感情複合バッドステータス7
「お前、あとで手打ちな」
「寧ろ手篭めにされてーっす」
語尾にはぁとマークどころか、ついでに鳩までぶら下げていそうなおめでたい声調で、揃姉にアウトローな欲求を吐露する入間さん。そんな入間さんを、半ばフローリングに寄生している形の揃姉は、短く鼻息を漏らすことで一蹴する。
気まずさの予兆を一切殺した寸陰が僕に纏わりついて、牛乳を嚥下する旨を推奨していた。
大人しくその空気に従う。
火照った皮膚が、緩慢に正常で上書きされる。
一度身震いしたあと、コップをテーブルへ戻した。
「崇、どうした? 顔色が優れないようだが――」揃姉が訊ねる。
「気のせいじゃない?」そう嘯いてから、僕は一度首を竦めた。
目を細めながら揃姉はひとしきり僕を観察して、それから作業を再開する。「それで、入間。用件は済んだのか?」
「あ、はいはいそうでした。先輩、聞いていたんですよね? それで、私の考察どう思います?」
「出勤してから話す。あと入間……、不可抗力とは言え、民間人に饒舌なのは感心しない」
「う……、ごめんなさい」
揃姉は僕を一瞥したあと首を捻った。どうやら音量を抑えた入間さんの声を聞き取れなかった様子なので、謝罪している旨をそのまま伝えた。
「じゃあ弟さん。私はこれでお暇しますが、さっき話したこと、頭のゴミ箱にドロップアウトしてくださいね」
「いや、保存すらできていないので――」
冒頭に限ってのことだけどな。そこから先のことは、額から吹き出る汗が証明している。もちろんそれが、牛乳の冷却作用を凌駕しているのは明白ですな。心臓がカミングアウトしろって、今でも鐘を体内に響かせてるし。こういった揃姉と入間さんのやり取りは機知だが、だけど知っているからといって別に耐性がつくわけでもないのだ。
揃姉は存外にしてその耐性はついているみたいだけれど。
まあ腐れ縁という因果を踏襲すれば、僕とありすも似たようなものか――あいつも結構、辛辣にものを喋るときがあるからな。
「あっと、切る前に訊きたいことがあるんですけど、良いですかー?」
「はい、何でしょう?」
「不可抗力とかなんとかって先輩が言ってましたけど、もしかしたら私が掛けた電話って、弟さんのだったりします?」
「入間。お前は興奮すると視野狭窄に陥りやすいからな。大方酩酊した勢いで、登録されている名前を識別できなかったんだろ」僕の代わりに揃姉が応えた。
「え? 私酔ってませんけれど……」
「アイデアが浮かんだ状態は、酔っているのと近似してるんだよ」
「はぁ――そういうもんですかね。まぁ良いですけど。それじゃあ分かりやすくどちらかの登録を更新しておきますね」
「それではお二方、息災でー」と快活に入間さんは言って、通話を切断する。
「まったく、かしましい」嘆息をしてから、揃姉はそうフローリングに囁き掛ける。そして、おもむろに顔をこちらに向けて、「そういえば、今日も嫁は来ないのか?」と僕に問い掛けた。
我が姉ながら、上目遣いがコケティッシュで、萌えますな。
ふむ――入間さんが呼び水となりましたか。「ああ、多分――今日から来ると思うよ」