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プロローグですらないメランコリー8

 夢枕ありす。

 幼なじみである。

 幼なじみ――この言葉を聞くと世間は典型的な類型(有り体に言えば漫画やアニメに登場する幼なじみキャラというやつだ)を往々にして想像してしまいがちだけれど、しかし、世界広しといえど、本気(ガチ)で殴り合いの喧嘩をした幼なじみは僕とありすくらいなものだと思う。それを鑑みてみれば、世間の妄想に近いそんな関係に相対して、現実が期待値を上回ってしまった好例といえるかもしれない。

 なにをいわんやあにはからんや。

 夏休みの話しである。

 僕という原罪(けもの)に触れ、闇の奥深く――精神の深淵に抑圧された大罪(リビドー)を地上に(さら)し出すことになった一人。

 ありすが曝し出したのは――嫉妬。

 彼女もまた悪魔(じぶん)に魅入られた一人である。

 悪魔に魅入られたが故に、彼女もまた悪魔に憑かれた。

 嫉妬に比肩する悪魔は――リヴィアタン。

 そう。自らをリヴィアタン(いささか語弊あり)と称する悪魔(ありす)と僕は対峙したのだ。

 ――あっはーん♪ 呼ばれて飛び出てシャラララーン♪ 嫉妬の権化リヴィアたんがぁ、崇きゅんの(ハート)をひねって捻って渦巻いてあげる〜♪

 はい回想終了。

 だって仕方ないじゃん。

 所見であの衝撃(インパクト)だぜ?

 思い出すのが辛すぎるってーの。

 ありすが馬鹿なのはもちろんわかっているけれど、なんというか――馬鹿のベクトルが違うっていうか……。

「あによぅ」

 嘆息してありすを改めて見る僕に、彼女は抗議の視線でそう応える。

「いや、あいつもありすなんだなって……」

「はぁ? 意味わかんない」

 さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら、ありすは僕たちと同席するのが当たり前というふうに綽々(しゃくしゃく)とした態度をとっていた。あまつさえ割り箸まで握っているオマケつきだ。

「お前、桜庭と一緒に昼メシ食うんじゃないの?」僕は、ありすから割り箸を奪い返す。「こちらは食糧不足に喘いでるんだ。お前に恵んでやる余裕は無い」

 そんな僕に、ありすは頬を膨らませるという仕草で応えた。

「なあ、すけあくろー。うどんが伸びてしまうぞ?」

「ああ、悪い莉鈴。それじゃあ食べようか。っと――その前にトレイを僕の方へ近づけてくれ。このままじゃ僕の腕が伸びきってしまいそうだ」

 莉鈴はこくりと頷いてトレイに手を掛ける。「ほら。すけあくろー、受けとるが良い」

「献上の品しかと承った」

 そう言って手を伸ばしたのは僕ではない。ありすだ。

 恭しくトレイを受けとろうとするありすの頭頂部に、すかさず拳骨をお見舞いする。軽快な殴打の音と共に、星が散りばめられたのはきっと錯覚だろう。ごろごろとした違和感に苛まれた眼球は、まだ目蓋に優しくされたいと思っているらしい。

「何すんじゃー!」

「それは僕の台詞だ!」僕はありすに怒鳴ってからトレイを引き寄せる。「まったく……、油断も隙もあったもんじゃないな」

 まあ、油断も隙もあったから、僕はありすに目潰しをお見舞いされたわけだけど。

「別に食べようとしたわけじゃないもん」

「じゃあ、どうするつもりだったんだよ?」

「食べさせてあげようと思ったの」

「は? 誰に?」僕は訊いた。

「誰にってゆーか――」唇を尖らせたありすは、上目遣いで僕を見つめる。黒に比重を置いた眼球が右往左往。どうやらありすさん何かを逡巡しているご様子。それからややあって小首を傾げながら彼女は言った。「ステンレス製の胃袋を持ったときどきウェットな人?」

 それたぶん人じゃないし!

 もしかして、捨てるつもりだったのかよこいつ……。

 だったら尚更たちが悪いじゃないか。

 ささやかな疼痛(とうつう)を覚えた僕は、思わず額に手のひらを当てる。

「昼にお前と会うのは久しぶりだけど。それにしたって、いささか悪戯がすぎやしないか? 例え幼なじみといえども――分別を忘れた悪戯は可愛くないぜ?」

 まったく可愛くない。

 僕にだけ被害が及ぶなら我慢もできるが――あのときの土下座にしたってそうだ。他人を巻き込みすぎる上に打算があけすけなんだよ。

 まあ、ありすのその傾向も昼休みに姿を現さなかったのも、いずれにしろ僕が起因しているのは概ね理解はできる。でも僕がいけ好かないと思った以上、ここは訂正して然るべきだろう。幼なじみとしてのささやかな配慮だ。

 僕が業腹だという(サイン)をありすに送る。

「でも――」と。そこでありすは唇を固く結び、それからおずおずと言葉を続ける。「ごめんなさい」

「他人を巻き込むのは、これで最初で最後だ」

「うん」

「約束はできる?」

「うん」ありすは慇懃に首肯する。「今度からは崇だけにするね」

 いつか刺されちゃうかもね僕。

 そんな洒落になりそうもないジョークは腹の奥底に仕舞って、僕は「うん、まー、そうね」と適当な相槌を返す。まあ、ここまでが現状でとりうる最適の妥協案といったところか。本当は色々と訂正したいんだけれどね。

 ――ヤンデレありすさんはあの夏でもう懲り懲りだ。

 ちらちらと莉鈴に目配せをするありすを、苦笑混じりに僕は眺める。

 ありすの中にいた悪魔は消えた。

 でも、消えたからといってそれはいなくなったわけではなく。僕の中にいた獣と同じように、彼女のそれもまた自身の一面にすぎない。僕たちが死に至らない限り、そいつらは決して消えることはないのだ。認めるか認めないか――この明確な差異が悪魔を手懐けるコツだと僕は思う。認めた上で、それを受け入れるか否かは個人の勝手だけれど。少なくともありすはその両方を肯定した。まあ、だからこそ今のありすが継続中なわけで、奇しくも僕は十数年のときを得て彼女の本物にお目にかかったわけだ。まったく頭の痛い話しになるのだけれど、こればかりは仕方が無い。愚鈍な自分を呪うしかなかった。

 それにしても――あの夏に出会った他の連中といい、それに桜庭にせよありすにせよ、どうして僕の周りには腹に一物を抱えた人間が集まるのだろう。

 と。

 僕が思索に耽ようとしたそのとき。

 ふと、朝のホームルームのことが頭を過ぎった。

 そういえば……、あのとき会話した莉鈴って黒い方の奴だったよな。

「ん、どうした? 莉鈴の顔に何かついてるか?」

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