表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/54

プロローグですらないメランコリー6

 僕は、魔術師の手によって獣を宿された。

 自らも獣と称した銀色の魔術師は、その銀色に輝く自身の相似形を僕の右手に刻印し、獣の正体を暴く魔法の言葉を僕の耳に吹き掛け――そして僕は魔術師そのものになった。

 僕に宿された獣は、それを呼び起こすことに抗うことのできない、快楽という名の毒を牙に湛えていて、ときどき滴り落ちるその毒は緩慢にしかし確実に僕の身体を蝕んでいった――やがて僕は、獣を呼び起こすことに何の衒いも覚えなくなった。

 これが、僕と江戸川・フールフール・莉鈴とを引き合わせる切っ掛けとなった大まかな経緯(いきさつ)である。

 存外(ぞんがい)にして外連見(けれんみ)のある表現になったけれど、致し方ない。

 夏休みの話しだ。

 あれから一ヶ月と少し。

 江戸川・フールフール・莉鈴との出会いに至っては、一月も経っていない。

 ことの顛末を(つまび)らかにするには、僕にはまだ時間が必要だということはわかっている――わかってはいるのだけれど。

「なあ、すけあくろー。莉鈴は月見うどんとプリンが食べたい」

 こう邪気の無い笑顔を見せられて、物腰が日和っている彼女を目の当たりにすると、まぁ色々と思うことが無いわけでもない。

「僕の弁当を奪った挙句、まだお前は食い足りないのかよ……」

 だから、そんな僕は莉鈴に悪態をつきながらも財布の中身を確認していたりする。

――なんだこれ、レシートしか入ってねえ……。

 平気で下手をやらかすうっかり者の姉を素直に呪いつつ、莉鈴のために小銭を漁るのはもちろんやぶさかではないわけで。

 つまり、有り体に言うならば――恩田崇は江戸川・フールフール・莉鈴に感謝しているということだ。

 獣は赤い竜に助けられた。

 赤い竜に獣は許された。

 だけど、そうした押し付けがましい僕の気持ちを莉鈴は(おもんばか)るわけでもなく、

「何だ、すけあくろー。金が足りないのか? だったら莉鈴は良い。お前の好きなものを食え」

 と、自分のことは顧みないで僕のことを気にかけるのだ。

 まったく、これじゃ僕の立つ瀬が無い。

「じゃあ莉鈴こうしよう……、お前が月見うどんとプリンを頼む、だけど月見うどんとプリンを食べるのは、僕とお前だ」

「おお、良いなそれ。共食いってやつだな?」

「まあ、莉鈴が伝えたいことは何となくわかるけれど」僕は苦笑を浮かべて、椅子から腰を浮かせた。その苦笑が照れ隠しを伴っていたのは、言うまでもない。「割り箸とスプーン、二人分貰わないとな」

 昼休みが半分ほど過ぎたにも関わらず、学食の空席は相変わらず皆無だったけれど、そこに立っているのは僕くらいのものだろう。テーブルに座っている生徒たちの視線が、僕と莉鈴とを交互に向けているのが気配でわかった。何というか気恥ずかしいものがある。と、いうか――廊下で席待ちをしている生徒たちの視線がクリティカルに痛い。だったら譲るなよ、と非難をしたい心持ちはある。確かにそれはあるのだが。彼らが列を譲ったのは僕のためではもちろんないし。あのA定食を完食はおろか、あまつさえ箸もつけていないような状態でカウンターに持っていく羽目になった某生徒の英断は、もちろん僕のために下されたものでもない。ようするに、彼らを非難する立場に僕はいないわけだ。そう、まるでお嬢様に跨がれた馬になったような気分である――跨がれたから仕方なく来たようなものです。どうかそんな目で僕をねめつけないでください――みたいな。やるせない。

 そういった僕と莉鈴との温度差をダイレクトに肌に感じつつ、僕はカウンターに身を乗り出して頬杖をつきながら月見うどんとプリンを待っていた。

「とりあえず頑張んなさいよ」などと、なんとも恣意的で、ある意味鬱になりそうな励ましの言葉と一緒に、学食のおばちゃんが(どんぶり)に卵を二つ落として、それから僕に月見うどんとプリンが載せられたトレイをおもむろに差し出した。「女の尻に敷かれるくらいが丁度良いって、おばちゃんは思うんだけれどね」

「エスパーですか? あなたは……」

 と。

 僕が苦笑を浮かべたそのときである。

「見たぜ〜、(まなこ)にドリルで穴を穿たれるくらい見ちまったぜ〜?」

 聞き覚えのある声とともに、ふと、右肩に圧力を覚える。

 思わず振り返られずにはいられない。

「ちょっ、お前……、桜庭と一緒じゃ――」

「二進数ー!!」

 そんな意味不明な雄たけびを認識した瞬間――両目に激痛が走った。

――!?

「いっっっっってえぇぇぇぇぇっっっ!!」

「をぉぉぉぉぉ!?」

 指が勝手に目蓋を塞いだ。

 暗転した視界に光の残滓が散逸する。

 痛みは直ぐに引いた。

 ゆっくりと目蓋を開く。

 視界が広げた先には。

 ぼんやりとした境界が鮮明になったその先には――

「とんでもないことをした。今、凄く後悔している」

 僕に土下座をしている幼なじみの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ