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プロローグですらないメランコリー17

「すけあくろー、遅かったな」

「莉鈴さんに同じ」

 ゆるい音楽に混じって、僕を苛む莉鈴と桜庭の声が重なる。

 二人は僕に背中を向けたままだった。炬燵の中に潜んでいる猫みたいにごそごそと肩を蠢かせている莉鈴を桜庭は無表情に見下ろしていた。ようするに、僕なんか眼中にないという物腰を彼女達は提示してたというわけ。莉鈴の場合は携帯型ゲーム機にお熱なんだろうけれど、こと桜庭に至っては僕に課したミッションがやっつけ仕事だということを暗に示していることの表れだろう。

 タッチペンをあくせくディスプレイに走らせている莉鈴を横目に、僕は嘆息しながら彼女の隣りに腰を下ろす。僕と莉鈴のニッチを埋めるように桜庭は納まっていて、ときどき短い声を上げながら莉鈴と一緒に遊戯を嗜んでいた。相変わらず(かんばせ)に変化は見受けられないものの、愉しんでいる雰囲気はなんとなくわかる。

 しばらくバンズとパティの良好な関係を維持した。

 やがて携帯型ゲーム機から流れていたゆるい音楽は電子の世界に閉じ込められ、外部から漏れる運動部の声が次第に鮮明になる。『お疲れっした!』、と野太い周波数。それに呼応するように桜庭は咽を鳴した。「それじゃ、帰ろうか」

「そうだな」首肯してから、莉鈴は僕を見て頬をほころばせる。「莉鈴は腹ペコだ」

「僕のほうが腹ペコだっつーの」僕は苦笑を浮かべた。「レシートしか財布に入ってないから、買い食いはできません」

 いっそ腹にベコでも飼ってなさい。非常食に。

「何なら奢りますけど?」

「どうしたんですか? 桜庭さん、やけに慇懃ですけど」

「うーん――」桜庭は、セルフレームの中央に人差し指を当て目を細める。そして、首を傾げて僕を見下ろす。「労い?」

「いや、僕に訊くなよ」

「じゃあ、打ち上げ?」

「何の?」

「じゃあ底上げ」

「何を?」

「厭?」

 桜庭は僕を見下ろしたまま、目蓋をそっと伏せる。半ば虚を突かれた形の僕は、人間であることを忘れ桜庭の睫毛の長さを測るメジャーに変じる。しかし遺憾ながら睫毛の震えを計測するのは不可能だった。そういえば桜庭に買い食いに誘われるのはこれが初めてだな。ありすか水色さんに誘われるのがデフォルトだったし。もっとも水色さんと付き合い出してからは、ありすとのその交友は途絶えたけれど。

 おっと駄目だ――甘酸っぱい思い出に埋没しそうになる。

「そういえば桜庭。お前、ありすに変なこと吹き込んでないだろうな?」

「約束したから。私の提案に、君は応えてくれたでしょう?」

 逆に聞き返された。

 僕が無言でいると、桜庭は『いのちは大事に』、と静かに呟く。それから「余計なことは言っていない」、と一言。

「明日が楽しみだわ」

「どういう意味だそれ?」突然な物言いに、思わずすっとんきょうな声を上げる僕。やっぱり何か仕込んでるよ桜庭。

「じゃあ帰りましょう莉鈴さん」

「そうだなー。莉鈴は肉が食べたい」

「バンズで挟んだパティで良い?」

「というか僕、外連味かまされてるし」

「行かないの?」

「いや、そういうことじゃなくて――」僕はひとしきり嘆息したあと、椅子から腰を浮かせる。「あぁ、もう。どうでも良いや。悪いが桜庭、僕は昼間から何も食べてないんだ。だから、そこんとこよろしく」

「しこたま食べなさいな」

 頬をほころばせて桜庭は首肯した。

 一瞬だけ血行が良く見えたのは、錯覚だよな?

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