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プロローグですらないメランコリー20

 エレベータでの密室。

 静かな稼動音と微かな息遣いだけが充填する箱の中で、僕とありすは大人しく密室にパックされている。

 横目でありすの様子を盗み見る。箱に飾られたビスクドールみたいに鼻先をツンと澄まして、ありすは虚空を見上げていた。一見、不機嫌そうな物腰だが、そこは幼馴染冥利に尽きるといったところか。ありすの呼吸を拾い上げる皮膚のセンサーは、満場一致でオールグリーンの信号を脊椎へ送信している。

 いい加減、お互いに唇も(ほぐ)れてきた頃だろう。そう僕は判断して、会話のキャッチボールを試みることにした。

「今日は、買い物にでも洒落込んでいたのか?」

「今日も、買い物にしゃれこうべよ。主にお財布が」

「骨までしゃぶりつくしているし……。どんだけ買い込んでるんだよお前。洋服だろ? それ――」

「まあね」肩に掛けている紙袋を一瞥して、ありすは僕を上目遣いで見る。「乙女を高めるツールとしては、足りないくらいだけど?」

 乙女のクローゼットは四次元にでも繋がっているのか?

「で、崇は?」

「マックで暴食祭りやってた」

「夕ご飯の前なのに?」

「昼食と夕食を兼ね備えた、ハイブリッドな食事だったのですよ」

 僕の粋な応答に、ありすは鼻息で感想を漏らす。

 路上での錯乱振りが嘘みたいなクールさだった。

 リハビリとしては及第点だな――幼馴染の反応を素直に評価する。

 自宅であるマンションまでの帰途。終始僕達は無言を貫いていた。だけど、お互いに会話を切り出す機会を窺っていたのは明らかで、水槽に漂う魚を連想させるように口だけはぱくぱくと有酸素運動を繰り返していたのである。まあ、ようするに僕達の関係はある日を境に錆びついたままだったけれど、再生不能に至るまでは劣化していないということ。しかし、逆説的に捉えるならば、このままの状態を維持していては酸化の進行は(とど)まることはなく、いずれは腐り落ちてしまう危うい状態だったといえるのかもしれない。

 だから、こうして会話をすることが劣化を食い止める最適な方法だと、お互い無意識に認識してはいたのだと思う。わりと平静を装って過ごしてみたけれど、やはり片割れがいないと僕達は成立しない。つまり、半身を失うという過程を得て、ようやく僕とありすはその考えに行き着いたわけだ。そのことに気づくまで、それなりの時間を消耗することになったけれど。

 有体に言えば、僕とありすはバタフライナイフのグリップみたいなもので、幼馴染というデリケートな部分を二人で覆っていたのかもしれない。

 それが、ふとした切っ掛けで分解して。

 デリケートな部分が露呈して。

 鋭利(デリケート)であったが故にそれは酸化して。

 かくして、

 恩田崇は夢枕ありすの恩田崇ではなく、

 夢枕ありすは恩田崇の夢枕ありすではなくなった。

 よくもまあ、今までの日々を安穏と過ごしていたものだ。

 なるほど。

 水色さんの存在が、()に大きなものだったということが再認識できる。

「というか、足痛いんですけど――」

 ありすの声に、眼球が現実の認識を開始する。

 スライド式のドアが、馬鹿みたいに開閉を繰り返していた。その中央にはありすが履いているミュールが、黒い存在感を強調していた。

「いや、ボタン押したら?」

「煩いなあ! とっとと表にでろぅい!」巻き舌でキレられた。

 半ば追い出される格好で、エレベータから通路へ這い出る僕。緩慢にドアが横にスライドする中、対面する幼馴染に向かって、どう言葉を紡ごうかと考えあぐねる。答えが導き出される前に、エレベータは再び密室を作り出そうとする。持て余した思考を嘆息に変換して、僕は踵を返した。

 揃姉の言葉が、瞼の裏でテロップを張り巡らしていた。

 ふむ、たまには僕から誘ってみるか――そう、ぼんやりと明日のプランを立てているとき、後方から歪な、そして泥濘とした音が漏れてきた。

 歩みを止め、後ろを振り返る。

 ドアの隙間から、黒髪に絡められた白い両手が這い出ていた。

 抵抗を覚えたドアは、ゆっくりとスライドしスリットへ収まる。

「いや、だからボタン押したら?」

「うるっさい!」歯軋りを立てながら、ありすは僕を睨みつける。「崇。お前、明日覚えてろよ」

「はあ」ありすのあまりの剣幕に思わず狼狽する僕。もちろん、口から出るのは相槌的な応答だけ。

「ああ、違う! そんなんじゃなくって! もうっ!」(かんばせ)の皮膚の体温を少しだけ上昇させて、ありすは大袈裟に(かぶり)を振る。しばらくシェイクしまくっているツインテールを呆気にとられて眺めていると、二匹の大蛇を連想させるそれはやがて大人しくなった。すっかりホラーの様相を呈しているありすさん。唇に髪を数本絡めながら僕を真っ直ぐに見据えて、「とにかく、明日、首を洗って、待ってろ、馬鹿!」まるで咽頭からオレンジの果汁を搾り出すかのような声調で一語一句言葉を噛み締める。

『明日、迎えに来るから』とまあこんなところか。希望的観測だけれど、恐らく誤差は生じていないはず。

 ざわめくものを胸に仕舞って、僕は無言で首肯することで幼馴染に応えた。

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