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写真やゲームの中でしか見たことのないような中世ヨーロッパのような風景。
それが僕の前に広がっていた。
さらに、目の前を斧を担いだドワーフと杖を携えたエルフが歩いて行った。
「なんてこった」
呻きながら頭を抱えようとすると、手の平の中で何かがクシャリと音を立てた。
見ればどうやらそれはカタログの一枚のようだった。
無我夢中で気付かなかったが、ぎりぎりで破り取っていたらしい。
「どうか良い能力でありますように!!」
道の隅により、祈りながら広げてみると、
【魔導具製作師】
と書いてあった。
「【魔導具製作師】?」
魔導具を製作するスキルだということはわかる。
しかしこれでは、具体的な能力の内容や使い方が全くわからない。
僕の知るゲームや本ではこういう場合、能力を知る方法は三つある。
「まずはその一!! スゥテイタースオープンッ!!!」
……ダメか。
結局おなじみの半透明の板が出てくることもなく、周囲のいぶかしげな視線を集めるだけになってしまった。
一応、もう一度だけやっておこうか。
「ステータスオープン。……うおっ」
でてきたよ、半透明の板。
期待していなかっただけに驚きは多く大きな声を上げてしまい、さらに注目を集めてしまった。
「……ステータスクローズ?」
あ、消えた。
じゃあ、もう一度。
「ステイトゥアースオォーペンッ!!!」
やはり出ない。
「ステータスオープン」
出た。
「ステェエイタスクロォーズ」
消えない。
「ステイタスクローズ」
消えた。
よし、だいたい分かってきた。
最初は異世界に来たせいでテンションを上げすぎていたようだ。
ふざけずに落ち着いてちゃんと発音するのが大事なようだ。
「ステイタスオープン」
もう一度ステイタスを呼びだし恐る恐る触ってみる。
……硬い。
もっとホログラムのような物なのかと想像していたが、物質としての硬さがある。
中を見ると、
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名前:霧崎 勇人
年齢:16
種族:人間
スキル:【魔導具製作師】
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試しにスキルの欄をタッチすると、画面が切り替わる。
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スキル:【魔導具製作師】
1、非生物収納能力『アイテムボックス』
2、道具製作能力『クラフト』
3、魔導付与能力『エンチャント』
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なるほど。
【魔導製作師】はこの三つの能力から成っているようだった。
このスキルを使いこなさなければ
今の僕にはこのスキルしかないのだから。
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それぞれの能力を一通り確認したのちに、僕は冒険者ギルドに向かうことにした。
今の僕はレベルも低く、特出した能力もなく、身分を証明してくれる物も人もいない。もちろん知人も友人もいない。
さらに――――実はこれがもっとも喫緊の課題なのだけど、金がない。つまり、文無しだ。
「あれ? ひょっとしなくても詰んでないか、これ?」
という結論に至ったからだった。
冒険者ギルドは想像した通りの場所だった。
入口には盾と剣のエンブレムが掲げられ、手前には依頼書と思しき紙が貼られた掲示板と色分けされた受付カウンターと見目麗しい受付嬢達。奥は酒場を兼ねたレストランが併設されている。
「いらっしゃいませ! コルネール『冒険者ギルド』へようこそ! 依頼の発注でしたら赤色のカウンターへどうぞ」
出迎えたは入口の案内係だ。
「いえ、僕は冒険者になりたいんですけど」
「そうでしたか、失礼しました。では青色のカウンターへどうぞ」
青色のカウンターは三人の受付嬢が担当していた。
二つのカウンターの前には何人か並んでいたが、残りの一つの前には誰も並んでいなかった。
僕は不思議に思いつつも、せっかくなので空いてる受付に向かった。
「こんにちは」
僕が声をかけると、受付嬢は一心不乱に書類仕事をこなしていた手を止めて少し驚いたような表情で顔を上げた。
その受付嬢はどこか冷たい印象を受けるものの、とても整った顔をしていた。――――思わず息をのむほどに。
「こんにちは。要件は何でしょうか?」
「冒険者になりたいのですが」
僕が答えると、彼女の目つきが鋭くなった。
「新人冒険者の死亡率をご存知ですか?」
唐突に問われた。
「さあ、知りません」
「戦闘訓練の無い新人の場合、四人に一人は一年以内に殉職します」
「そうなんですか」
「私たちのギルドが最大限援助していての結果です。私のもっとも重要な仕事はこの数字を下げることです」
「とても素晴らしい仕事だと思います」
「理解していただけたのなら結構です。それで手続きを進めますか?」
「はい」
僕が即答すると、彼女はむっとした様子だがすぐにもとの事務的な態度に戻り話をつづけた。
「そ・う・で・す・か」
全然事務的な態度じゃなかった。随分と怒ってらっしゃる。
けれど、僕を思ってくれてのことだろう。
「これから私が貴方の担当をするシーラです。よろしくお願いします」
「勇人です。こちらこそよろしくお願いします」
「それでは、手続きに入ります」
「はい」
「まず、入会にあたって入会費として五万テネスをいただきます」
まじか。入会費が必要だとは思わなかった。
「ええと、ちょっと今持ち合わせがないんですけど……」
「……」
シーラさんがジト目で睨んでくる。
「……」
「……」
すると、彼女は諦めたように大きなため息をついて何枚かの書類を持って立ちあがった。
僕はてっきりそのまま出口を指さされ「お帰りください」と言われるものだと思ったが、
「少し席を空けます」
と同僚に断ってから、
「付いて来てください」
と受付の裏にある会議室らしき部屋に案内された。
彼女はガチャリと鍵をかけてから、僕に椅子に座るように促した。
「さてそれでは改めて、今からいくつか質問をさせてもらいます」
「ど、どうぞ」
改められると緊張してしまう。
「まず名前と年齢から教えてください」
「霧崎勇人 16歳です」
質問に答えるたびにシーラさんは手元の紙に書き込んでいく。
「出身は?」
「日本です」
「ニホン? 聞いたことがない国ですね。まあ、いいですか。それで、入会費が払えないという件ですが、現在の具体的な所持金を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ゼロです。一文無しです」
てへっ。
「はぁ。……ではとりあえず、こちらで便宜を図って入会費は一時的に免除ということにしておきます。ただし、将来的に支払っていただきます」
「ありがとうございます」
「それでは冒険者手続きを進めます。まず、これをどうぞ」
受け取ったのは一枚の板だった。
一部に小さな宝石のようなものが埋め込まれている。
「これは冒険者カードです。血を一滴垂らすと貴方を認識します」
言われたとおりに渡された針で指の先を傷つけて血を垂らすと、カードが光り文字が焼き付けられた。
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名前:霧崎 勇人
ランク:E
++++++++++
「……これは、ステータスみたいなものですか?」
「何ですか? ステータスって」
……へ?
「なにってこれですけど」
僕は『ステータスオープン』と唱えてステータスを出した。
「……これはッ!?」
僕のステータスを見てシーラさんは尋常ではなく驚いていた。
やばい。なにか勘違いしていたみたいだ。
『ステータス』ってこの世界の常識なんじゃなかったの!?
「あのー、なにか問題が?」
「こ……これは伝承で伝わっている勇者の証です。貴方は何者なのですか?」
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「……なるほど。他の世界に女神それに勇者ですか」
どうせ信じてはもらえないとは思ったものの、隠す理由もないので正直に僕に起きたことを包み隠さず話した。
「信じられませんよね」
「確かに信じ難い話ではありますけど……信じます」
「本当ですか!?」
まさか信じてもらえるとは思っていなかった。
「はい。その『ステータス』と呼ばれる板の存在は古い伝承通りですから」
なんでも彼女は古い伝承や文献を集めるのが趣味らしい。
「この話はあまり他の人に言わない方が良いですね。私のように伝承の収集が趣味でない限り信じないでしょうし、仮に信じたとしても勇者だと知られれば面倒ごとに巻き込まれるかもしれないので」
「わかりました」
僕も無駄なリスクは背負いたくない。
「戦闘の経験はないんですよね?」
「はい」
「そうですかわかりました。ならば貴方をサポートするのが私の仕事です。また、貴方を死なせないのも私の仕事です。担当としての私の言うことは聞いてもらいますよ?」
笑顔にしては凄みの割合が高すぎる笑顔だ。
「わ、わかりました」
こうして僕は冒険者になった。