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「冒険者ギルドの東にある赤い屋根の家。……家!?」
ギルドの東には確かに赤い屋根の建物があった。
ただし、家というのは表現上の祖語があると思う。それは屋敷だった。
僕は開かないで欲しいと願いながらも屋敷の扉に鍵を差し込み回す。
ガチャン。
……なんてこった、開いちゃったよ。
「ここでも大きな借りができちゃったな」
屋敷は二階建てで普通の一軒家の数倍の部屋数があり、その各部屋には生活するのに不便のないだけの家具一式が備え付けられていた。
さらにだだっ広い地下室の壁一面には本棚が敷き詰められていて、数える気にもならないほどの本が収められていた。
正直なところここまで大きな屋敷を貰っても持て余してしまうが、冒険者ギルドにある種の贔屓をしてもらって部屋を借りている身としてはありがたい。
一通り屋敷の中を拝見してまわった僕はシーラさんに会いに冒険者ギルドに向かった。
「こんにちは、キリサキさん。あの方との会談はどうでした?」
「バウムガルテンの方というのが組合長だというのは聞いていませんでしたが、興味深い話が聞けました」
二百年前の話とか。吸血鬼の話とか。
「さきにあの方の肩書を言っていたら、キリサキさん会うのを拒否しそうだと思いまして」
「むむむ、なるほど」
それはすごくあり得る可能性だと思い、つい納得してしまった。
「あとガルトちゃんからそこの屋敷の鍵を貰いました」
「はぁー。あの方のやることはいつも極端なんですよね」
やれやれとため息を吐くシーラさん。
「それにしてもキリサキさん。あの方のことをガルトちゃんと呼んでいるのですか?」
「そう呼ぶようにいわれたので」
「そうなんですか。ずいぶんと親しくなったんですね。ええ、本当にずいぶんと」
あれ、なんか怒ってる?
「……どうかしましたか?」
「いえ、別に。何も気にしてませんよ。ほんの少しも。確かにあの方は私なんかよりもよっぽど親しみやすい人でしょうしね」
いや、これはどちらかというと……。
拗ねてる?
「そんなことはないよ……シーラちゃん。……………………ぐぁああ。恥ずか死ぬ……ッ」
自爆。
「フフ。冗談ですよキリサキさん。死なれても困るのでいつも通りにして下さい」
珍しく機嫌よさそうに笑いながら、悶える僕に言った。
「そうさせてもらいます」
本当に死にかねない。主に精神がね。
「話は変わりますが、明日から貴方にはパーティを組んでもらいます」
「……」
「明日から――――」
「いえ、聞こえてますけど……」
冒険者ギルドのシステムの一つにパーティーというものがある。
複数人でパーティーを組み、共に依頼を受けるのだ。
「これまでの依頼――――採集依頼や危険の少ないモンスターとの戦いでしたが、これからは危険のある依頼も受けることもあるでしょう」
「まあ、そうですね」
僕は冒険者だ。より強いモンスターと戦い倒したいという希望は勿論ある。
「『スライム』を例に挙げれば、『スライム』による死者のうち九割がソロの冒険者です。つまり――――」
「パーティーを組むことによってリスクを大幅に減らすことができる?」
「はい。貴方が死ぬ可能性を減らすことが私の仕事ですから」
彼女の命令なら僕としては従うつもりだし、その必要があるのもわかるけど、
「正直気は進みませんよ。僕の能力はあまり知られない方が良いんじゃないですか?」
だいたい僕は協調性が少ないし。
「勿論、信用のおける方と組んでいただきます」
「ただし、善人かは保証できない?」
ガルトちゃんを紹介された時にそんなことを言っていた。
「いえ今回は善人であることも保証できますよ」
やけに含みのある言い方だと思ったが、僕は追及しなかった。
もし追及していたら、このような意味の言葉を続けたことだろう。
――――ただし、まともかどうかは保証できません。
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次の日、僕は家から出社……出ギルドすると酒場で待つように言われた。
できるだけ隅っこの席に座って、朝食の代わりになる物を注文し手に持っていたバッグを下に置く。
このバッグはカモフラージュのようなものだ。
僕はバッグに手を入れて非生物収集能力からある物を取り出す。こうすることで、さもバッグの中から取り出したように見える。
僕は取り出したものを机の上に並べる。それはいわゆる『ジェンガ』だった。
せっかくこの街で最強の商業ギルドの長と知り合えたので、何かでその伝手を活かして一儲けできないかと考えた結果だった。
とはいえ僕は所詮、大した技能もないただの学生だった身。前世の知識を活かそうにも機械類は知識も材料もない。
その結果、思いついたのが玩具ぐらいしかなかったのだ。
まず玩具シリーズの第一弾としてとりあえず作ってみたのが『ジェンガ』だった。
道具製作能力は複雑なものは作れない代わりに、この程度の単純なものはたやすく作れるのだ。
『ジェンガ』を並べた僕はゲームに興じ始めた。
これはただ遊んでいるのではない。流石に細かなサイズや重量、手触りなどは微調整が必要なので、それを確かめるための実験だ。
「……♪」
鼻歌混じりに一人で遊び始めた……いや実験を行い始めた僕だったが、
「……ん?」
「……あれれ?」
……一向にゲームが終わらない。
既に途中から趣旨を変え、一手づついかにして勝つかだけを考えているというのに、タワーは奇跡的なバランスの元堂々と直立していた。その高さはゲーム開始時の倍程度になっている。
「ふむ」
埒が明かないと考えた僕はいったんタワーを崩して再構築して仕切りなおす。
もう一度やってみて同じなら調整の必要があるか。いやその前に他の人の意見も聞いてみるべきかな。
そんなことを思いながら始めた二回戦。
僕がタワーからパーツを抜き取る前に抜き取る者がいた。すっと抜いて上に置く。
その様子を見て僕は確信する。
――――こいつできる……ッ!!
丁度テストケースが欲しかったところだ。いいだろう勝負だ。
「……む」
「…………むむ」
「………………むむむ」
僕が十手先百手先を読んで行動しているというのに、対戦者はその全てを動物的ともいえる勘でそのことごとくを返してくる。
しかし……これでどうだ!?
一人でやっていた時に積み上げた塔が調和の中によって造られた限界だとすれば、今回は混沌に紛れた限界。
捻じれ歪んだ塔はすでに引き抜けるパーツなど存在しない。
勘ではどうしよもない局面。そうなるように僕が仕組んだ。
相手は何度か探るかのようにタワーに手を伸ばしかけたが、やがて諦めたように手を引っ込めて呟いた。
「ん。……負けた」
僕は敗北宣言を聞き勝利を堪能したところで初めて対戦者を見た。
正直もっと早く見ておけと自分のことながら思いもしたが、案外ガルトちゃんに話した『発作的にアホになるという奇病』を本気で患っているのかもしれない。勝負に熱中し過ぎてた。
「子供?」
対戦者はフードを目深にかぶっていたが、その背格好と声から少女のものと類推できた。
ここで勘違いしてほしくないのだが、僕はロリコンではない。
よって少女が目の前にいるからと言って必ずしも喜ぶわけではないのだ。
「ん。……クーは子供じゃ……ない」
「そうなんだ。ごめんね。僕は霧崎勇人っていうんだ。君はクーちゃんでいいのかな」
僕が問うと少女はローブを脱いで、名乗った。
「ん。……クーは、クーレ。呼ぶときはクー。……ちゃん付けは駄目」
少女――――クーとなのった彼女の銀髪の頭には可愛らしい耳が付いていた。イヌ科の動物のものと思わしきケモ耳が。
それを見た僕は、
「うひょぉおお! ケモッ娘少女きたぁああ」
右手を上に突き上げて飛び跳ねた。