感情複合バッドステータス25
と言いつつ……、さては桜庭、ありすとラグビーに興じる腹づもりだな?
視線がのたまう背中に痒みを覚えながら、ちらりと後方に首を捻る。下駄箱の隅から半身を乗りだしているありすさん。どうやらジェラシックパークの園長さんを襲名していらっしゃるようで、さっそくその本懐を遂げているご様子。目は据わっていますが、爪はぎりぎりと立ちまくっているのですよ。
「しかし、あいつお前とスクラムを組む気はないようだけど?」と自ら立てた推理を声に出してあっさりと否定。桜庭も異論がないことを無言の首肯で示し(やっぱりやるつもりだったのか)、「心のキャッチボールすら困難」と分析を吐露する。微妙に会話が成立していないのは、ありすが醸し出す空気のせいにする。さっきから下駄箱の歯軋りがまあ煩いのなんの。
「あんなありす初めて」さすがの桜庭さんも驚きを禁じえないようで、目を大きく見開いたままそんな感想を漏した。むべなるかな。僕も実際目の当たりにするまで、ありすがあんな娘だとは思っていなかったしねえ。「よっぽど、恩田君のストーカー行為が気に入らなかったのね」
「そっちかよ! いや……、だから僕はやってないつーの!」
「まあ良いわ。でも恩田君、罪は忘れてもジュースを奢るのは忘れないで」と桜庭、何故か僕の背後へと回り込み、それからついっと背中を後押しした。「私の中の気象予報士が血の雨を予報しているわ」
あー、それはないと思うけどねぇ。まあ桜庭なりの気遣いと解釈して、敢えてそれに甘んじてみましょうかね。「へぃへぃ、じゃあ適当に何か買ってきますよ」
そして、昇降口に剣呑な雰囲気をばら撒いた元凶は、すごすごとその場を立ち去るわけですが――
「お?」人工的な引力が、今だそこに僕を留めさせる。「おいこら桜庭、引っ張っても黄金の蜂蜜酒は奢ってやれないぞ」
「どこへゆく?」
おや桜庭さん。一体どこでそんな声帯模写を?
そんなことよりも桜庭さん、二の腕に爪が食い込んであいたたたなのですよ……。
威圧的な声音とバイオレンスな痛みに苛まれた僕は、思わず後ろを振り返る。しかし、僕を留めているのは桜庭灰霧ではなく、
「どこへゆく?」ジェラシックパークの園長さんであるところの夢枕ありすさんなのであった。「あ、あたひをおいて、どこへゆくってーゆーの?」
どうやら駄々っ子も兼任していらっしゃるようで。