感情複合バッドステータス24
「な、何が望みだ?」
上擦った現実を継続したまま、僕を見据える桜庭にそう尋ねる。自身の部位ながら思慮の深い唇には図らずとも感心してしまった。諦めが早いとも捉えられるが、桜庭相手ではこれが最適の手法であるのはまず間違いない。
「殊勝な心掛けだわ」
短い鼻息を漏らしたあと、桜庭は口の端を不適に歪める。きらりんっ、と語尾に星マークでも踊りそうなくらい、奴の眼鏡は昇降口の照明を乱反射中だ。そのマッドな演出に、夏休みに出会った科学者が重るのは心的外傷が魅せる妄想かしらん。無理難題を推しつけた挙句、よもや僕の腕をドリルやらパイルバンカーやらに改造する気ではないだろうな……。
「ちょうど喉が渇いていたところよ。何か飲み物でも買ってきなさい」
「どぅるるるる……」桜庭の不条理な提案に思わず舌を巻いてしまう僕。巻いたついでに巻き舌で威嚇してやるっ――って、あれ? 「え? そんだけ?」
「そう、それだけ。投げたフリスビーを取りに行くくらい、簡単なことだと思うけれど?」
「いや、まあ確かに簡単だが」不本意ではあるけども――というより結局犬扱いなのね僕。「で、お前は何が飲みたいの?」
「懐は痛めるけど、心は痛まないのね恩田君は……」
「申し訳御座いませんっ! ご主人様は何をご所望でしょうかっ!?」僕何も悪いことしていないんだけどねっ! おかしいなあ!
「もちろん、ありすの分も買ってくるのよ?」まんまと桜庭のペースに嵌り、哀れ犬畜生と成り果てた僕は喪失している尻尾の代わりに頭を激しく上下に揺さぶる。「さあ、お行きなさいビヤッキー。早くしないと黄金の蜂蜜酒がなくなってよ?」
「どっから突っ込んで良いんだよそれは?」
訊ね返す僕に桜庭は何も応えなかった。ただ無言で携帯電話をカスタネットを叩くみたいにして開閉を繰り返し、桜庭とのやり取りを盗み見している(なんだかなあ……)ありすの気配に僕が気づいた頃、ようやく桜庭はおもむろに口を開く。
「それともまずは私と遊んで欲しいのかしら? 仕方がないわね恩田君は……。じゃあ、この携帯電話を放るから拾ってきなさい」




