勇者ギルド in 魔術学園都市 35
「助けに来たぜ」
シドが目を開け立ち上がりながら、嬉しそうに言った。
「余計なことを・・・」
フィンはそれだけいうとため息をついた。凄惨な姿になっている女性に向かって、冥福を祈った。
「大変だったな」
知り合いがなくなったばかりの女性に声を掛けるには、あまりにも明るいな口調だった。
「お嬢様がなくなったんぞ」
「思いれがあるようには思えんが?」
「もう少し、人道というものを考えろ。魔王」
フィンがいうとシドは肩を竦めた。自分たちをいきなり殺そうとした人間に対して、思い入れなんぞ浮かぶはずがないがフィンにとってはそうでもないだろう。
確かに主人とメイド。何らかの感情があると考えるのが普通だろう。故にさっきの行動は不謹慎だということに、シドもさすがに気が付く。
「それはすまん。いい主人だったのか?」
「いい主人とは言えぬが、こんな目にあって、こんな死に方をするほどひどい主人ではない」
羽虫に食われて死ぬなど、貴族の彼女にとってはどれほどの屈辱に近い死なのだろうか。
フィンは悲しい気分になった。
「ひでぇことしやがるな」
「そのレベルで済むようなことではないよ。シド」
「そうよ。シド」
常識があるレン、パールの二人はボロボロにされる少女を見て言った。
「蘇生とか通用するのかな」
「わからん」
レンは言った。
「そうか・・・」
フィンが一人静かにうなづいた。さらに独り言を続ける。
「わかった」
そのまま三人に向けて背を向けて歩き出した。
「どこに行く気だ?」
「主の助けにいく。元になってしまうかもしれないが・・・」
フィンはそういうは歩き出した。
「あの子、この子を助ける気じゃないのかしら?」
「どうやって?」
「蘇生よ」
「ああ」
そういえば、それが使えるものがこの町にいた。勇者パーティーのメンバーだ。
だが、勇者の剣を奪ったものに協力してくれるのだろうか。三人には理解できなかった。
「ここは」
レイナはゆっくりと体を起こした。見慣れた学園の寮の一室だった。
「レイナ様、おはようございます」
そこにはメイド服には不似合いな大剣を背負ったレイナがいた。明らかに邪魔で重そうな剣だが、気にした様子はなかった。
いつものように丁寧にお辞儀をした。
「お目覚めですか、お嬢様」
いつもなら、その仕事は執事の男の仕事であったが、卿はフィンがそれをしてくれた。
というか、あの男はどうしたのだろうか?自分を裏切った・・・
とたんに胃のものが逆流してくる。羽虫に体を食われる感覚が襲ってきたのだ。
「うう」
口元から出ないように抑えるが、腹に物が入っていないのが幸いして、出ることはなかった。
ただ、臭い息を止めることはできなかった。朝から不快な気分だ。
「良かったです。その様子では食事もとられることも難しいと思いますが・・・私は今日からお暇をいただくことになりました」
「え?」
あの男が裏切り、お前もいなくなるのか。とレイナは心の中でショックを受けた。
「何故?」
「わかりませんか?」
「ええ」
「だからです」
「え?」
「あなたは私のことが全く分かっていなかった。まあ、私もあなたがここまでバカとは知らなかったですが・・・」
それは初めてフィンから聞く悪口だった。心の中ではいろいろと思うことがあっただろうが、それを決して口にはしなかった。
それをフィンが初めて口にしたのであった。
「フィン?」
「お嬢様にはついていけません。私は私の道を行きます」
フィンが言った。
フィンの背中には一本の剣が背負っていた。それはレイナが勇者から奪った剣だった。
その剣を背負ってフィンは戦うというのだろうか?
何故?
「お嬢様にはお礼を言わなけばなりませんね。私はこの剣をもって初めて生きていると実感しました」
「え?」
「ありがとう。そして、さようなら。あなたにも素敵な出会いがあることを・・・」
フィンはそういうとそっとレイナの返事を待つようなこともなく、そのまま出て行った。
彼女が出て行った後に残ったのは、寂しい部屋の風景だけだった。
その日、レイナは涙を流して泣いた。