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「僕に紹介したい人がいる?」


「ええ。バウムガルテン商業ギルドの方です」


「商業ギルドですか?」


「商業ギルドは、商人の方たちの組合です。取り扱う商品や規模でいくつかの組合に分かれていますが、この街ではバウムガルテン商業ギルドが最も大きいギルドです。そのギルドのある方に貴方の話をしたらぜひ会いたいと」


「善人かどうかは判断しかねますが、信頼はできる人です」


 そんな大きな組織の人と会うとなると緊張するが、彼女が信頼できるというなら会ってみよう。


「ぜひお願いします。僕はいつでも行けますけど、いつ行けばいいですか?」


「ではお手数ですが、明日伺ってもらえますか?」


「わかりました」


 そんな会話が昨日あった。


 よって一夜明けた今日、僕は商業区に来ていた。

 冒険者ギルドは西にあり、冒険者は街の西門を使って出入りすることになっている。

 それに対し商業区は街の東にあり、商人は東門を使って出入りする。

 地図によるとバウムガルテン商業ギルドは商業区の最東端に位置している。これは最も門に近い立地を抑えるだけの力をバウムガルテン商業ギルドが持っているということだ。


 商業区は冒険者ギルド付近とは雰囲気がまるっきり違った。

 カンカンという金槌の音。走り回る小僧の姿。お互いの声の大きさを競うように行われる商人の値段交渉。溢れんばかりに荷を積み上げられた荷馬車。

 喧騒に喧騒を重ねて混沌とした猥雑な雰囲気だ。しかしそこには活力が溢れていた。


「まるで別世界だ」


 いや、実際僕の居た世界とは違うんだった。丁度目の前を足が八本もある馬が荷車を引いて歩いていった。

 喧騒は僕が歩みを進めるほど大きくなっていき、一番大きくなった所が僕の目的地だった。


「これは……やばいな」


 大きいとは思っていたが……ここまでとは。商業ギルドは見上げると首が痛くなるほど高く、その門からは絶えず馬車が出入りしている。

 そんな商業ギルドの威容に気圧されながらも僕は中に入った。中も人とモノが詰め込まれていて、進むのも大変なほどだ。


「失礼。冒険者ギルドのシーラさんの紹介で来た霧崎勇人です」


 僕は次々と運び込まれる荷物を見事な手際で捌いている、堂々たる偉丈夫に話しかけた。


「ああ? 誰の紹介だって?」


 周りの雑音のせいで声が聞こえずらいようだ。


「シーラさんの紹介です」


 今度は声を張り上げて答える。

 すると一瞬前までの喧騒が嘘のように周りが静まり返った。


 ――――今シーラさんって言わなかった?

 ――――シーラさんってあの?

 ――――俺も聞いたぞ。

 ――――うん確かに聞こえたわ。

 ――――あの伝説のシーラさん?

 ――――おい、みんな。失礼がないようにな。


 今度はそんなひそひそ声が蔓延する。

 今誰か『伝説のシーラさん』って言わなかった?

 ……何者なんだシーラさん。


「……ええと?」


「し、失礼しました! こちらです」


 身長が二メートル近くもある男が恐縮しきっている様子は滑稽ですらあったが、それが僕の緊張を高める原因にもなった。

 男に追従していくとギルドの最奥(ギルドはいくつかの道をぶち抜きで作られていて、奥ゆきも半端じゃなかった)の大きな扉の前まで連れていかれた。

 偉丈夫が背筋を伸ばしてノックをしながら声を張り上げる。


「シーラさんのお知り合いの方をお連れしました」


 すると数秒の時間をおいて返事があった。


「ああ、そういえばそんな話をしたのじゃったな。よし通すのじゃ」


 そんな古臭いというか変わった口調で答えたのはしたったらずな少女の声だった。

 しかし、僕が疑問を持つ前に偉丈夫が扉を開け、半ば押し込まれるような形で部屋の中に入れられた。


「我こそはガルトラウト・ガウムガルテン。このガウムガルテン商業ギルドの長なのじゃ。以後お見知りおきを、なのじゃ」


 一目見て高価だと分かる調度品の数々に囲まれて、部屋の中心で傲岸不遜に名乗りを挙げたのは金髪金眼の少女だった。

 見た目に不釣り合いな深い知性を宿した瞳で僕を見据えた。


「やはり黒髪黒眼なのじゃな。……そろそろ、そなたの名を聞かせてくれんかの?」


「私は霧崎勇人です」


 そう答えてから、思考の硬直が解けやっと正常に混乱することができた。


 ガウムガルテン商業ギルドの長? この少女が?

 ガウムガルテン商業ギルドの方ってギルド長なの? それならそれと言ってよ、シーラさん!

 え、でも本当に? こんなにも大きな組織のボス?

 そもそも正常に混乱って結局混乱だね。ははは。

 そんな疑問符が脳内を飛び交い、僕は息を大きく吸い――――


「いやっほう! のじゃロリきたぁあー!!」


 叫んでいた。


「なにごとじゃっ!?」


 ガウムラウトは僕の奇行に怯えたように体をびくりと震わせた。


「おっと。いや失礼、僕も驚きました。……あー、その。これは発作的にアホになってしまうという持病のようなものでして」


 流石にまともに考えてこんなことを口走ったりはしないよ。


「そ、そうか。それは難儀じゃな。お大事に、なのじゃ。そなたのことはあの娘からきいておるぞ。異世界から神によって送られてきた勇者だとか」


「はい。信じてもらえるとは思いませんが」


「もう二百年ほど前になるかの。我は一人の黒髪黒眼の女と出会った。その女はことあるごとに言うておったよ『まるでゲームだ』とな」


 それは幾度となく僕が思ってきたことだ。


「まさか!?」


「そう。彼女も勇者じゃった。与えられた能力は『万能薬製作エリクサー』じゃったかな」


「その人は今は?」


「亡くなったのじゃ。寿命じゃった。勇者といえども時の流れに逆らうことはできまい?」


 それは残念だ。できれば会って話してみたかった。同じ勇者として――――否、単純に同郷の人と会いたかったのだ。ホームシックとは違うけど、似たようなものなのかもしれない。


「貴方は何者なのですか? 貴方はこの組合の長で二百年も前のことを実際に経験したように話しました。もちろん見た目通りの可愛らしい少女ではないのでしょう?」


「くふ。くふふ。何者かと問われれば答えるのが我らの作法じゃ。我らは夜を支配せし闇の血族。その頂点こそが我ガルトラウト・ガウムガルテンである!」


 彼女は胸を張って言い放った。


「闇の血族?」


「つまるところは吸血鬼じゃな。可愛らしい少女であることも否定はせんがの」


 彼女は蠱惑的な笑みを浮かべる。その唇からは確かに牙がのぞいていた。


「ロリ吸血鬼きたぁああ!!」


「なにごとじゃ!?」


「失礼、例の発作です」


「そ、そうか」


「ガウムガルテンさん。質問してもいいですか?」


「そなたが堅苦しい敬語をやめたらのう。それと我を呼ぶときはガルトちゃんと呼ぶのじゃ」


 ……。


「ガルト……さん?」


「ガルトちゃん」


「…………わかったよ、ガルトちゃん。質問していいかな」


「うむ」


 ガウムガルテンさん改めガルトちゃんは満足そうに頷く。


「個人的には吸血鬼についてや勇者のことを根掘り葉掘り聞きだしたいところですが、今はそれよりも僕ここに呼んだ理由を教えてくれないかな」


「あの娘が久しぶりに担当をとったと聞いてな。一度会ってみたいと思ったのじゃ。一応我はあの娘の親代わりのようなものじゃからな」


 あの娘というのはシーラさんのことだろう。


「それにしても、よくあの娘の列に並ぶ気になったのう。いつもこんなじゃろう」


『こんな』といいながら、思いっきり顔をしかめて目つきを悪くする。


「あはは。そんなにひどくないよ。最初は確かにちょっと怖い人だと思ったけど、今ではあの人以上の担当はいないと確信してるよ。彼女には一生かかってでも返すべき恩がある」


「くふふ。では我も少しそなたに恩を着せておくのじゃ。厚着をしてればモンスターの牙を止めてくれるやもしれぬ」


 そんな冗談とも知れぬ言葉と共にガルトちゃんが僕に投げ渡したのは一本の鍵だった。


「これは?」


「冒険者ギルドの東側に赤い屋根の家があるのじゃ。そこの鍵じゃよ。中にある物も含めてそなたに譲るのじゃ」


「本当にいいの?」


「我は仮にも商人なのじゃ。見込みのない投資はせぬよ」


「ありがとう。ガルトちゃん」


「くふ。今のお礼も返済に充てておくとするかの」


 そんなやり取りをしているうちに、秘書らしき男が大量の書類を運んできたところでお開きとなった。

 書類の山をみた彼女の瞳からはハイライトが失われていた。


「いや、なのじゃ。……我は……夜を支配せし……闇の……血族。いやじゃ。仕事はもう……。くふ。くふ、ふ。助けて……なのじゃ」



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