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 街の門をくぐって草の茂っている丘に立つ。

 少し遠くには黒々とした森が見える。

 風が背後から強く吹く。風は街の喧騒を僕の耳までと届けた後も森を揺らしながら遠ざかっていく。


「風が僕の悩みも運んでってくれればいいのに……フッ」


 自虐的に唇を吊り上げ笑う。


「……いくらニヒルに決めても僕の悩みっていうのは金のことなのだけどね」


 そう金田。いや違う金だ。

 組合への入会費五万テネスと今身に着けている革製の防具一式と短剣一本と弓矢。あと、当面の食費と宿代。

 とりあえずはシーラさんが全て便宜を図って組合側で建て替えてくれた。その際ギルドマスターと軽く揉めたようだが、シーラさんが強引に認めさせた。曰く「ギルドの書類仕事の半分は私一人でこなしているのでこれぐらいの便宜は図れますよ」らしい。僕と同年代くらいのはずなのに何者なんだシーラさん。

 さらに宿代わりに組合の個室を一部屋貸してくれることになった。

 それだけでも十分にありがたいのに比較的危険が少なく、報酬の多い依頼を見繕ってくれた。

 最初は怖そうな人だなと思ったが、多少人付き合いが不器用なだけで心の優しい良い人だと分かった。

 長生きしてランクを上げながら多くの依頼をこなすことが、ギルドのひいては彼女への恩返しになる。


 その第一歩として記念すべき最初の依頼をこなさなければ。

 依頼内容は『新鮮なツキサシソウ十本の納入』だ。

 ツキサシソウの絵はギルドで見せてもらってきた。名前のようにトキントキンの鉛筆のような姿をしている。

 ここから見えるあの森『ガーセム大森林』の周辺および内部に生えているらしい。

 森の外側なら人通りも多く、モンスターも少ない。基本的には今回は交戦の予定はない。

 というか当分は交戦せず、収集依頼でレベル上げを狙う予定だ。


「ではいっちょ頑張りますか」


 ********************


 今回の依頼はもちろん『新鮮なツキサシソウ十本の納入』であるのだが、僕の目的はそれだけではない。

 それは【魔導具製作師】の第二スキル及び第三スキルである道具製作能力クラフト魔導付与能力エンチャントの素材を収集することだ。

 植物だけで製作できる物は少ないので、能力が使用できるようになるのはまだ先になるだろうけれど。

 ということでツキサシソウを探しながらもほかの植物を片っ端から引っこ抜いて非生物収納能力『アイテムボックス』に放り込んでいく。ここら辺の植物はたいていが有用なものが多いらしい。

 こういう単純作業は嫌いじゃない。ただ、せっかく異世界に来たのだからスライムくらいとなら僕でも倒せるんじゃないのか。また、モンスターを狩ればレベルの上りもいいだろうし、素材も集まるだろう。

 もし安全に戦えそうだったら戦おうと密かに思っていたのだけれど、


「依頼の条件も達成したしそろそろ帰ろうかな。日が沈む前街まで帰らないといけないし」


 結局、一度もモンスターとは遭遇せずに『新鮮なツキサシソウ十本の納入』を達成することができた。

 あと僕が『ツキサシソウ』を見分けられるかどうかという心配は杞憂に終わった。『ツキサシソウ』は僕でも問題なく見分けられたし、非生物収納能力アイテムボックスに収納してしまえば収納された物の名前が表示されるので見間違えることもなかった。

 僕がそんな成果に満足して街に向けて足を踏み出そうとしたときだった。

 ガサガサと背後の森から物音が聞こえた。

 すぐさま振り向いて様子を伺うが、森は何の反応も返さない。


「…………」


 沈黙が痛い。じりじりと背中を炎で炙られているみたいだ。

 何が潜んでいるのか、何かが潜んでいるのか。


「はぁ……はぁ」


 呼吸するたびに脈が速くなっていく。

 このまま背を向けて逃げてしまいたい。そんな衝動を抑えるのも限界になり逃げようとした瞬間、目の前に白い獣が飛び出してきた。


「うわっ」


 僕はあまりにも驚きすぎて尻餅をついてしまい、態勢を立て直しながら『推定敵』の正体をみようとして――――


「ハハッ」


 思わず笑ってしまった。

 そこにいたのは一匹の兎だった。

 僕はこれに本気で怯えていたのか、と思うと力が抜けて笑えてきた。

 その時、近くの上から何かが兎に向かって落ちてきた。ソレはブヨブヨとした水のようなだった。

 何だ? と僕が思う間もなく、ソレは兎に覆いかぶさった。

 そして、兎はソレを剥がそうとその場でもがいたが、だんだんと弱っていき、やがて息絶えた。

 それでもソレは兎から離れず兎を溶かし始めた。


「……」


 ものの数分で兎を溶かしおわったソレは、体の一部を頭のようにもたげ、絶句している僕を見た。

 ソレに目も口もなかったが、僕と目が合ったソレは「次はお前だ」と言っているようだった。


「う、うわぁああああああああああああああーッ」


 今度こそ僕は必死になって逃げだした。

 走りながら振り向くと、ソレは蛇のように体をしならせながら驚くほどの速さで追随してきた。


「はやっ!?」


 その後僕は振り向くこともせずに、街まで走り続けた。

 街の入口に着いて振り向くとソレはもういなくなっていた。


「フフッ……ハハハッアハハハハハハハハハハハッ」


 こんなよくわからない世界でよくわからないものに追いかけられて、早速死にかけて死ぬほど怖くて。なのになぜか今はそれが楽しかった。


 ********************


「それはおそらく『スライム』ですね」


 今日起きたことを一通り伝えると、シーラさんはそう結論付けた。


「『スライム』ってあの?」


「『あの』が『どの』かはわかりませんが、半透明のゼリー状のモンスターで獲物に覆い被さって消化していたのなら、『スライム』で間違いないと思います。ご存知だったのですか?」


「はい。僕の世界ではゲーム……空想としての生き物でしたが。雑魚の代表みたいな扱いでした」


 最近はバリエーションも増えてきて、脚光を浴びることも増えてきたみたいだけど。


「それはなんとも……愚かしいというかなんというか。冒険者の死亡原因で最も多いのが『スライム』です」


「僕もただものではないと思いましたが、そこまで強いとは……」


「いえ『スライム』自体は討伐推奨レベル20、討伐推奨ランクCと大して強いモンスターではないのですが、パーティーならばまだしも単独の冒険者は『スライム』の突然上からの奇襲でパニックになってしまうことが多いようですね」


 目の前で兎とはいえ被害者を見ているだけに納得だ。


「それにしても」


 とシーラさんは話を区切った。

 なぜか嫌な予感がする。


「随分と森に近付いていたようですね。まさか、近くでモンスターを見てみたい。あわよくば戦ってみたい。だなんて思っていませんよね?」


 怖ッ!?

 貴女はエスパーですか?


「いえ、そんなことは微塵も全く」


「……まあ、いいでしょう。どちらにせよ今回のことで森の怖さは分かっていただけたと思いますしね。さて依頼の完了手続きを行いましょうか」


「はい、お願いします」


 僕はアイテムボックスからさっき収穫したばかりの『ツキサシソウ』を取り出してシーラさんに手渡す。

 すると、彼女は依頼書に判子を押してから


「確かに。これで依頼は完了されました。こちらが報酬の4千テネスとなります」


 テネスというのはこの国の貨幣単位のことで、聞いた話ではおおよそ1テネス=1円で考えていいようだ。


「4千テネスですか? 報酬は3千テネスだったんじゃあ?」


「千テネスは追加報酬です。貴方の非生物収集能力『アイテムボックス』のおかげでしょうか。品質の劣化がほとんどありませんでしたので」


「そういうことでしたら、ありがたくいただきます」


 そう非生物収集能力『アイテムボックス』の中では時間経過による品質劣化が起きないのだ。


「それでどうします? 他の依頼もいくつかこなせると思いますが」


 基本的に一人の冒険者または一つのパーティーが受注できる依頼は一つだけだ。

 よってたいていの冒険者は自分のランクに合った依頼を受注してから、依頼を達成しに行きその後に報酬を受け取るという手順を踏む。しかし、依頼を受けることにもデメリットがある。例えば時間制限等で依頼が失敗すると依頼金を支払わなければならないのだ。かといって、受注せずに依頼を達成してギルドに戻ってきたらその依頼が他の人に受注されてしまっていたということになりかねない。

 さらに、冒険者は自分たちの武具や食料でただでさえ荷物が多いので、無駄な荷物が増えることを嫌う。よって、適当に乱獲してきてあとからそれに合った依頼を達成するということもできない。


 しかしながらそれは、僕には当てはまらない。

 非生物収集能力『アイテムボックス』を持つ僕には。

 とりあえず、片っ端から採集しておいても非生物収集能力『アイテムボックス』の入れておけば、重くもならず品質の劣化も起きない。依頼の達成に使ってもいいし、いつか道具製作能力クラフト魔導付与能力エンチャントに使ってもいい。

 明日からもあの森周辺に行くことになりそうだし、当面は依頼の達成を優先してしまって構わないだろう。


「はいお願いします」


「わかりました。では確認するので収集物を見せてもらいますか?」


 僕は操作をして収集物の一覧がシーラさんに見えるようにする。

 そして、彼女に言われるがままに僕は採集物を取り出していった。

 結局この日は合計五つの依頼をこなし、報酬の合計は1万2千テネスとなった。


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