ラプサムへの思い
「うっしゃー」
ラプサムは年甲斐もなくそんな声を上げた。
前のギルドなら考えられないほど、ラプサムは生き生きとし、楽しそうだった。
「ふっ」
ラプサムの前にはメディシン卿が立っていた。その手には武器のようなものはない。
左手で受け止めて、それを右手の何かで集め打ち返していた。
二人の間には火の玉が飛び交っていた。
ルールは簡単、お互いに火球を生み出す魔剣を作って、それを逆の手に作った魔吸空間で作った剣で受け止めて、反対の手にある魔剣に力を流して打ち返す。
という非常に単純な修行を行っていた。
ただ、返すのではなく、いろいろな場所に大小様々な火球放って、それを受け取りに行くということを繰り返していた。
テニスの打ち合いに近い練習だ。
スピードも変えたりして、漏らした魔力が失点となり、多く失点した方が負けというルールだった。
「いくよ」
メディシン卿が静かに言って打ち返す。
スピードボールだ。魔力を込めて、かなりのスピードで打ち出す。
「ちっ!」
ラプサムは焦ったように言ってから振替した。細く濃い魔吸剣だ。
それで辛うじて受け止めきる。逆にラプサムは山なりになる、人サイズの大きな火球を作り出し、それを打ち返した。
右手をバックハンド的な打ち返し方だ。
山なりに放ったのは相手の動きを大きくするためと、それにあわして相手がゆっくりになるためだ。
スロー&スピードを織り交ぜることにより、相手の動きを御しやすくするための工夫だ。
メディシン卿はそれを魔吸剣で上にあげてすべて吸い取った。
足が止まった状態である。ラプサムも足を止めていた。
メディシン卿は左サイドに抜けるように素早く、小さい球を打ち出した。
それを察したラプサムは素早く受け止めるとそのまま一回転して素早いのを打ち返した。
メディシン卿はそれをなんとか受け止める。そして、素早く返す。
ラプサムも同様に素早く返した。
「これがスポーツ?」
ヘレンがイチゴを潰しながら静かに言った。
「違う気がする」
レミアは少し考えながら言った。
仲間になると決まってからしばらく経ったが、目の前で行われているのは魔法の実演というよりはスポーツだった。
ただ、高度な訓練に近いそれは魔法の火球を飛ばすこともあり、かなり派手だ。
人間よりもでかい火の玉やボールサイズの火の玉がスピーディーに飛び交うのはかなりの見物だ。
「見栄えはするね」
「ええ、二人ともかっこいいわ」
さわやかにスポーツのようなものを続ける二人にむかってそんな感想が浮かんだ。
これは魔吸空間の作成と魔剣維持の訓練なのだが、単純にそれをやるよりもこういう形式の方が面白いだろうとメディシン卿が考案したのだ。
何を見せられてんだろうと最初は思ったが、審判してここにいてくれと言われたので仕方なく付き合っている。
それにしてもこの訓練やたらとラプサムが楽しそうだ。
時々、「ヒャッハー」とか言っていたりする。
こういうのが好きで好きで仕方ないようにしか見えなかった。まあ、好きなんだろうなと思った。
楽しそうなのはいいことなのだろう。たぶん。
そんな少年に戻ったラプサムを見て、不思議と嫌にならない。二人にとって、ラプサムという男はこういう男だったのだ。
自信家でやんちゃで様々なことにチャレンジしていく。そんなラプサムが好きだった。
今は歳をとり、自分の限界を知り、仲間を力ではなく、知識や知力でカバーしようとして落ち着いてきたが、それが元に戻ったという感じだ。
「ラプサム・・・」
ヘレンは初めて出会った頃に戻ってくれて、うれしくなった。
前のギルドにいた時はどんどん詰まんなそうにして、疲れた表情を見せることが多く、見ててつらかった。
だが、こっちにきたら、ワクワクが止まらない感じで常に楽しそうだった。
そんなラプサムに変えたのが、目の前にいる若造で、かつて、“神の薬師”と呼ばれた男だ。
彼がラプサムの中に眠っていた才能に気が付き、それを開花させてくれた。
かつては自分には全く足が及ばなかったラプサムが、アンチ魔法を覚え、ここまで強くなるなんて思わなかった。
だから、あの男が単純に凄いと思った。彼はいったい何者なのだろう。
ラプサムに光を当ててくれて、さらに上に伸ばそうとしてる。
本当にありがたい存在だ。
未知の知識を持ち、現在において、誰もがなしえなかった魔剣の解析をすることができるなんて・・・
あの男はいったい何だろうか・・・
「サムくんたのしそう・・・」
レミアが少し悔しそうに言った。
レミアが本当は彼にそういう力を与えたかったのだろう。あたらしい道を見せたかったのだろう。
だから、ガルドルギルドをやめさせるような真似をした。
それが自分ではなく、別のだkれだったのだ。彼女にとってその感情はただならぬものがあるだろう。
それはヘレンにとっては僥倖というやつだ。
もし、そうであったらレミアがラプサムの中で一番になってしまい、自分が2番手になってしまう可能性があった。
しかし、実際はそうではない。
彼女が思っていたこととは違う展開になっているのだ。ヘレンにもラプサムをモノにできる可能性が出てきた。
ありがたいだろう。
「ふっふふ。レミアのような悪い女にはいい気味です」
「うっさいなあ。あんただって、裏切り者でしょ」
そうなのだ。二人はガルドルギルドから離れた同じ狢。二人が抜けたことでガルドルギルドは解散が確実になった。
レミアの強力な“蘇生”の魔法。ヘレンの強力な攻撃魔法。
これが主軸だったにも関わらずそれが抜けたのだ。にも、関わらずそれをないがしろにした他の幹部達。
彼らはバクアップがない庶民のラプサムよりも、資産もバックアップもある貴族の自分たちについてくるだろうと思っていた。
だが、二人はそうはならなかった。
当然である。ガルドルギルドはそもそもがガルドルのカリスマ性とラプサムの運営能力によって成り立っていた。
そのラプサムの運用能力がなくなってしまえば、残るはガルドルのカリスマ性。
しかもラプサムは運用能力も残していたにもかかわらず、それを排してしまった。
つまらない理由で、これで解散しない方が奇跡とも言える。
レミアの見立てでは次のガルドルギルドはカミラが中心となって運用していくはずだ。
カミラは頭のいい子であり、何よりもガルドルに対しての忠誠心が高い。まあ、忠誠心というよりは恋心に近いことは知っていた。
レミアがガルドルが好きになれないのは彼女のガルドルへの思いに気が付き、その恋を成就させてやろうという気心があったからだ。
カミラとは実は今も密かに連絡を取れれば取ろうと思っている友人の一人だ。二人が上手くいっている事を願う。
是非ともそこらへんは聞いてみたい。
レミアはそんな風に思っていた。
ヘレンはそういうところはない。単純にラプサムの事が好きでそれしか目に入らない。非常に一途な子だ。
だが、しかし、レミアもラプサムを譲る気はさらさらなかった。
“聖女”という職でなければ、確実に落としたい男である。生まれ以外は完璧な男だ。
彼ほどの男がいるとは思えない。メディシン卿や勇者もいるが、彼らは妻子持ちであり、そもそもタイプではない。
優男や美形よりも、少し粗暴な感じが欲しいのだ。
その点、ラプサムは理想形と言ってもいい。恩があるから付き合いたいとか思っている女よりは、あたしの方が思いが重いと信じている。
義務感ではないのだ。
ラプサムの事が出会ってから十年近く経つが全くその思いが色あせることなくずっと続いている。
それほどにラプサムが好きなのだ。
あの人にこうしてもらったから、こうしてあげたいとか、そういうことではないのだ。体のすべてが彼を求め、彼に捧げたいのだ。
彼以外の誰かを欲するなどありえない。
そこにご奉仕精神などない。彼が欲しい、求めたい、逃がしたくない。
レミアはそういう思いでラプサムといる。引け目を感じるからいるヘレンとはわけが違う。
一緒にいたいからいる。
それがレミアなのだ。
ただ、ヘレンもかわいくていい子なので、妹分として一緒にいることは許している。
恩義で一緒にいるような子だが、それでも情がある程度にはかわいかった。だから、一緒にいることを許している。
願わくば、ラプサム以外で自分のような人を見つけてほしいものだが、彼女の目にはラプサムしか映っていない。
その状態で他を見ろというのは酷なことだろう。
だから、レミア的にはラプサムを独り占めしてヘレンにわからせたいのだが、なかなかヘレンも強い。
そんな感じなので、レミアもヘレンを受け止めて、このハーレム状態を維持することには積極的に反対をする気にはならなかった。
フェミン?
そんなのいたわね。あんな猫、話にならないと思うけどね。
とか、レミアは思っている。彼女は彼女を受け入れる気はなかった。というか、これ以上ライバルを増やす気はなかった。
さてさて、どうなることやら・・・
ヘレンを見つめながらレミアは思った。
ヘレンは見つめられると困った顔になって言った。
「ラプサムは渡さないけど・・・レミアは優しいから好き」
今はそれでいい。レミアはかわいい妹分を抱きしめていい子いい子した。
レミアはヘレンが意外と好きだった。
ヘレンもレミアが意外と好きだった。
二人はそういうことなのだ。恋のライバルだとしても・・・




