感情複合バッドステータス18
揃姉の言葉に軽い機知感を覚えつつ、僕は廊下へと足を運ぶ。
そして、廊下へと差し掛かろうとしたそのとき、
「ときどき、お前は嫁への配慮に欠けることがある」ふと、揃姉がそんな呟きを漏らした。
振り返らずに鼓膜だけを反応させる。
思考は幼い日のありすを想起していた。
まだ、揃姉に嫁とも呼称されず。
まだ、僕に幼馴染とも定義されていない。
マンションのエントランス。挨拶を交え入居してきた旨を朗らかに伝える母親の後ろで、僕をやぶ睨みする名前も知らない女の子。
彼女の両手に抱えられていた人形が、ビスクドールだと教えられたその日の夜。その夜に付属して、怒っているような泣いているような、そんな顔の揃姉が海馬から抽出された。
「僕はいつだってあんな感じだよ」遡行し心の底で鬱血し始める白黒映像を言葉で融解させる。
「自覚はあるみたいだな。しかし、うかうかしているとお前はおいてけぼりだ」
口端に苦笑を宿らせたふうな声調で、僕の未来予想図を展開する揃姉。
まあ、揃姉がそんなことをするまでもなく。
既に僕はおいてけぼりなんだけど。
すわすわ、箆鮒に目を輝かせる女の子の成長は著しいようで。
まいったまいった。
「どうでも良いけど、フナってコイ目コイ科コイ亜科フナ属の魚なんだよね」
「何の話だ?」
「ちょっとだけ湿っぽい話し」首を旋回させたあと、そうおどけてみせる僕。
「意味がわからないな」胡乱に僕を眇め見ていた揃姉も、やがて目線を外しおもむろに首を旋回させた。それから、カップに唇を漸近させて、「お前も寝不足か」と泥濘とした液体に息を吹き掛けた。