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僕が拠点にしているのはコルネールという街で、東の『ケットル渓谷』西の『オシビー湿地』南の『カルサム草原』北の『ガーセム大森林』と豊富な狩場があるため冒険者が多い。
『一角兎』の生息地は『カルサム草原』だ。
「ハハッ、これは楽勝かな」
『一角兎』はすぐ見つかった。
群れで生息しているわけではないだろうが、植生の問題か百メートル程の間隔をとって何匹も草を食んでいた。
僕は早速狩りを始めた。
一匹の『一角兎』を標的に定め、丈の長い草に隠れながら息を殺してゆっくりと距離を縮めていく。
彼我の距離は目測で20メートルほどだ。『一角兎』は耳をピクピクとせわしなく揺らしている。
ミシ、ミシ。
僕が歩くたびに草が足に絡み、草を踏みしめる音が緊張のせいかやけに大きく聞こえる。
あと10メートルほどだ。『一角兎』の耳がピンとたった。
警戒しているのか? いや、こっちは見てないからまだ気づかれていないはずだ。
残り5メートル! 『一角兎』はこちらに背を向けたままだが、尻尾もピンとたった。明らかな警戒の反応だ。
――――今だ!
僕は草むらから腰の剣を抜きながら『一角兎』に飛び掛かる。逆手での振り下ろしだ。
ドスッ。
鈍い手ごたえが、剣を通して伝わってきた。
僕の渾身の一振りは地面に深く突き刺さっていた。
――――某伝説の剣のように。
「エクスカリバァアーッ!!」
いやこれは叫びながら斬るやつだな。
さっきまで確かに僕の目の前にいた『一角兎』は20メートル程離れたところにいて、何食わぬ顔で再び草を食んでいた。
これが『一角兎』のもつ高い跳躍能力か。……速すぎる。
僕はシーラさんの言葉を思い出す。
「駆け出しの冒険者には討伐が難しいと言えます」
「幸い違約金も良心的な額ですので」
別に僕も本気で彼女の挑発に乗っているわけではないが、あれは彼女なりの期待だ。
恩人の期待にぐらい応えたいじゃないか。
とはいえあの跳躍能力の高さは厄介だ。僕の動体視力では瞬間移動されているのと変わらない。
だが、今回は僕が狩る側で危険はない。奴らにできるのは逃げることだけ。
ならば成功するまで繰り返せばいいさ。
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モンスターとはいえ基本的には無害な兎。素早いだけならやりようはある。
……そんなふうに考えていた時期が僕にもありました。
まずエクスカリバーしてしまった短剣を苦労して引き抜いた僕は、今度は弓矢による攻撃を試みた。
矢を弦に引っ掛けて、引き絞り、狙いを定めて放つ。この距離なら放物線を描かせずとも、直接狙える。
僕の放った矢は狙いを誤らず『一角兎』に向かって一直線に飛んでいく。
今度は距離をとっていたおかげか、『一角兎』の動きがよく見えた。いや見えないほど速いのが分かっただけだ。
耳を立て、尻尾を立て、姿がブレる。そして二十メートル程離れたところに出現する。
「まじか。……なんてこった」
僕は矢がどれほどの速さなのか分からないが、この距離で避けられるものなのか。
「次だ」
僕は切り替えて次の作戦を実行する。
匂いで気付かれないように風下から回り込んで攻撃する。
――――失敗。
音で気付かれないように匍匐前進で接近し攻撃する。
――――失敗。
5メートルほどの距離まで接近して、そこから弓で攻撃する。
餌でのおびき寄せ作戦。
――――失敗。
――――失敗。
――――失敗。
……。
いろいろと試してみたが、万策尽きた。
おそれるべきは跳躍能力ではなくの高さよりも察知能力の高さだ。
10メートルで耳が立ち軽い警戒状態に入り、そして5メートルで尻尾が立ち強い警戒状態に入る。そこから一歩でも近づけば一瞬で逃げられる。
奴らは体力の温存のためかぎりぎりまで逃げようとしない。
そこに付け入るスキがあるかもしれないとも思ったが、遠距離攻撃もダメ近距離攻撃もダメとなると手づまりだ。
『一角兎』の居場所だけでなく、倒し方も聞いて来ればよかったと今更ながら後悔しても遅い。依頼の期限は今日までだ。
「いったん、休憩にするか」
時間もいい頃合だったので、昼ご飯を食べることにした。
非生物収納能力から水とリンゴを取り出す。
赤々とした果実に歯を通すと、ガシュッという小気味いい歯応えを返した。
ほどなく食べ終わりリンゴの芯を投げ捨てて、水を飲んで一息つく。
「ふぅ」
横になって心地よい風に吹かれながらぼー、としていると一匹の『一角兎』が寄ってきた。
僕の捨てたリンゴの芯が目当てのようだ。器用につかみカリカリと食べ始める。
僕との距離はやはり5メートル程。油断しているようにも見えるが、どうせ攻撃はあたらない。
わざわざ自分から近づいてくるなんておちょくっているのか?
そう考えると腹が立つとともに悪戯心が芽生えた。
非生物収納能力『アイテムボックス』から一つの石を取り出す。
魔導付与能力の練習用に使っていた石だが、何かに使えるかもしれないととっておいたのだ。
もともと何の力もないただの石なので一回能力を使うだけで砕けてしまうが、石なんてそこらにいくらでもある。
魔導付与能力で僕が書ける魔術文字は『火』『水』『風』『地』の四種類。
これはこの世界の魔術に基づく四大要素で、僕の魔導付与能力も魔術学に則っていることを示しているのだが、今はそれはいい。
僕が取り出したのは『風』の魔術文字が書かれた石だ。
インクによって発動する能力は、音だ。これを使って『一角兎』を驚かせてやろう。
魔力を込めて『一角兎』の近くに投げる。『一角兎』は僕が5メートル以内に近づいたときか、矢などの遠距離攻撃が当たるときしか動かないことは確認済みだ。
数秒後、パンッ!!
と鋭い破裂音を響かして石が砕ける。
突然の音に驚いて『一角兎』が逃げ出すと思っていたのだが――――『一角兎』は動きを止めて硬直したかと思えば、突然その場に倒れた。
「え?」
近寄っても反応をみせない。
あっさりと僕が5メートル以内に近づくのを許し、ついに触れられる距離まで近づいた。
しゃがんで近くで見ると『一角兎』は気絶していた。
「『一角兎』の察知能力の高さは、聴覚によるもの?……だから逆に大きな音が弱点なのかな?」
『一角兎』は風下からの攻撃も後ろからの攻撃にも反応した。
だとすれば残るは聴覚しかない。僕が草を踏みしめる音を聞き、矢が空気を切り裂く音を聞いて避けていたのだ。
「ハハハッ」
石を拾い『風』の魔術文字を書き込み、『一角兎』の足元に音石を転がして、パンッ!!
パンッ! パンッ!
――――成功。
――――成功。
――――成功。
――――成功。
僕は二時間ほどで『一角兎』を10匹を捕獲した。