僕と勇者の出会い 7
僕と勇者のであい7
未来の夫婦が腕を組んで歩いきながら、会場を回っていた。
突き刺さる嫉妬の視線には騎士団時代から、二人は慣れていて気にすることなく堂々と歩いていた。
「私たちの式はこれよりは立派にならないわね」
式というのは結婚式ということだ。王が恩人を呼び、それに貴族が集まったのだ。一般人の式よりは豪華なのは当たり前だろう。
「あの様子だと、式を頼めばやってくれるかもよ」
「天空の国での式?」
「そう」
「一種のステイタスになるかもしれないけど、やめておきましょ」
「だね」
「私たち、ただの庶民ですから」
そういうと、多くの人の前で恥ずかしげもなく、耳にキスをそっとした。というか、なめた。
くすぐったい。
なめた後にちょっと出ている舌がエロかわいい。襲いたくなる衝動を頑張って抑えた。
すでにコトは何回か済ましてはいるが、その貴重ともいえるコトの回数をこんなムードが全くない場所で増やす気はなかった。
彼女の体を独占したいが、健康的な男心だろう。
それにこんなところでコトを起こして主張をしなくても、彼女は十分に自分のモノだ。
「パーティを楽しまれていますか?」
そんな二人の所にトキア王女をともなった勇者アレスがやってきた。親密な距離であるが触れあってはいない。
ふわふわと、寄ったり離れたりを繰り替えているようにも見えた。
そんな関係が二人にはほほえましく思えた。
アレスは出会ったときは性別不詳な感じであったが、トキア王女とならぶと、しっかりと男性に見える
さらに幼いがらも騎士として見えてくるから不思議なものだ。
「ああ、素晴らしい料理だ」
ほとんど、味わっていないが、質のいい料理が用意されているのはみれば、わかるのでそう答えた。
それを聞いてアレスは安堵の息をもらす。
「それはよかった」
「満足いただけで光栄ですわ」
トキア王女も嬉しそうに答えた。時折、仲睦まじさを隠すことのない二人の腕組を見つめて恥ずかしそうにするのが見受けられた。
そして、影響されたのか、そっとトキアはアレスと肩と肩をぶつかる位置に移動した。
その出来事にビクンとアレスが反応し、自分のしでかしたことに恥ずかしさを覚えたが、それをすぐに受け入れた。
そんな二人の様子に若い貴族たちからは冷たい目線が刺さる。
どうみても初々しいカップルにしか見えない。トキア王女を狙う貴族からすれば、面白くないのも頷けるだろう。
それほどまでにトキア王女は魅力的だった。
それによって、未来の薬屋夫婦は勇者アレスの立ち位置というものがなんとなく察してしまった。
異国の客人を前にこうも露骨なことをしてもいいのか大いに疑問が出てきてしまうだが、若い彼らにはそうした機微が理解できていないようにも思えるし、また、こちらをなめているようにも思えた。
どちらも半々といったところか。
この貴族たちがこちらが小さな英雄の関係者で、こうした状況を潜り抜けてきたとは露も思わないだろう。
逆の立場ならそうは思わない。
故に、アドバンテージが二人にはあった。
無知でないが、無知であるふりをしていればいいのだ。なんとも容易きことだろう。
先入観は時に大事となるが、大抵は目を曇らせるものである。
今回は間違いなくそういう例になるものだろう。
「アレス様も大変なお立場のようで」
妻が周りの様子をみて心配そうに言った。
「聖剣が抜けるということだけで、このような場に来てしまいました。このような場も王女様にも縁がない人生だと思っていたのですが」
アレスは嬉しそうにトキア王女を見て、トキア王女もアレスを見る。視線が合うと二人はにっこり笑う。
「運命とは皮肉ですね」
その皮肉が楽しそうで二人はクスクス笑った。
「なるほど本当に大変なお立場だ」
そんな二人の様子をみて薬屋も苦笑を浮かべ、妻が続く。
「ええ、なので私たちにご協力できるようなことがありましたら、どうぞご遠慮なさらずにおしゃってください」
「いえいえ、恩人に頼むなど・・・」
困ったようにアレスは返す。が、それを遮るように妻がいう。
「私たちようなものが、本来、このような素晴らしい場にくることなどありえないこと。にも関わらず、このよう場にご招待いただきありがたいかぎりです」
「ああ、夢のようだね」
薬屋が感極まったように言った。それが逆にわざとらしい。
「ごらんのとおりですから、お気になさらずに」
妻が笑みを零しクスクス笑う。
「それに私としては勇者様の事を助けることは世界の一員として当然のこと。勇者様のお力になれたということが最高の褒美となりましょう」
薬屋は大げさに手を広げていった。貴族たちの目線がより冷たくなるが、薬屋は気にしない。
「故に今回の件はお気になさらずに」
「私共、勇者様の助力になることが私達のようなものにとっては誇りですから」
夫の言葉に妻が被せていく。それをみてトキア王女が羨ましそうに、そして、誇らしげに言う。
「あなた方の勇者様への忠誠すばらしいいものです。庶民の身でありながらその心構え、わたくしも見習わなければいけませんね」
「あまり、無理はしなくてもいいよ」
トキアの目の輝きを見て、さすがの勇者もちょっと思うところがあるらしく、そんなことを言ってしまう。
「いえいえ」
無理などしてませんよと言いたそうにそう返す。
「僕は君とこうしていられるだけで、幸せなのだから・・・」
あの日、あの時、ただ浮かんだ少女の事。彼女をこの手に抱きしめたくて、その思いで生還した。
その事を思い出し、その気持ちを素直に伝える。
「勇者様」
勇者がワイヴァーンから落ちてきたときに受けた衝撃と寂しさ、それによりトキア王女も、また、不安な日々を過ごし、無事を祈っていた。
その日々が自分が勇者に向けていたものが、ただならぬものであることに気が付き、彼を放したくなくなったのだ。
彼女もまた勇者が戻ってきて救われた人間なのだ。
「すばらしい」
未来の夫婦はそんな若いカップルに素直に賛辞の拍手を送っていた。
周りの貴族はさらによどんだ目で、彼らを見つめているが彼らは一切気にしてない。無論、拍手も送らない。
夫の称賛に、妻がさらに言葉を続ける。
「王女様はきっと、勇者様の心のオアシスなのでしょう。勇者となれば、常人には理解できぬ心労はおありでしょう。その心のオアシスとなれば、これはもう勇者様への立派な忠義と思います」
「ええ、王女様は十分に忠義を果たされていると思います」
「「すばらしい」」
夫婦は息のあった声を出した。そして、同時に拍手を強くする。その様子に周りの貴族はあきれた様子であった。
誰かが、ガシャンとガラスコップを床に落とす音がした。
それと同時に一人の若い貴族が連れを伴ってやってきていた。その連れは大臣のようでかなり豪華そうな服を着ていた。
その大臣風の男が若い貴族を差し置いて前に出てきた。
「これはこれは、トキア様は王族の中でも長子に近いお立場のお方。勇者様以外に婚約者が居られるのでないですか?」
「ほう、その方は勇者以上の名声をおもちと?」
薬屋は興味がある様に言った。王女は何か言いたそうにしていたが、口を紡いで何も言わなかった。
ちなみに夫婦はヴァルキリーと契約という勇者に次ぐ名声を持ち、ワルシャル国の最高峰、王竜の契約者並みの名声を本来は持っている。
未公開だし、世間に知られたくない情報だが、彼らがそう尋ねるとその見合いが違う。
勇者はすでにトキアには薬屋がヴァルキリーの契約者ではないかということを伝えている。
トキア王女としても、何か言って彼らの素性がばれるのは、恩人である彼らに迷惑が掛かると思い押し黙ったのだろう。
「はい、わが竜の王と契約を結ぶ候補者です」
と大臣がフェイルズを紹介した。
「へえ」
あんなことがあったのに、よくまあ、候補者に名乗りをあげたなと薬屋は関心したようにいった。
勇者の方を見た。勇者は肩を竦め、トキア王女は暗い表情をしていた。
「王竜の契約者ねえ・・・」
「あら、仲睦まじい二人の間を裂くほどの名声であるとは思いませんが、むしろ、トキア様は王族なのですから、契約者様よりも勇者様をお迎えした方が国としては喜ばしいと思いますが?」
王竜はすでに国のモノ。しかし、勇者はこの国のモノではない。
娘一人で勇者が手に入れるのなら、それでいいようにも思える。
「たかが、剣が一本抜けた程度のこと。それに他の国の庶民のものため、国から正式に譲り受けれないものが勇者など・・・」
フェイルズがバカにするように言った。
そんな勇者をワイヴァーンから落とすという、彼がそ・う・い・う状態だったから許されることをして、嬉しそうに言う。
夫婦はこいつは駄目だなと、はっきりと認識した瞬間だった。
王竜との契約がいかなるものだとしても、王の客人に対してそういう態度をとっているのは王の覚えがまずい。
王としては、向こうが認めぬ勇者なら、こちらで育てて、例えば、トキア王女などと結婚してしまえば、庶民でも貴族以上の扱いになる。
そうすれば、他国が血がどうこう言う前に勇者として認めざるを得ない。正当なものなのだ。
しかも、王竜の契約者になりそうなほど、腕を上げれば、文句の言いようがない。
王としては客人として迎えた勇者はよい拾い物なのだ。そして、それを勇者はある程度理解し、トキア王女も理解している。
そのために勇者を竜騎士の一員として鍛え、最低でも一人前にするのだろう。勇者自身もその覚悟がある。
そのための教育係のはずのフェイルズはその意図すらくみ取れず、逆に墜落させてしまう大失態をしたのだ。
普通に考えれば、出世コースから脱落するはず。本人はそれにも気が付かないようにも思えた。
強力な後ろ盾があるから、まだ、ここにいれるのであるが、それすら無効なほどフェイルズの失態は大きい。
知らぬがなんとやらなのだろう。
「なるほど、勇者様に勝るような名声の持ち主なら、ぜひとも剣の腕をご教授いただきたいものですね。私もこう見えて剣には多少の自信があります」
それを聞いて、勇者と大臣の顔色が変わる。
「いえね。常々、元騎士団時代の先輩である妻と剣の稽古をしているんですが、これがなかなか勝てなくて、何か掴めればと思って」
薬屋が苦笑いを浮かべて言った。何を言ってるのだろうか、こいつはという顔で夫婦は見られた。
勇者とトキア王女は信じられないという驚きの目で妻を、何をふざけてんのと呆れた目で大臣とフェイルズは夫を見ていた。
「随分とふざけたことを・・・妻にも勝てぬ夫とは情けないな」
フェイルズがバカにするように言った。
「情けない夫ですみません」
「そこがかわいい」
少ししょんぼりする夫を妻がからかうように鼻をつんとおす。
妻は腕が細く、美しい部類だ。決して、剣をとっているようには見えない、そんな腕である。
「えへへ」
ただ、この夫婦が異様に仲がいいのが不気味ではある。
フェイルズなど視界に入らず、勇者とトキア王女しか視界に入っていない。そんな風にしか思えなかった。
それ以外は大根。フェイルズはそんな二人が非常に腹正しく、そして、うらやましかった。
自分が本来ならトキアとそのような関係であるはずが、そうではないのだ。
だんだんと憎しみが込み上げてきた。フェイルズは彼らが許せなくなってきた。
「いいでしょう。その身にわが剣を教えて差し上げます」
「さようで、楽しみですね」
フェイルズの言を聞き、飄飄とした様子で薬屋は答えた。