勇者ギルド in 魔術学園都市 30
「お前らがお笑い三人組か」
薬師恰好の男が偉そうに聞いてきた。いつの間にか現れたという感じである。
というか、その男は何故か窓枠からここに入ってきていた。ここは塔の5階にあるはずの部屋で普通の薬師が窓から入ってくるような場所ではない。
「こっちは訓練中なんだけど?」
パールは腰に手を当てて言った。明日に向けて実戦訓練をしている。明日は準決勝なのだ。
「下らん大会よりも、俺と話の方が重要だと思うがな。影使い」
それを聞いてパールは目を大きく開いた。
「影使い・・・」
かつて自分が呼び出した恐ろしい黒い影のことを思い出した。ことあるごとに姿を見せ、友人たちなどを傷つけてきた。
そのたびに師匠であるアッシドに助けてもらった経緯がある。
「影使い?」
と口をはさんできたのは練習相手を買って出てくれたレンだった。
「なんだそれ」
シドも練習を見学に来ていた。
「ようはお前に精霊のストーカーが付いているから、それとさっさと契約しないとお前の周りが危ないといいたいのだが?」
薬師は暢気に言った。
「でも、明日は・・・」
「まあ、明日のわずかな栄光とお前の一生にかかわる何某、どっちが大切かだな」
「それは・・・」
パールは困ったように言った。それを向き合うのはいろいろと準備が必要だった。
「師匠もいないし」
一人であれと戦うのはやめろとさんざん、師であるアッシドには止められた。その禁を一度破って大けがをしたことがあるので、その時のことを思い出し、ここでそれを実行する気にはなれなかった。
「確かに、闇系はどんな手を使っても勝たないといけないというのが条件だからな」
「そうなの・・・」
どんな手を使ってもというのが気になるところだ。あれと契約できるのかパールには自信がなかった。
それほどまでに一度受けた大けががトラウマになっていた。
「なんだそれ、契約するといいことがあるのか?精霊と」
シドが言った。それを聞いて、呆れたようにレンが言う。
「“光の戦乙女の契約者”の話を忘れたのかい。あれは精霊と契約することによって、人間にはあり得ない圧倒的魔力と各精霊が持つ特殊能力を・・・」
そこでレンは言うのを止めた。
「精霊と契約って、あなたがもしや“光の戦乙女の契約者”!」
と驚きの声をレンが上げた。
「バレたか。不思議な薬師というものにしたかったんだがな」
苦笑いを浮かべて、“光の戦乙女の契約者”であるメディシン卿は言った。
「この人が、ミラクとピルクの新たな先生!」
驚きの声を上げたのはパールだった。その話はすでにアッシドの口から何となくきいていた。
「思ったよりも若いのだな」
先生と聞いてシドはそういった。メディシン卿はどうみても二十歳そこそこの男にしか見えなかった。実際に二十歳そこそこなのだが・・・
「元王国の騎士にして、かの“嵐”の義弟にして、“剣聖”を妻に持つもの」
「思ったよりも俺のことを知ってるんだな。パールの嬢ちゃんは・・・さすがにもう一つの名前は回ってないもんな」
そういうとパールははっとした顔になった。それから愛しそうにメディシン卿をみた。
「まさか、“小さな英雄”なんですか!」
すごい嬉しそうに言った。彼女の目がキラキラしていた。
5年以上前に世界中で流行りだした小さな男の物語だ。最終的には勇者と共に魔王を倒すという話になっている。
騎士が何たるかを世界中の人々に流布するために貴族の間でも流行り、それが民衆の中でも受けた話である。
加えて、その話にはとある噂があった。そのモデルが実在すると・・・
「ああ、あれか」
シドもポンと手をたたいた。ある意味、勇者よりも人気のあるものである。
勇者は剣を抜けなればなれないが、小さな英雄は冒険者からもらった短剣を使って、いろいろな魔物のとどめを刺すなど定番のムーブがある。
そのナイフが勇者の剣並みに効果が何故かあったりするのだ。シドは割とそこはバカにしている。
勇者の剣の本質を知っているからだ。
勇者よりも作品的に小さな英雄をよいしょしているので、あんまり気に入らない話だった。明らかに騎士を称賛させようとする政治的意図が感じられるからだ。
そういう悪い意味でシドには印象があった物語である。
ちなみに超美形の勇者とワイルドな立ち振る舞いをする小さな英雄の話は別方向で女子には人気があり、そういう公演がよくされていた。または勇者が女性バージョンなど、そういう改変などもあったりする。
「そだね」
パールの変化に困った顔になりながら、メディシン卿はうなづいた。
「シド君だっけ、君にも契約させたい精霊がいる」
「ほう」
「魔王という名の希望の精霊だよ」
それを聞いて、シドはため息をついた。それを聞いてシドはいやなものを感じた。
「魔王が希望になってしまうとは・・・」
「ここはほかの国とは違って特別のようだよ」
「魔王はあなたの敵では?」
「“恐怖の王”は俺の相棒だし。“魔王”というだけなら、本来は敵じゃない。俺たちの敵は魔王を呼び出し、すべての母なる創造主を滅ぼそうとするものだろ?」
それを着て、シドは悔しそうな顔になった。神を称するものの手足となって動き回った時期がある。
ただ、転生の魔法を使用することによって、その支配から逃れ、こうして自分の意思で力を得て、ふるうことができるのだ。
「そうだな。俺がもしも今のまま“魔王”になっても、あいつに好き勝手させられるだけだ。ならば、奴が望まない方向で俺が“魔王”になるべきだろう」
「では、君に試練を与えよう。ちなみにこれは、まだ、ミラクもピルクも越えていない試練だ」
「そうなのか」
「ああ、彼女たちには君たちとはちょっと違う方向の試練だしね」
メディシン卿はそういうと地面に触れた。
すると、四人の前に一人の男が暗い闇の底から起き上がってきた。
「これが“魔王という名の希望”」
男の顔はほぼ骸骨で人と呼ぶにはあまりにも死体に近い物であった。そして、人々を恐怖させるには十分な容姿であり、そのオーラを発していた。
「これを倒せと?」
「単純だろ?俺にはできるけど、だけど、これは君が乗り越えなければ、いけないシナリオだよ」
メディシン卿はさらっとひどいことをいった。
シドは絶望的な気分になりそうになった。精霊がこんなに力強く圧倒的とは思わなかった。