感情複合バッドステータス23
「恩田君、可愛いわ、恩田君」
こいつ犬みたいに僕を扱っていやがる……。さっきまで上履きを掴んでいた手で、僕の頭を撫で擦る桜庭。冷たい手のひらにも関わらずそれは意外と柔らかかった。こいつを構成する物質が、プラスティックではないと認識を改めるときなのかもしれない。しかし桜庭、生憎お前に振る尻尾は、僕は持ちあわせていないのだよ。「一体、何の真似だ桜庭?」
そう訊ね眇め見る僕に、桜庭は小さく鼻息を漏らす。それからおもむろに頭から手を離して携帯電話を取り出し、僕の鼻先へと差し出した。
「可愛い恩田君をもっと可愛くするアイテム」顎を引いて桜場は言った。「これは謂わば……、骨っこよ」
「すっかり犬扱いだな」嘆息と一緒に言葉を漏らした。
どうやらまだ耳にポップコーンが詰まっているらしい。僕の質疑には応答せず意味不明なことをのたまう桜庭に、痙攣する目蓋が眼球を疼かせて仕方がない。
「さあ齧りなさい」
「僕はお前の聞き分けのない耳を齧りたいよ」
「聞き分けの良い恩田君は、私の韜晦もすぐに気づきそうね」そう言って、桜庭は僕の鼻先にある携帯電話を一瞥する。「ちなみにこれ、ロジカルに味わうものなの」
あ、それと――ロジカルとデジタルって少しだけ似ているわね。と、最後に桜庭はそんな言葉を空気に昇華させた。
その瞬間、蕩尽していた思考が燎原の如く機能を取り戻した。
まずは僕のセクハラ発言を突っ込めよ――ふと湧き上がった桜庭に対する賞味期限切れの突っ込みは心の箪笥の隅にひとまず仕舞って――目の前に提示された携帯電話と、昇降口の空気へと昇華した桜庭の言葉を思考に関連づけさせる。
そして、桜庭灰霧という人格をそこへ加味したとき、答えは自ずと導き出されるわけだけど……。
「いや、まさか……、お前撮ってた?」
それでも、僕の口からひりだされるのは、困惑のオブラートで包まれた上擦った現実。
しかし、否定も肯定もしない起伏を損なわせた桜庭の表情が、その不確定な要因に地に足を着かせる。