8
コホン。
咳ばらいを一つ。僕は問うた。
「クーは獣人なのかな?」
刹那に生きる男――――それが僕だ。
一瞬前に倫理的にちょっとやばそうなことを叫んでいた人がいたとしても気にしない。
「ん。そう。……クーは狼人」
「へー狼人なんだ。……ところで頭を撫でてもいいかな?」
巧妙かつ迂遠かつ知的に完璧に『頭を撫でていいか』という旨の質問をする予定だったのだけど、欲望に負けた。
「……ん。クー勝負に負けた。キーが望むなら」
霧崎の『キ』をとってキーか。彼女は僕のことをそう呼ぶことにしたらしい。
勝負とは『ジェンガ』のことだろう。
「では、遠慮なく」
許可が下りたところで差し出された頭を撫で始める。
モフ。モフ。モフ。
極上の触り心地。まさに至高。
人生で為さなければならないことのうちの一つを為したと言えるだろう。
クーも気持ちよさそうにのどを鳴らし、尻尾をぶんぶんとリズミカルに振っている。
「ありがとう」
「……ん。どういたしまして」
「それでクーはどうしてギルドに?」
「……用事があってきたけど、待たされてる」
僕は依頼の受付とか親の付き添いかなと納得する。
『待たされている』といえば僕もそうだったことを今更ながら思い出した。
すでに結構な時間を潰したと思ったが、周りを見渡しても僕の待ち人らしき人はいない。
待ち人――――つまりは僕のパーティーメンバーになる人物なのだけど。
今酒場にいるのは、僕とクーの他は、『フフフ。これで更なる獲物を斬って、斬って……フフフ』と呟きを漏らしながら剣を磨いている金髪ポニーテールの女剣士と、一人で杖を振り回してポーズをとりながら騒いでいる青い髪の魔法使いっぽい恰好をした少女がいるだけだ。
……ここは相変わらずカオスだな。
まあシーラさんが選んだ人なのだからここまで変な人ではないだろう。
「パーティー結成の件でお待ちの皆様、お待たせしました。こちらの部屋へどうぞ」
案内の声に立ちあがると、同時にクーも立った。剣士と魔法使いも立ちあがった。
――――嘘だろ……ッ!?
僕は嫌な予感に苛まれながら案内に従った。
結局というかやはりというか、シーラさんが僕に組ませたかったのはクーと剣士と魔法使いの三人だった。
魔法使いの少女が部屋に入ってすぐにシーラさんに抗議し始めた。
「シーちゃん、マジッスか!? こんな人たちと組めっていうんですか? ロリっ子とロリコンと異常者じゃないッスか!」
「クーが子供であるのとそこの女剣士さんが異常者っぽいのは認めるが、僕はロリコンなんかじゃないよ」
ロリコンだと思われているのは心外なので否定しておく。
「……ん。クーは子供じゃない」
「いや獣人の君は子供にしか見えないし、そこの君も明らかにロリコンだろう。君もまともには見えないがな。さっき杖を振り回して騒いでいたじゃないか。だいたいボクのようなまともな人間に対して異常者とは失礼だよ」
今度は女剣士さんが怒って言った。
「そういう貴方が一番やばそうでしたよ。笑いながら剣を磨いていましたよね。……あと僕はロリコンじゃないですよ」
これは僕。
「でもあなたも『うひょぉおお! ケモッ娘少女きたぁああ』って叫んでたッスよね?」
と魔法使いさんが言うが、僕もそれを言われると弱い。
「皆さん落ち着いてください。これはバウムガルテン氏の条件でもあります」
そういって場を静めたのはシーラさんだ。
「ガルトちゃんの?」
「はい。キリサキさんには申し訳ないのですが、貴方にパーティーを組んでもらうという話を昨日の夜に話したら他のメンバーもあそこの家に住まわせろと言い始めまして」
「……僕は構いませんけど」
僕は住まわせてもらっている身だし、シーラさんが選んだ人達なのだから多少クセが強くとも信用はできるのだろう。言いたいことはあるが異論はない。
「何の話ッスか?」
僕以外の三人は何のことかわからないらしく、怪訝そうにしているのを魔法使いが代表してシーラさんに質問した。
「バウムガルテン商業ギルドのギルド長、ガルトラウト・バウムガルテン氏がパーティー結成の暁にはパーティーメンバーに住居を提供すると」
「マジッスか!? だったらパーティーに入るッス」
「……ん。クーも」
「む。宿代を浮かせばその分良い剣が買えるか。うん、ボクも参加させてもらおう」
急にパーティー参加の表明をする三人。
基本的に宿屋に宿泊することの多い冒険者にとって宿代が浮かせられるというのはそれだけ魅力的に映るということだろう。
「ではこの四名でパーティーを結成します。ギルド名はどうしますか?」
「僕は何でもいいですよ」
「……ん。クーも」
「ボクもなんでもいいよ」
「ではでは自分が決めてもいいッスかね? じゃあ『暗き闇を纏いし漆黒の黒魔術師団』ってのはどうッスか?」
「却下。まず僕は黒魔術師じゃあないし」
「……ん。くどい」
「ボクもイヤだよ。そんな恥ずかしいのは」
「グサッ。心に酷い傷を負わされたッス!さっき何でもいいって言ってたじゃないッスか! ……これならどうッスか冒険者の神『銀色狼フィネス』にちなんで『銀狼団』というのは?」
「......まあ狼人のクーとも相性のよさそうで、神の恩恵も期待できる。いいんじゃないかな」
すでに僕は神の恩恵が馬鹿にできないことを身をもって体験している。
他の二人からも異論は出なかった。
「では『銀狼団』の名前でギルドに書類を提出しておきますね。ここからはギルドの職員としての提案ではないのですが、キリサキさん屋敷の案内と自己紹介をして親睦を深めるというのはいかがでしょう?」
そういえばまだクー以外は名前も聞いていなかった。
それにパーティーの役割とかを決める必要もある。
「そうですね。とりあえず屋敷に行きましょうか。では僕に着いて来てください」
そういって僕は仲間たちを屋敷へと案内する。
といっても屋敷はギルドから出て徒歩1分。職場に近い良い物件です。
「ここがそうです。中も僕が案内した方が良いんでしょうが、なにせ僕も昨日から住み始めたばかりでして。空き部屋はいくらでもありますから好きな部屋を使ってください。とりあえず自己紹介でもしましょう」
鍵を開けながらそう言いリビングへ案内する。
「さてでは名前、年齢、ポジション、あとは特技とか?……まあ適当に自己紹介しましょう。僕は霧崎勇人16歳。実は異世界で死んで女神様の力によって転生した勇者です……一応。特技というか能力は見せた方が早いですね」
信じると決めたなら出し惜しみしていてもしょうがない。
適当な物を出し入れして『非生物収容能力』を見せたり、石に『魔導付与能力』で『火』のルーンを刻んで発熱させたり、木材から『道具製作能力』でジェンガを作ったりして見せる。
「おお! 転生した勇者というのは設定だとしても便利な能力ッスね!」
「……ん。便利」
「荷物を持つ必要が無いっていうのはいいね」
勇者であることは信じてもらえなかったみたいだけど、そこはまあおいおい信じてもらえばいいだろう。
「ポジションは状況に合わせて適当に」
「……次はクーの番。クーはクーレ。13歳。壁役希望。クーは狼人だから力持ち。いつもは大きな剣で戦ってる。剣はギルドに置いてる。……キー、重い剣みたいなの作れる?」
質問の意図は分からないけど、とりあえず石でそれっぽい物をつくる。普通の剣よりも重く、重心も適当だ。
しかし、クーは何度か握りを確かめるとぶんぶんと剣を凄い速さで振り始めたではないか。
「……ん。終わり」
クーが僕に剣を返して自己紹介を終えると、今度は魔法使いさんが黒い帽子から青い髪を揺らしながら、元気よく手を挙げた。
「はい、はーい! 次自分がやるッス、自己紹介! 年は16、名前はセラフィーナッス。セラって呼んでくださいッス。『聖邪の鬼才』とは自分のことッス!! 主に回復魔法と阻害系の魔法が得意ッス。後衛希望ッス」
実は最近、僕も回復手段を見つけたのだけどパーティー内にヒーラーがいるというのは安定感があってよさそうだ。後でどんな魔法が使えるか詳しく聞いておこう。
「その『聖邪の鬼才』というのは魔法使いの称号なんですか?」
「いえ自分で考えたアタシの称号ッス。かっこいいッスよね!」
「さっきから時々変なポーズをとっているのには?」
「変じゃないッス! かっこいいポーズッス」
「なるほど」
よしこの子はアホと認識しておこう。
青い髪と黒で統一された魔法使いっぽい服装ところころと変わる表情がマッチしていて可愛らしいが、アホだ。
「最後はボクだね。名前はルシア、17歳だよ。見ての通りの剣士だから前衛だね。趣味は剣を磨くことかな。夢は『全てを切り裂く神の一撃』をこの身に宿すこと。……いやこれはボクの夢というか一族の野望かな。フフ......最強の剣士......」
よし、この人はバカと認識しておこう。剣術バカだ。
とても整った顔立ちと綺麗な金髪が相まって近寄りがたいほどの美人だが、バカだ。
ん? クーの描写が足りない?
何を言っている。クーは僕の妹だよ? 可愛くないはずがない。可愛いに決まっているさ。
……失礼。ちょっと混乱した。
クーは幼さの残るあどけない表情と純真無垢な瞳がたまらなく可愛いケモ耳ロリっ子だ。ロリだがそれが……ゲフンゲフン。
僕とアホの子と剣術バカとロリっ子。これが『銀狼団』のメンバー。
……まともなのは僕だけか。まったく、これからが思いやられるよ。