勇者ギルド in 魔術学園都市 19
「エリクサーの調合を見せてほしい?」
メディシン卿は薬草学者呼び出され、話しかけられていた。なんでも、魔術学園都市における高名な薬草学者らしい。
フェミン曰く、いい噂はないのが特徴だ。ようは賄賂などでのし上がった類の学者センセイということだ。
「メディシン卿は薬づくりの腕で貴族になられた方。ぜひとも見せてほしいのですが」
「今はやっていないんだよね」
メディシン卿はうそをついた。ポーションづくりはしっかりとしている。
だが、それは仲間たちに供給するためのもので、それで商売をする気はさらさらなかった。
そもそも、エリクサーレベル物なんて高いだけで、メディシン卿からすれば、そのコストがあれば、ポーションを作った方が効率が良かったりする。
「僕はポーションづくりの方が得意だから・・・」
師匠からは自分の作ったポーションをやたらと出すなと言われている。
「ぜひとも、そのポーションづくりを見せてください」
薬草学者は嬉しそうに笑いながら、メディシン卿を見つめていた。
その目には何か不穏なものが混じっている。
「ヒトには見せるなと師には言われているので、ヒントだけを出すなら。思いを込めるとよいですよ」
メディシン卿はそう説明した。思いを込めるということは魔力を込めるということだ。
それのやり方はメディシン卿の生まれた村の薬師の秘術に近いそれなので、教えることはできない。
それによって、魔法のような効果があるのだ。
メディシン卿からすれば、魔法が溢れている、この魔術学園でそれを教えるのはあまりにもナンセンスな気がしたのだ。
王国や竜王国なら話は違うのだが・・・
「なるほど」
学者は表面上は納得したように見せているが、どうみても悔しそうな雰囲気を出していた。
メディシン卿はソレにはあえて気が付かないフリをして、その学者から離れようとした。
「ところで、卿」
そこで呼び止められたので後ろを振り向くことになる。正直、これ以上付き合いたくはない。
「なんですか?」
そんな気持ちを隠さず不満げにいう。大人気ない態度であるが、この場合は仕方ないことだ。
「あなたはマンゴラドラについてどれほどの知識がありますか?」
そんなことをいきなり聞いてきた。
メディシン卿は本来は薬屋だ。それを知らないわけがない。剣の腕も本来は森の中でモンスターたちにあっても、身を守るために鍛えてきたものだ。
そのための技術が意外なところで役に立ち、なんやかんやあって、ここにいるのだ。
「知らないとでも?」
「ふっふふ、研究は進んでるんですよ。いろいろとね」
何言っているのかわからないが、非常に危険な香りがしている気がした。
「貴公は何を言っているんだ?」
「私はあなたたちの前で素晴らしいコンペを行う予定なんですよ」
「素晴らしい?」
「はい。最強の私兵を作る予定です」
それを聞いて、メディシン卿はいやな予感を覚えた。
「兵器に転用する気ですか?」
「ふっふふ」
メディシン卿は知らないわけではなかった。一部のマンゴラドラに人の血を与えると与えた人間の姿になってしまうマンゴラドラを。
それが動き出し、人を殺したりするらしい。そうして、人の血を栄養に生きていく。
そんな危険な性質のマンゴラドラがいるのだ。マンドレイクなどとも言われている。
その研究を薬草学という名の下に行っているということなのだろう。マンドレイクの変異種を作っているということだ。
「素晴らしいと思いませんか?薬草学で世界をとるのです。あなたの憧れでは?」
「というのは?」
「だって、騎士から一回の薬屋に身を落とし、絶望を味わっていたあなたならわかるはずだ」
「・・・・・・」
「すべてを見返してやろうとは思わなかったですか?」
「・・・・・・」
「嘆いたことはないですか?なんで自分が、何故、つまらない奴らに従わなければならないのか?」
「・・・・・・」
「そうは思いませんか?」
「思わない」
メディシン卿は何のためらいもなく、言った。
「は?」
「俺は自分に生き方に後悔はない。それに今はこうして元気にやっている。騎士の時の暮らしは酷いものであったが、その分、俺は意図せず鍛えられ、ここにこうしていれるのもそうした生活を乗り越えてきた証だ。それを否定することなど俺はできない」
彼女のこともある。ここにはいない妻の顔を思い出し、思わず笑みが零れた。彼女を救えたことがどんなものよりも素晴らしいことだった。
それから、かわいい子供たちの顔も浮かび、より頬が綻んだ。
「き・・・きさま!間違っている。なんで、魔法がもてはやされ、医学や薬草学が馬鹿にされているんだよ。おかしいだろ!」
その男は怒っていた。
「?」
メディシン卿は首を傾げた。現代において、すべてのものは魔力が関わっている。
医療でも実は魔力を持っているものがやった方がいいのだ。メディシン卿のそれも魔力が込められている。
魔力はこの世界の生活において、切っても切り離せないものだとメディシン卿は理解していた。
「だから、俺は世界を変える。あの方の力を借りてな。お前のような魔法に負けたような奴に俺は負けない」
その薬草学者はそういうと逃げ出すように走って、その場から消えた。
「あの方ね」
ろくでもない奴なんだろうなと、メディシン卿は思いつつも彼のような熱い思いになることはなかった。
メディシン卿はそれを知っていた。それはメディシン卿がかけられた呪いであり、解かれることのないものだった。
怒りや悲しみはあるが、憤怒や嘆きなどとは無縁の存在になっていた。
二重呪術。
それを受けた治療の副作用でそうした感情がほとんど消え、メディシン卿は彼女のことしか思えない思考になっていた。
彼女を守る。
それだけが彼が持つ熱情だった。最近は少しづつ、感情が戻ってきたように感じているが、それでも微々たるものだ。
感情がちゃんと戻ってくる日が来るのだろうか?
そんな風に思いながらも、日々を過ごしていた。
「まあ、いいや」
学者が去った後を追う気にもなれずメディシン卿はつぶやくだけだった。
どんなものが来ても負けない自信がメディシン卿にはあった。最強の相方がいつでも来てくれる。その安心感がメディシン卿にはあった。
その相方とは・・・
もちろん、嫁だ。