはない。
(す、凄い……。圧倒的過ぎる……!!)
(エンシェントリッチじゃなかった……!? や、あの召喚数の多さと、肌で感じる魔力の大きさからしてそれは無い……。ってなると本当に上位種とたった一人で渡り合えてる……!? そんな人間そうそういないよね!?)
瞠目してまばたきも忘れたゼストが口も半開きにして驚嘆した。
(これは本当に勝てる……!!)
希望の光が見えたゼストは拳の握る力が強くなる。
ルグルスからリッチの飛ばされた方向へ視線を移すと、篭っていた煙は薄くなっていた。
大きな影と、複数の何十体の影が見えている。
「しぶとい……っ!」
煙が晴れて影が明らかになる。
現れたのは、身に纏っていた襤褸布も消し炭になり貧相な体が露呈したリッチと、奴に新たに召喚されたであろう魔物共の姿だった。
既にリッチは弱っており、潤沢であった魔力も今は枯渇し切っていた。
あとほんの少しだというところで、魔物共がリッチの盾になるように隊列を組み始め、ルグルスの邪魔をしようとする。
(ここまで全部頼ってばっかだったんだ。せめて自分も力にならないと……!)
奴らを見据えたゼストは大きく息を吸い込み、言葉を紡ぎ始めた。
「“鉄の国は滅びた”“綻びた異界への扉”“未だ纏わり続ける廃墟の残り香”“往くは虚構”“追われる嘆きの王”“涯の咆哮”! 『ヴォイドランサー』!!」
木霊する詠唱を終えて呪文を唱えると、ゼストの眼前に、彼よりも二回りも三回りも大きな魔法陣が展開され、そこから数多もの灰がかった光の槍が次々と魔物共に襲い掛かった。
身体を射抜いた瞬間、霧散するそれであったが、絶命に至らしめるには充分であったようだ。
子供が使うような魔術ではない──そもそも子供が攻性魔術を使うことなど滅多に無い──ことを千里鏡で地上を見て知っていたルグルスは、微かに目を見開いた。
振り返ることは無く、ゼストをちらっと横目に流してから彼はリッチへ宣言する。
「邪魔なものは無くなった。終わらせよう」
恐らく最大級の魔術を使うのだろう。
ルグルスの気迫に、ゼストだけではなくリッチまでもが息を呑んだ。
魔術が発動する座標を調節すべく、長杖をゆっくり構えるルグルスが呪文を唱えようとした時。
「──…………魔力が……無い?」
「…………えっ!!? ええええええええええ!!!?!?!?!??」
頭では理解していても、感覚的に解っていない意識の乖離で一瞬混乱するルグルス。
その彼が一体何を言っているのか、分かりたくないゼストが驚きの余り固まってしまった。
神であった時には考えられなかった故の想定外の問題が発生した。
ヒトの身となったルグルスにも保有する魔力にも限界はあったようで、強力な魔術を使い続けたルグルスには既に欠片ほどの魔力しか残っていなかったのだ。
(ど、どうすればいいの!!?)