オポチュニティ
火星、いつか行ってみたいですね。
火星探査機「オポチュニティ」から今日もまた画像が送られてくる。オポチュニティにとって最後の任務。 私にとっても最後の任務だ。
オポチュニティの担当になったのは今から6年前、2014年のことだった。それ以来、送られてくる画像を審査し、レポートを書く。何か新しい発見があれば報告するが、そんなことは滅多にない。
単調な日々。
だが、それも今日で終わりだ。
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今日、火星で初の有人探査が行われる。オポチュニティは着陸ポイントから大きくずれたアキダリア平原に今いるため、探査に加わることはない。そのまま動かさなければ、太陽光パネルに砂が積もって、少なくとも1年後には見えなくなっていることだろう。
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着陸はうまくいっていた。着陸地点を西に3キロずれただけで。飛行士全員がキリストと開発所員に感謝し、キャプテンが赤い砂が永遠に続くかと思わせる砂漠に、着陸船から降りた。「言う言葉が思いつかないほど、美しく、危険な場所だ」
これは彼の墓石に刻まれるだろう。
オポチュニティから画像が送られてきた。私は顔をディスプレイに向け、マウスを走らせた。
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何か変だ。
送られてきているのは3枚。いつもは何10枚もあるはずなのに。それに、送信してくる時間がいつもと違う。私は画像を見た。
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1枚目は、何の変哲もない火星の砂漠が写っている。
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2枚目は、ただ空が写っている。
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3枚目。
3枚目は、男が写っている。ちょうど逆光で、シルエットしか分からない。ひょっとしたら、ただの石かもしれない。ただ、全神経がそうでないことを警告している。私は事務局長のもとへ急いだ。
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「これが、男のシルエットだというのか?」事務局長はその厳しい顔で、ただそう告げた。
「ええ。これは明らかに、男です。もしくは、女かもしれませんが、私たちがまだ知らない種族でしょう。宇宙服もなしに、外に出てるなんて!」
私はヒステリーを起こしていた。心臓の動悸が相手に聞こえそうなほど高まり、目の前がくらくらする。
「宇宙服も着ないで、外に出るなんて!」
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沈黙を破ったのは、事務局長の笑い声だった。彼は心底おかしい、たまらないといった風に笑っていた。
「今日は君の誕生日だろう? あの位置情報を見ろ、探査機は着陸船のそばにいるよ。サプライズだ」といって、壁に取り付けらえたモニターを指差していった。
「なんで」
「驚かせようと思って。オポチュニティは今日すべての任務を終了するだろう? 最後の写真は、ただの砂漠じゃないほうがいい」
「でも、どうやって着陸船をオポチュニティのそばに?」
「いや、私もそれほどの権力はないよ。オポチュニティを動かしただけだ。それに、着陸するところは秘密だったからね」秘密、というのは、もし万が一、着陸に失敗してクルー全員が死亡するなんて事態になったとき、そこを特定されたら困るからだ。
「はあ、ではどうやってオポチュニティを?」
「ロケットの資料をコピーしたんだ」そういって彼は手元のUSBを指でいじくった。「ロケットの進路がわかれば、どこらへんに着陸するかは、優秀な頭と」彼は自分の頭を指差して笑った。「スーパーコンピューターがあれば楽勝だったよ」
私は泣きそうになったが、それを必死で我慢し、事務局長に礼を言った。
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この仕事も、正直悪くなかった。日々火星の写真が送られてきて、オポチュニティと会話をする毎日。平穏で単調な生活に、自分のデスクに別れを告げるのが悲しかった。だが、別れは必ずあるものだ。
今日、人類は火星に着陸したが、今日、私の友人が、息をひきとる。火星の星空のもとで、誰にも邪魔されることなく。私はためいきをつき、オポチュニティの写真に人差し指で触れ、その手を自分の額につけた。
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事務局長は、パソコンの前に座った。監視カメラでオポチュニティ担当の老人の後ろ姿を見ながら、電話をする。
「ええ、すべてうまくいきました。ええ、その位置情報を追ってください。地球には、帰還船で。ええ、わかりました」それだけ言うと、彼は電話を切り、自分の椅子に深く座った。
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あの老人に言わなかったことがある。彼のためにオポチュニティをそこに行かせたのではないこと、そして自分の頭とスーパーコンピューターとでオポチュニティを動かしたのではなく、他の、もっと賢く、高潔な「彼ら」の頭を使った。これから、「彼ら」が「人々」と呼ばれることとなり、人類は奴隷として、「あれ」と呼ばれるだろう。
この私以外は。
事務局長はにやりと笑うと、今火星の上で「彼ら」にリンチに挙げられている飛行士のことを思い浮かべ、そしてあと2ヶ月後に地球に来る、「彼ら」に想像を膨らまし、心底おかしい、といったふうに笑い出した。