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プロローグですらないメランコリー7

 土下座という殊勝(しゅしょう)な態度をとっているありすに反して、僕の心中は安穏(あんのん)としたものではなかった。ぶっちゃけ――憤懣(ふんまん)やるかたない心持ちである。しかし、これ以上衆目に晒され続けられては辛いものがあるのもまた事実だ。僕はやんわりとありすに立つように促し、それから紳士的に彼女の手をとって補助を努め、彼女が立ち上がった旨を確認したあと、スカートの埃を真摯(しんし)に払ってやった。

 ありすを元いたテーブルへ僕がエスコートしている間、彼女は終始うつむきっぱなしだった。凹んでいるのではないあいつはこの上なくリノリウムが好きなのだ。と、自己暗示。そうでもしないとやってられない――むしろ僕がやられてしまう。精神的に。

「ゆるひてくれりゅ?」

 席に座るや否や、ありすは瞳をうるうるさせて追い討ちの懇願(こんがん)

 衆目にプラスの補正効果。

 説明するまでも無い――月見うどんとプリンが載せられているトレイを、己の胸元に手繰り寄せているあの食いしん坊だ。「すけあくろー、こいつ泣いてるぞ。許してやれ」

「仕方が無い」やれやれ、と僕は深く嘆息する。「次からは少し手加減してくれ」

――!?

 僕の含蓄のある言葉尻に、ありすの泣きっ面の(かんばせ)が変化の予兆を見せる。

 ほら見たことか――あいつは本音を突っつかれると右の眉が少しだけ吊り上る。

 もっとも、僕しか知らない僅かな変化だけれど。

「わざとじゃないもん」唇を尖らせながらありすは言った。「崇を驚かせようとしただけだもん」

 僕は静かに黙秘を貫く。

――頬を突っつこうとしただけなんだもん。

――狙ってやったわけじゃないもん

「なあ、すけあくろー?」

 莉鈴の声に、僕は視線だけを動かす。彼女は小首を傾げて所在無さげに割り箸を宙に停滞させていた。

 そろそろ頃合か――僕はもう一度だけ嘆息をして笑顔を取り繕う。

 さあて……、

 ありすさん。

 月見うどんが伸びきってしまう前に、とっととケリをつけようじゃないか。「わかったよ」

「わかってくれた?」僕の柔和(にゅうわ)な物腰に破願一笑するありすさん。

「ああ、わかってるさ」僕はそんなありすさんに鷹揚(おうよう)に頷いた。

 そして、

「お前に悪意があるのは充分わかってるんだコノヤロー! 今度こんな真似をしたら本気でぶっとばすぞ!!」

 と、毒づいた。

 一瞬の静寂。

 それを振り払うように、ありすはツインテールの髪をぶおんぶおんと掻き乱し席から立ち上がる。固く握り締めらた左右の拳が、わなわなと震える振動を全身に加速させている。彼女の白い皮膚が少しずつ激情の色に染められていくのがわかる。不機嫌オーラが静寂した空気を綺麗にラッピング。羞恥に結ばれた唇なんて酷い有様だ。

 ほらほらありすさん本音がだだ漏れていますよ。

 空気に触れて酸化した真っ赤な真っ赤な鉄臭い本音がね。

 そう僕がほくそえんだ瞬間。

 空気が――()ぜた。

「だからあれはフラック(まぐれ)だったんだってば、意地悪!」

「お前はまごうことなきブラックだよ、性悪!」

――うぎにににぃぃぃぃぃぃっ!

 食堂に木霊(こだま)する二つのハーモニー(はぎしり)

 額の皮膚を重ね合い沸き上がる感情を擦れ合う、幼なじみ(バカ)二人。

 そんな僕たちを、不思議そうに見上げる莉鈴さん。

 そして、にっこりと交互に箸を動かして彼女は言った。「お前ら仲良いのな」

――悪いわ!

 恩田崇と夢枕ありす。

 そんな――

 どうしようもなく噛み合って、

 どうしようもなく噛み合わない二人だった。

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