勇者ギルド in 魔術学園都市 31
「レストナール・ユニコーン様よ」
この町における貴族には幻獣の名前を与えられることが多い。それは13本の塔に関わる名前だからだ。
13本の塔にはそれぞれ動物の名前が当てられ、貴族はその上を指す幻獣の名前が与えられる。ドラゴンやペガサスなどの名前もあったりする。
また、シーサーペントなどもあり、ここの貴族は変わり者なのだろう。
フィンもそうした貴族の家に引き取られた孤児だ。
フィンの家は勇王国にあったが、蛮族として揶揄される海王国に責められ、家とその他を物をすべて奪われた。なんとか、生き残ったフィンは運のいい方だろう。
下手したら、女奴隷としてお持ちかえられる可能性もあった。
海王国は下手な魔族よりも嫌われているのはそういう理由があったのだ。
海王国も魔術学園都市にはさすがに喧嘩を売るようなことはなかった。売れば、この学園に通えなくなる。
魔法のメッカである魔術学園に通えないのは戦力が大きく下がる。そういうことで海王国はこの魔術学園を責めないのだ。
海王国はそうしたことの積み重ねで魔術学園都市に自国専用の塔を持っている。竜王国も研究のために塔を持っている。
海王国は鮫の塔、竜王国は蛇の塔となっている。竜王国では蛟と主張しているが、一般的には蛇だ。
他には勇王国が山羊の塔、聖王国が羊の塔となっている。こちらは単純に国がそばで留学生が多いからだ。
他は家畜やペットの動物が多かったりする。
「はじめまして」
フィンは頭を下げて言った。自分よりも年上の女の子であるが、年上には思えなかった。
おそらく、わがままが通ってしまうのだろう。そのために容姿や雰囲気を含めて、子供ぽ差が全く抜けていなかった。
たいして、フィンは苦労してきた方だ。兄弟もすべて失ったが、長子に近いため、それらの世話をしていきてきたのだ。
また、家の手伝いもいろいろとしてきた。料理なども一通り母親から教わっている。宮廷にでるような料理はさすがにできないが、一般家庭が作る料理は作れるようにはなっていた。
今日からはここが私の家であり、居場所だ。
フィンはずっと生きていて現実感がなかった。まるで、ここにいる自分が違う人間のような夢の中にいるような気分だった。
両親や兄弟を死んでも、それを物語の一幕のように見ているような気分だった。
実感がわかない。
ここにこうしているのもフィンという少女を、演じているような気がしてならなかった。
まるで、自分の中に別の誰かがいて、それを通して自分を見ているような気分だった。
それから、家事をこなし、レイナのわがままを聞き、とんでもないことを頼まれたりもした。また、数年前から入った執事に心酔し、おかしなことを始めたが、止める気にはならなかった。
主体性がない。
フィンはそういう少女だった。
だが、それが変わることになる。
ある男の登場である。
いきなり、現れるなりにいきなり手にキスをして、いざというときは駆け付けるとか言い出した。
その瞬間、その男に対して黒い殺意のようなものが浮かんだ。殺さなければならないそんな気分になった。
その男がか持ち出すそれは明らかに危険なものだと私の中の私が告げたのだ。
そして、少し調べて、それが自称魔王であることを知る。魔王は魔王だが、所詮は自称なのだ。
それなのに、殺さなければいけない。世界の敵なのだと、本能が告げたのだ。
それを殺さなければならない。
レイナがどんなに悪いことをしても、明らかに悪いことをしている仲間にしか思えない執事の男に対しても抱かなかった感情である。
そして、唐突に勇者との取引で勇者の剣を受け取った。
それはレイナから頼まれた依頼だった。姿隠しのローブを着て、勇者と思われる男から剣を受け取ったのだ。
受け取った瞬間、剣が言った。
『あら、久しぶり』
何が何だかわからなかった。
そして、そのとたんに自分がかつて魔王を倒しまわった勇者であることを思い出した。
何故、目の前に勇者がいるのにも関わらず私が勇者なのか、私にはわからなかった。
「そうか、神は新たにそういう選択肢を与えてくれたんだ」
彼は、美形の彼はうれしそうにいった。妻子があるみとわかっているにも関わらず、その微笑みはドキドキするものだった。
そんな顔をする男などの嫁になったら気苦労が絶えないだろう。
ましてや遠距離恋愛などになってしまったら、不安で押しつぶされそうだ。
トキア姫はその不安に耐えられたのだろうか?耐えられるとしたら、かなりの胆力ともいえるかもしれない。
「あなたは何言っているんですか?」
「君が新しい勇者だ」
勇者が嬉しそうに言った。
「僕は堕ちた勇者だから・・・いや、復讐者かもしれない」
笑顔だが、それは笑っているようには思えなかった。復讐者?意味が分からなかった。
「君をいずれ、メンバーに迎えるよ。その時は勇者としてね。僕は君の主に恨みがあるが、君には恨みはないとだけ覚えておいてくれ」
それを聞いてフィンは主がとんでもないことをしたのではないか。
勇者が静かに怒りを覚えるようなとんでもないことを・・・
「何をしたんですか?」
「何が?」
「そうか、君は知らないんだね。転移魔法の影響で僕の、僕たちの子供が死んだんだよ」
さらっと勇者アレスは言った。
妊婦に転移魔法を使った。その影響で中にいた子供が死んだ。
そういうことだ。
淡々としているのは彼がそれだけ怒っているのだ。その出来事がどれだけ、勇者を傷つけ、その妻である彼女を傷つけたのか・・・
「君がその剣を用いて、君主たちを殺すことを阻むなら、僕も殺すから・・・勇者を」
ぞくっとした。
恐ろしいほどの殺気が空気を支配していた。気が付けば、あたりに霧のような白いものが漂っていた。
「彼女が何度も何度も謝ってきてくれたよ。一番、悲しいのは彼女のはずなのに・・・そんな彼女を傷つけ、守れなかったのは僕なのにね」
アレスは笑っていた。
その笑みはひどく乾いたものだった。
「だから、一先ずはこの件に関わった悪い奴らは皆殺しのつもりだから、そのためにソレは必要ない。主に注意をしておくといい」
「この剣がいらないと?」
「逆に聞くけど、本気でいると?」
アレスは静かに言った。
この男の怖さを知った気がした。この男の怖さが分かった気がした。
そして、同時にわかってしまった。
この男は勇者ではないと・・・