勇者ギルド in 魔術学園都市 34
「俺の力を魅せてやるぜ」
シドは嬉しそうに言った。
「ミラクさんにボコボコにされた男のセリフではないですね」
パールが遠い目になりながら言った。
「随分とふざけてますね。あなたたちのような半人前に私が負けるとでも?」
執事の男は嬉しそうに言った。
「そうよ。やってしまえ」
「それはお嬢様の役目ですよ」
「え?」
レイナがいったが、執事の男は嬉しそうに口元をゆがませた。
「だって、お嬢様はわたくしが用意したハーブティーを、それはもうとても、とてもおいしそうに飲まれていました」
「な・・・何を言って」
「ハーブティーにはわね。素敵な蟲の卵が仕込んであったんですよ」
「え?」
「お嬢様の魔力をちょっとづつ食べて成長し数を増やす素敵な蟲を・・・さあ、見せなさい素敵な子達・・・」
するとレイナの体から羽虫のようなものが一斉にその肉を食い破って出てきた。
「え?・・・あが・・・」
レイナはゆっくりと倒れていく。あまりの猛烈な痛みのせいで神経が死んでしまったのだろうか、痛みすら感じなかった。
その世界の中で、ボーする世界の中でハエとしか思えない生き物が自分の体から出ていくのをじっと見ていだけだった。
「あ・・・」
叫びたいのに声すら出なかった。
「ふっふふ」
レイナの目に残ったのは執事の男の悪そうな眼だけだった。
「お嬢様を・・・そんな惨たらしい死に方をするほどひどいことをしたとは思えませんが・・・」
レイナの体は虫食いのようにボロボロになり、転がっていた。綺麗な衣装に凄惨な有様の少女が転がっていた。
その少女の体に名残惜しそうに羽虫が集っていた。
「あなたがいうのは妙ですね」
フィンの言葉に執事に男はいやらしい笑みを浮かべて言った。
「そんな大量の虫がどうやってお嬢様の体に入っていたのか気になるところですね。まあ、悪趣味な手だと思いますが・・・」
「お茶に仕込んだだけですよ。そして、幼虫は筋肉に擬態しいざというときにすぐに羽化するようになっていました」
「趣味が悪いわね」
「お褒めいただき、光栄ですよ。新しい勇者様」
元執事の男はフィンの手に持つ剣を見つめて、胸に手を当ててお辞儀をした。
「さあ、行きなさい。わが子たちよ」
羽虫たちが一気に襲い掛かった。
「そんなの炎で焼いてやる」
シドが叫ぶと巨大な火球を生み出し、それをぶつけるが焼かれることはなかった。
「ふっふふ無駄ですよ。それは魔力を吸収して成長する羽虫。魔法使いの攻撃など無意味なのですよ」
「くそっ!」
とシドは言ったがその手が払った羽虫が次々に地面に落ちていく。
フィンも羽虫に囲まれて、肉をついばまれ、痛そうな表情を浮かべていたが、後から来た三人にそうした様子はなかった。
三人に触れただけで、羽虫が地面に落ちていく。
「ブラックドック!」
パールが叫ぶと、パールの影から大型の黒い犬が姿を見せ周りにいる羽虫たちを一気に食い散らかした。黒い犬の毛に触れただけで羽虫たちは死んでいく。
「バカな・・・何が起きたというのだ!」
執事の男は驚きの声を上げた。
「くそう。このままでは魔力が維持できない!」
男はそういうと右手を振った。
そのとたん、様々な方向から白い腐食の液体が飛んできて、三人にぶつかっていく。
フィンのことを気にした様子はない。フィンは羽虫にその身を包まれ、その身をついばまれていた。あれでは動くことなどできるはずがない。
フィンなど所詮はメイドが剣を持った程度の存在だ。剣が今日一日で扱えるわけない。フィンの戦闘能力など、護身術に毛が生えた程度なのである。
ゆえに男はフィンのことは気にせず他の三人を狙った。
すると、その三人を包み込むように防御壁が張られた。腐食の液体がその防御壁で防がれる。
「やるな!」
男は思わずつぶやいた。
「蟲使いだね。蟲に供物を上げて、それを代償に言うことを聞かせている。感覚も共有しているようだよ」
「レン。暢気に解説している場合ではないと思いますけど?」
レンの解説に思わずパールが突っ込みを入れた。
「シドの防御壁は完ぺきに仕事をしているから大丈夫」
レンがシドを見て言った。シドは目を瞑って何か魔法を仕掛けようとしているのがわかった。
「なるほどね・・・って、ならないから。周りにはうざい羽虫の群れよ」
「まあ、任せて」
レンがいうと右手を振った。羽虫たちが一気に風ようなものに煽られ、パタパタと落ちて言った。
「こんなもんかな」
「ナイス!」
パールが叫ぶと黒い犬が男に襲い掛かったが、男は右手を上げると足元に魔法陣が現れて、巨大な甲虫が二足で直立したものがでてきた。
「また、蟲かよ」
「危険が及ぶと出てくるタイプの蟲ね」
その虫が二本の手で黒い犬を受け止め、同時に余った二本の手で犬の脇腹に手を突き刺した。
「くっ」
パールは顔をゆがめた。痛みが走ったようである。
「初めて使ったけど、感覚を同調させているのを忘れていた」
「大丈夫なのか?」
レンが心配そうに尋ねた。パールは笑顔で大丈夫と答えた。
「貴様ら、甘いわ!」
男はそう言って右手を上げた。その手には黒い光のようなものあった。
「闇の魔法、ブラックライトを受けるがいい!」
男は腕を振り下ろそうとして、それは叶わなかった。
その前に男の体、真っ二つになっていたのである。
「ば・・・ばかな」
男はその身を崩しながら後ろを振り向いた。羽虫に集れているはずの女性が背後に立っていたからだ。
勇者フィン。
氷のように冷たい瞳が男を見つめていた。
消えゆく景色の中で男が最後に見たものはそれだった。