感情複合バッドステータス3
「そう――」僕の冗長な解説口調に反して、夢野さんの反応はシンプルだった。「あの子は元気だったかい?」
疎遠を垣間見せる質疑に僕が応えあぐねていると、夢野さんは朗らかに笑い声を上げて停滞した空気を弛緩させる。
「私の妹だよ」
「妹さんですか」
「チュパカブラちゃんと言ってね……、まあ良くできた自慢の妹さ」
「未確認生物を妹に持てば、そりゃあ自慢にもなりますけどね」まあ夢野先生の上半身はある意味稀有な存在ではあるけれど――脳裏にひりついた、たゆんたゆんがゆんゆんしている電波を頭を振って乖離させる。「初見で評価するのもなんですけど、まあ元気そうではありましたね」
「そいつは重畳だね。ところで恩田君、あの子と出会ったてことは、君は懊悩でも抱えていたのかい?」
それは、懊悩抱えまくりですけれどね……。
「いや、ちょっとした経緯があって因果を結ぶ関係になっただけですよ」事実を背景になんとなく嘯いてみる。「他人に内臓をひけらかす気概を持つほど、大した悩みはありませんから」
「まあ狂った人間が、自分が狂っているとは認識してないからね。往々にして、狂人は自分が正気であると常々錯覚しているものだよ。つまり主観的にアプローチするのではなく、客観的にアプローチされるのがここで必要になってくるわけだ」
「まあ慧眼ですこと」揶揄するように僕は言った。しかし僕の懊悩は狂人の心理と同義扱いですか……、少なくとも自覚はしてるんですけどねぇ。
「そう照れるなよ。健全な青少年であるところの、恩田崇君」くすりと、夢野さんは笑い声を漏らす。「経緯はどうあれ、チュパカブラちゃんと因果を結んだのは、恩田君にとってはプラスの補正に傾くとは思うよ。あの子、堅物そうに見えて実は色恋沙汰には手馴れていてね。気が向いたら相談してみるといい」
「ご高説痛みいりますにゃー」おどけてお茶を濁そうと試みる。
「お褒めに預かり恐悦至極でございますにゃん」と、夢野さんは僕の心理を汲んで乗ってきた。いや、本当――夢野さんの性能にはまいっちゃうであります。
「そういうことで、いささか変わり者だと思うけれども、今後ともチュパカブラちゃんをどーぞよろしく」
未確認生物に祭り上げられままの親族に憐憫の情を抱きつつ、携帯電話の向こう側の姉君に了承の意を示す伝播を送信した。
「あー、お姉さん、少しだけ真面目なお話ししちゃったからエロい気分なっちゃったな。ちょうど話題にも上がったことだし、チュパカブラちゃんのオッパイについて考察しようよー」
「どんだけ無軌道なんですか、あなたは……」
「エロのベクトルは常に変化しているのですよ」にゅははー、と年甲斐もなくきゃわいさを前面に押し出した笑い声を送信する夢野さん。その奇声にささやかな電子音が混入する。「おっと、アラートが私を呼んでいるぜ」
「そうですか。相変わらず多忙ですね」と、社交辞令を含んだ切断の合図。
「じゃあ恩田君。また電話するよ」
通信が切断されたことを鼓膜に認識させてから、僕は携帯電話を閉じる。
いささか変わり者だけど――ねぇ。
携帯電話を手の中で転がしながら、夢野先生のおっぱい、いや違う、性癖について考察してみた。
フロイト先生にでも聞いてみなきゃわかんねーや。思考が江戸っ子ふうにそんな答えを導き出した。まあ妥当なところだろう。
持て余したエネルギーを、携帯電話のサイドキーを押す作業に割り当てる。ふむ、良い時間になっているではないか。
今日も、弁当なしの方向で――




