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プロローグですらないメランコリー10

「不思議――」桜庭灰霧(かいむ)はそう囁いたあと、栞を挿めて文庫本をそっと閉じる。「どうしてかしら?」

「ティンダロスの猟犬のこと?」

 黒いセルフレームに人差し指を添えた桜庭は、不思議そうに首を傾げた。

「栞の位置」机に載せられている文庫本を、僕は顎で指し示す。「いま、そこら辺じゃないの?」

「ああ――」と、首肯する桜庭。「そうね。でも残念、恩田くん。私が話したいのはそれじゃない」

「あ、そう。そういう話しじゃないんだ」

 椅子に腰を沈めた僕は、パンツのポケットに両腕を滑り込ませる。

 外に顔を向け、飛行機雲の軌跡を追った。その僕の姿を、廊下の硝子が冷たく反射していて、細長い無数の影がそこに同化しようと這い寄ってくる。否応なく、一日の終わりを認識させられる瞬間。

 放課後。

 僕と桜庭は黄昏に沈んでいた。

 僕が黙っていると、桜庭は再び文庫本を手にとり、そして俯く。桜庭が(ページ)を繰る姿を硝子越しから大人しく眺める。

 聞こえるのは、紙が擦れる静かな音と僕たちが繰り返す小さな息遣い。

 そこはとても静謐(せいひつ)に溢れている。

「それで、不思議って一体何のことだよ?」

 桜庭の横顔に見惚(みと)れていた自分を認めたくなかった僕のその問いは、自然と蓮っ葉な口調になってしまった。思わず僕は硝子から視線を外す。

「うん――」文庫本を閉じる乾いた音が空気に震えた。「どうして私たちには声が掛からないのかと思って。私にはそれが不思議」

「声って、誰から?」

「決まっている――」

 と。そこで桜庭は言葉を切った。

 しばらく待ってみたけれど、桜庭はそこから言葉を紡ごうとはしない。僕は肩を竦めたあと、窓硝子を介して桜庭の様子をそっと窺う。桜庭は僕の横顔を眺めていた。両手を組んで、組まれた手の甲に顎を載せて、じっと僕を見つめていた。

「何だよ?」と、おもむろに桜庭のほうへと振り返る僕。もちろん、その口調は蓮っ葉なことこの上ない。

 桜庭と視線が重なる。

 それを合図にして、ペーパーナイフで手紙を開封したような、僅かに薄く開かれた桜庭の唇から静かな息が漏れる。仄かに甘い匂いのする吐息に思わず眉を(しか)め、かろうじて拾い上げた桜庭の言葉(かじつ)を僕は反芻(そしゃく)する。

 軽い疼痛を僕は覚えた。

 こいつ本気で言ってるのか、という気持ちが半分。

 こいつなら本気で言いそうだ、という気持ちが半分。

 だけど、いずれにせよその言葉が桜庭灰霧という個性を如実に表しているのは明らかだった。冗談にしろ本気にしろ頭が痛くなるのは至極当然のことだ。

 やれやれ、と僕は方を竦める。

「私たち、ってことはさ――」嘆息をしつつ、僕は再び外のほうへと顔を向ける。「もしかしたら、僕もその中に含まれている?」

「当然」

「あ、そうっすか」

 まったく、やれやれだ……、本当に。

 正直、項垂れたい気持ちで心が一杯だ。

 どうしてこんな奴を、僕は友達に持ったのだろうかと思う。

 そう思いながら桜庭との馴れ初めを回想――苦笑。

 ああ、そうだった、こいつはこんなやつだったな、と再認識。

 改めて桜庭の漏らした吐息から件の異物(ことば)を抽出する。

 ああ、ヤバイ笑えてきた。

 やっぱ本気で言ってるよこいつ。

 まったく……、甚だすっぱいことこの上ない。

 桜庭灰霧が転がした果実(ことば)

 僕が拾い上げた異物(ことば)

 それは。

 ――秘密結社だった。

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