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僕は気付けば白い空間にいた。
「霧崎 勇人さん。死後の世界へようこそ」
霧崎勇人というのは僕の名前だ。
突然僕に対して厳かに死の宣告をしたのは、銀髪の少女だった。
人間離れした美貌に、純銀を溶かしたような銀髪。
均整のとれた身体。
「私は女神シノラ。私の仕事は死者を導くことです」
突然現れて女神を名乗る少女は、それを疑わせないだけの神気を纏っていた。
「僕は何で死んだんですか? ……思い出せない」
ここに来る少し前の記憶は靄がかかったように思い出せなくなっている。
「無理に思い出そうとしなくて大丈夫ですよ。それは死の記憶を思い出して発狂しないように施されている措置です。貴方は、『とらっく』にひかれて死んだんです」
「……そうですか。なんてこった」
霧崎勇人、享年16歳か。
確かに死の恐怖や記憶がない方が気楽でいられるのかもしれない。
こんな非現実的な状況なのに不思議と落ち着いていられた。
「じゃあ僕はこの後どうなるのですか?」
輪廻転生か、天国か地獄か、消滅か。僕にはこの後が用意されているのかな?
「本来であれば天国に送るのが私の仕事なんですが……」
女神様は申し訳なさそうに続けた。
「実は、あなたの死はこちらのミスでして」
「はぁ」
「いえ、こちらが悪いというわけでもないのですよ。悪いのはあの『とらっく』なる乗り物なんですよ。あれのせいで私たちがどれだけ苦労していることか。わかりますか? 『とらっく』が事故を起こすたびにここの人が送られてきて私たちの仕事が増えるんですよ!? ねぇ、聞いてますか勇人!?」
突然、饒舌に語り始める女神様。キャラが崩壊しているのに気づいてないようだ。
分かるのは『トラック』に対する怒り。
とりあえず話を合わせておこう。
「聞いてますよ。トラックはなにか特別なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!! そうです。そうなんですよ。『とらっく』には呪いが掛けられているのです。私たちの干渉ができないようになっているんです!! だから、私たちにはどうしようもないじゃないですか!?」
「そうですね。女神様も大変なんですね」
僕は適当に相槌を打っておくことにした。
内心は、怒っている顔も綺麗だななんて思いながら。
「そうなんですよ本当に大変なんです!! ……申し訳ありません。少し取り乱しました」
少しじゃあなかった気がするなぁ。
「それで話を戻しますと、『とらっく』による不幸な事故で亡くなった方には、他の世界でやり直す機会が与えられることになっています」
「異世界転生ですか」
「そういうことです。もちろん権利を破棄することもできますが、転生なさる場合はこちらのサポートとして『ちーと能力』を進呈することになっています」
「チート能力!? それはどんな……?」
ずばり、チート能力だなんて胡散臭すぎるんじゃないかな。
「ちょっと待ってくださいねっと、ありました。これです」
と差し出されたのは分厚い本。
「それがちーと能力のカタログです」
「随分と準備が良いですね」
「過去の転生者が次々と要求を突き付けてくるもので。だいたい、なんであの方たちは基本的に敬語を使わないんでしょうか? こちらのミスを偉そうに指摘して自分の要求を多く押し通そうとするんですよ!? 信じられます? 次から要求があるなら『とらっく』に頼んでくださいよ!! 私たちも一生懸命頑張っているんですよ!?」
「わかります。 悪いのは『トラック』ですね」
なんだかこの女神様のノリに乗るのが楽しくなってきた。
「ハヤトわかってくれるのですね。ありがとうございます。コホン、では話を戻しますがどちらにしますか? 天国か転生か」
「転生先はどういう場所なんですか?」
RPGみたいな世界なのか、現代なのか、近未来なのか。
「文明レベルはおよそ中世ヨーロッパ程度。ただし魔法、剣、冒険者といったものが存在し独自の文化を築いています」
おおよそRPGの世界観ということでいいだろう。
もし転生を選べば、魔法と剣それに冒険。それに加えて異世界無双できるチート能力。
僕の答えは決まっていた。
「転生でお願いします」
「そうですか。では、そのカタログの中から好きなものを一つ選んでください。ページを破ると確定になります」
女神様に促されて僕はカタログをぺらぺらとめくる。
カタログには『瞬間移動』『洗脳能力』『万物創造』といった能力から『物理攻撃無効鎧』『魔法攻撃無効鎧』『絶対切断剣』等の武具もある。
「私の経験上、武具類よりも能力系の方が良いと思いますよ。品物は盗まれたり紛失してしまえばそれまでですから。おすすめは『一定時間無敵化』『時空魔法』『超幸運』とかですね」
と女神様がありがたいアドバイスをくれる。
僕は女神様のおすすめやそのほかに有用そうなチートを頭に叩き込んでいく。
「言い忘れてましたが、貴方が向こうの世界でどんなことをしても私は咎めません。ただし、能力の使用の有無を問わず「とらっく」をつくってみなさい。私の全身全霊をもって消し炭にしますよ?」
女神様は冗談ぶってそういったが、目が全く笑っていない。
怖いです、シノラ様。
「わ、わかりました」
声が震えないよにするのが精いっぱいだった。
そのままページをめくり続けて最後まで読み終わる。
候補は女神様が挙げたものに加えて、『虚無魔法』『複製能力』『能力奪取』『絶対命中銃(弾数無限)』といったところだ。
読み過ごしがあるかもしれないので再び最初から読み始めようとしたときだった。
ビーーーーー。
突然部屋の中にタイマーのような電子音が鳴り響く。と同時に僕の足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。
「えーと、忘れていました。そういえば最近『とらっく』事故の増加に伴い、時間制限がついたんでした。えーと、てへっ」
女神様が可愛らしく首を傾げる。
「えぇッ!?」
「あと数秒で召喚が完了してしまいます! 早く選んでください!!」
「えっ、ちょっとどういうこ」
抗議の声を上げ終わる前に、陣は一際強く輝き僕の意識は白の奔流に飲み込まれた。