感情複合バッドステータス8
「随分と、希望的観測な物言いだな」上目遣いで僕を見つめたまま、揃姉は言った。
僕は肩を竦めることで揃姉に応えた。とりあえず上手く笑えたとは思う。
しばらく、揃姉は僕への視線の投射を維持していたけれど、短い息を漏らしたあと、口の端を僅かに持ち上げその視線をフローリングに移行させた。
揃姉の目的は、言葉を投げ掛けることにより、僕の反応を促し、表情の変化を読み取る。その結果として、僕の言葉の信頼度を高めることに主眼があった。奇しくも僕の反応は概ね良好。まあその結果に至る起因は明確なわけで、不思議でもなんでもないんだが――現在僕は思春期というホルムアルデヒドに片足どころか全身浸っちゃっているわけです――心中はお察し下さい。とにかく、揃姉は僕の反応にご満悦の様子。さっきからちらちらと廊下のほうを振り向いている。まったく、見ているこっちがそわそわしちゃうぜ。この寂しがり屋さんめ。
というわけで僕が揃姉を観察していたとき、インターフォンが鳴った。
「僕が出るよ」立ち上がろうとした揃姉を制して、ホスト役を請け負う。
廊下へ出る間際に、室内に設置されている時計で時刻を確認。来訪用の体内時計でも特注していそうな正確さだ。つまり、奴が来るにはうってつけの時間。それに、インターフォンを連打する感覚も錆びついてはいないみたいで、いつもみたいにふつふつと苛立ちが込み上げてくるんですけど、まあ良いか。
廊下へ出て玄関子機を手に取る。
「こちらスネーク、飯はまだか?」
「いや普通に現地調達だろ」
僕の返事を最後に交信は途絶えた。ステルスなゲストを迎える気概は僕にはないぜ。
しかし、どうにもあいつ蛇に絡まれたり絡んだりする性質らしいな。無意識下に蛇を飼っているのが起因しているのかねえ。
思考を這い回る、夏の回顧を堰き止める。
前頭葉でのたまう悪魔が顎を小さく引いて赤い舌をひけらかす。
でしゃばるなよ――飼い主のとこにでも引き籠ってろ。
「開けろよカス」現実を開始したころに、幼馴染の苛立ちを内包した声。というか、苛ついてるのがあけすけだ。なんでこいつこんなにムカついてんの? あとでカルシウムとマグネシウムを贈呈しないと。
ドアチェーンを外し鍵の開錠をしてから、「入れよ」とセキュリティの無効化を幼馴染に親告すると、それから間を待たずにしてドアが勢い良く開かれた。
肩で息をする幼馴染と視線がかち合う。
久方ぶりの、朝っぱらからの対峙。
いつもと違うのは、こいつが多少色気づいたことか。
すっぴんがデフォルトなはずだったのにねえ――
僕の下世話な視線に気づいたのか、ありすは瞳孔を収束させ僕を睨みつけ、
「べ、別にあんたのためじゃないし」と、ツンデレ要素を加味した意味不明な言葉を解き放つ。
「あ、そう」某犀川先生ばりに僕もツンデレしてみた。