感情複合バッドステータス6
まるで拾われた仔犬みたいな底抜けに明るい声調に、思わず手のひらから携帯電話が零れそうになった。
携帯電話を持ち直して鼓膜へと漸近させようとしたが、その必要はなさそうだ。というか寧ろ、近づけたら聴覚障害を引き起こしそうな危うい声量である。顎を引きつつ、携帯電話をテーブルの上に載せる。その間も入間さんの『事件の考察』とやらは続いていた。だけど、如何せん戦闘機ばりの音速トークだったので、話の内容を把握するどころか単語を抽出することすら困難だ。せめて、レシプロ機並みに緩やかに飛んでほしい。
「――で、以上なんですけどー、って先輩、聞いてます?」
「今、ブラジル辺りだと思いますので、もうしばらくお待ちください」置いてけぼりな現状をシニカルに表現してみた。
「はぁ、ブラジルですか? まぁ良いですけどー。それで、先輩どう思います?」皮肉通じないし……。自我を貫き通す天然ものの個性に僕が手をこまねいているとき、入間さんは「おや?」と頓狂な声を上げる。「何か声、凛々しくないですか? 先輩。それ、もしかしたらイメチェンだったりします?」
イメチェンだったりするどころか、キャラもジョブもチェンジしてますが――
――というか、気づけよ。
「いや、入間さん。脈絡のないお話の途中で申し訳ないのですが……、僕ですよ」
「はぁ」と相槌的な返事をする入間さんに一泊置いてから、「いつも姉がお世話になっています」と、僕は言葉を上書きする。
「およ? もしかしたら先輩の弟さんですか?」ようやく、電波の終着駅が揃姉ではないことに気づく入間さん。「ああ、分かりました。先輩、まだ寝ているんでしょう?」
「いや、起きてますよ。今、床をワックス掛けしてます」
四つんばいでフローリングと格闘している揃姉を一瞥してから、携帯電話に視線を戻す。というか、入間さん。軽く推理を否定したのに、「なるほどっ! 忙しいから代わりに出てあげたんですね? しかし、朝から先輩をこき使うとは継母冥利につきますなー」などと僕の言葉をハブった挙句、新たな推理を披露してその上メルヘンを脚色する始末。
「じゃあ私が魔女役ですねー。履かせる靴は鉄下駄で決まりですね! 馬車の代わりは先輩のシトロエンで構いませんかー?」
それで興に乗ったのか、入間さんは勝手にシナリオを進行させてきた。茨のマイウェイだそりゃあ。
いやまあ、揃姉が傍にいないことを前提で話していると思うんだけど――しかし鋼鉄の姉君は、フローリングの上で青い炎を粛々と滾らせ中なんですけどね……。
「ああ――悪いがシンデレラ役は入間に譲るよ。シトロエンは元々私の物だからな。鉄下駄をもって迎えに来てやる……、待ってろ」
「あれ? 先輩、いたんですか?」悶死しそうな僕の心中に反して、入間さんは綽々な電波をゆんゆん送信する。「しかし先輩、今日はやけに乗りが良いですねー? 化粧の乗りは大丈夫ですかー?」
「お前に履かせる鉄下駄、じっくり温めてやんよ」嘆息を混合させた二酸化炭素を吐き出す揃姉。
「いやんっ。足の裏だけ――本能寺の変――みたいな! そんな先輩は亭主関白みたいな!」
誰が上手いことを言えとっ――