勇者ギルド in 魔術学園都市 46
「いったなんなんだ。我々は魔王を蘇らせたのか?」
魔術学園都市に不自然に霧が出現するようになり、その霧の中に黒い怪物がいてそれが暴れているという話だ。
そんな噂が流れているが、その実は勇者アレスとトキアが暴れているのだ。
たった、二人にやられている。
ラプサムの動きやそのほかの者たちの動きも把握しているが、その二人だけの動きはわからず、尚且つ、どこにいるのかもわからない。
彼らはピルク、ミラクの二人が学園を卒業するまでいるらしいが、それまでには自分たちは死んでしまうに違いない。
それほどまでに強い殺意を感じた。いや、実際のところ魔王教のメンバーのほとんどが死ぬことになっている。
追い詰められている。
勇者の剣を失い。勇者でなくなっていると話になっているが、その経緯やその目的に“勇者の剣”は使えないということで、彼は剣を後継者に譲ったらしい。
というか、後継者などがいることも前代未聞だし、勇者の前任者などの話は聞いたことがなかった。
だが、実際に新しい勇者が現れた。彼女はメイドであったが、勇者にその才能を認められ、勇者と共にいることになっている。
フィン。
それが新しい勇者の名前らしい。そこまではつかんでいる。
だが、その相棒が魔王教の者たちが眉唾物と思っていた魔王シドという若者がそばにいることが多かった。
彼は学園を自主退学をし、勇者ギルドに加わることが決まっていた。だが、入学前はそれほどではなかった魔力が、現在ではかなりのものとなっていた。
まるで別人のようである。
あの力なら魔王の名にふさわしいものともいえる。
「あれはどうする?」
男は焦ったように言った。
「あやつの守りをどうにかしなければならない。だが、奴につけていたものがあっさり倒された。それも霧の化け物にだ」
その報告を聞いて口元を大きくゆがめた。
「バカな。奴らはただの冒険者の集まりではないのか?十人ほどの者たちに我らが手玉に取られていると?」
「しかし、あの者たちは勇者ですから、それなりの力があると言われていますが、これは異常です」
「そうです。われわれがほぼ無力化されているなど・・・」
その時、扉がギィと開けられた。男たちはいっせいに扉が開けられた方を見た。
そこには紺基調とした服を着た美しい女性とその背後に立つ麗人を思わせる白を基調にした川の鎧を着た男性が立っていた。
トキアとアレスの二人が入ってきていたのだ。トキアを先頭に彼女を守る騎士のようにアレスがゆっくりと背後についてきていた。
「はじめまして、魔王教幹部の方々。トキアというあなた方にとっては卑しい立場のものです」
トキアがお辞儀をしながら言った。
「あの名高いトキア様でしたか・・・」
座ったまま、立つことなく男が言った。足元が黒い水が覆いだしていることに焦りを覚えた。いつ頃魔法を使われたのかわからなかった。
そこにいる六名はかなりの腕の魔術師だ。その魔術師が気が付くかないうちに魔法を使われ、足元に泥水を巻かれたのだ。
「これはどういった意味が?」
「あら、わかりませんか?母親が子の敵を討ちに来ただけですよ」
トキアが笑顔のまま言った。
「いやあ、そんなつもりはなかったんですよ。あなたのことも丁重にお迎えするつもりでしたが、転移魔法にあんな副作用があるなんて・・・」
「バカですか?」
トキアが言った。トキアの泥から手が出てきて男たちの足を掴んだ。
「妊婦に魔法を使ったら、どんな効果が表れてしまうなんて一般的には危険なことぐらい常識として知っているはずですよ。まあ、私も知らなかったでしたので悪いということになるかもしれませんが、転移魔法なんて、ましてやあなた方が作ったものではなく、かつての魔王が使っていた術式の模倣。効果を理解していないものが使えば、こんなことになる可能性もあったかもしれません」
トキアが一人を見た。
「ううっ」
その体に泥から出た蛇が絡みついた。そして、その体を占め始めた。強い力がかかっているのかギチギチという音を出している。
「魔法使いの一人なら、そういう効果も配慮して使うべきでしたね。もっとも、魔王の復活を望み、世界がどうなろうとも知識欲を満たせればよいというあなた方には関係のないことなのかもしれません」
ギギィ・・・プチという音が鳴った。いつのまにか、その男の体が泥に包まれ、苦悶の声などもすべて泥に飲み込まれるように潰された。
その肉体もすべて泥に取り込まれていた。
「あら、行方不明者が出てしまったようですね。あなたたちの間で」
よくいう自分でやっといて、そんな意見を持ったが、それを口にすることはなかった。それを口にしたら、トキアの術でさきほどのように握りつぶされるのが落ちである。
「何が望みだ」
「望みですか?」
トキアがうれしそうに目を細め、アレスの体によりかかった。そして、その胸に手を当てる。
トキアはアレスの鎧越しにアレスの体温を感じているようだ。アレスもアレスでそのトキアの手に優しく手を合わせる。
「あなた方の苦悶の死です」
甘えるようにトキアがいった。その瞳は愛しそうにアレスを見つめていた。アレスもうれしそうにトキアを見つめていた。
「ふざけるな!」
男の一人が叫ぶようにいった。とたんに男の前にタコのようなイカのような生き物が地面から出てきて男の体を飲み込んだ。
「ンンンンン」
グチャグチャという音を立てて、そのイカのような生き物中で何かがつぶれていく音がし、イカの口から赤い血のようなものが出てくるが、そのすべては床に広がる黒い水に吸われていった。
「ひぃぃ」
一人が逃げだろうとしたが逃げることができなかった。
男たちは逃げるために魔力を練り上げていた。だが、練り上げていく傍から、何故か、魔力が消えていく。おそらく、自分たちの足を掴んでいる泥の手が奪っているの確かだ。
魔力がどんなに高かろうが、この泥の手を振り払うことができなかった。
残った四人がどれほど恐ろしい虎の尾を踏んだのか理解できなかった。
「なんでだ。なんで、平民だったお前が、お前らが、いや、竜王国の女王は魔法の才はないはずだ。何故、こんなことが、こんなおそろしいことができる」
男が恐怖に引きつられながらも言った。
「そんなの簡単ですわ。私が愛を持ち、その愛に答え、愛のために生きているからですわ。そんな私から大切なものを奪ったあなた方が愚かだったということです」
「ふざけるな!」
「ふざける?」
「そうだ。子供一人に何故、われわれがこんな目に合わなければいけないのだ。我々の研究がうまくいけば、魔法はより発展するはずだ」
トキアがそれを聞いて鼻で笑った。
「それはないですね。魔王が使う魔法は普通の人間では扱えないのです。彼が、魔王の知識がある彼が魔王として力をふるえなかったと同じです」
一瞬男たちは何を言っているのか理解できなかった。
だが、その言葉の意味をすぐに理解する。シドのことだ。自称魔王といいながら、その力は平凡の平民だった。
そんな彼が魔王の魔法などは使えるはずがなかった。それには圧倒的に魔力が足りないのだ。
「つまり、われわれがいくら研究してもその力が振るえないと?」
トキアは静かにうなづいた。
「そうですよ。だけど、僕は使えるんですけどね」
アレスが言った。それを聞いてそこにいた者たちは一瞬目を点にした。何故使えるのかわからなった。
「ゼロへの帰結」
アレスが右手を出した。
一人が青い炎に包まれ消滅した。ゼロの帰結、消滅魔法などとも言われる原子と呼ばれるその状態までに人間を分解する超難易度の魔法だ。
あまりにも難解で難しい術式のはずだった。何故、そんな魔法が使えるのかわからなかった。
「バカな、何故、それが使えるんだ。人が使えるような魔法ではないはず」
「さすがに名を言わなないといけないけど、使えるよ」
名を言わないといけないというは、無詠唱では使えないということだ。名をいうことで、術式のイメージをはっきりさせることで効果を発揮する呪文だ。
「何故、そんな魔法を知っている。隠匿された魔法だ」
「知り合いに教えてもらった」
アレスは具体的には言わなかったが、シドからその魔法を教えてもらった。
意外かもしれないが、ゼロへの帰結という魔法は分解系の魔術である。エネルギー系に思われるこの魔術は空間や分散などに関わる水系の魔術なのだ。
水属性実は空間の分断、空気中の水分や魔力の分散、収束に関わる系統の魔術なのだ。
分解系の攻撃魔法であるゼロへの帰結は性質上水魔法に近く、水の属性をもつ“泉の精霊”が使えてしまうのはなんたることか・・・
ゼロへの帰結の弱点は対象にしっかり魔法をかけることである。対象そのものにかける魔法などあまりなく、割と難易度が高いがそれもアレスならできる。
普通の人間ならそれも不可能なのかもしれないが、今のアレスは泉の精霊ともつながりあがり魔力や集中力が人間を遥かに超えてている。
それが一流の魔術師だろうとも・・・
「何故だ。何故、そこまでの力があり世界を獲ろうとしない」
「?」
「そこまで行けるのなら、魔術の深淵を覗き、世界を支配することもできる」
「・・・無理だね。神の従順なる下僕の精霊がこれレベルなんだよ」
それを聞いて、男は顔色を変えた。精霊を支配することが魔王に近づく。そう思ったのは自分たちだった。
だから、精霊を呼び出し、精霊の力を得ようといた。その精霊の力を使った良い例が目の前にあった。圧倒的な力だ。
「そうか、それが・・・深淵」
「それには程遠いね」
アレスが言った。トキアがそれを聞いて目を瞑っていった。
「愚かな者たちよ。さようなら」
三人の男たちの体が泥から出てきた咢に潰されていた。
「復讐はいいものではないですね」
「予想はできていただろう。トキア」
「そう・・・でしたね」
「君が悪いんじゃない。いや、君だけが悪いんじゃないよ。僕も男として、いや、夫としてよくない点があった」
アレスがトキアの体をそっと抱きしめた。
「あの子の死は僕らの罪だ」
「アレス・・・ごめん」
「それは僕が欲しい言葉ない」
「・・・ありがとう」
「うん、それでこそ、僕のトキアだ」
アレスはそういうとトキアの唇に自分の唇と当てた。それから・・・・