不思議系無口少年とイレギュラーイベント
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すうっと、フィリベルト君は私の目の前に降り立った。
見定めるように、私を見ている。
風に吹かれて彼のローブが揺れる。
なぜ、彼がここにいるのだろうか。
「なんで、ここに?」
不自然じゃない程度に質問してみる。
フィリベルト君は、むうっとほほを膨らませた。
キャラクターの傾向から考えるに、彼の質問を私が無視して、質問に質問で返したから、むくれたのかもしれない。
彼に対しては、私が言葉を尽くさなくてはいけないだろう。
「あ、えっと。ベンチじゃないのは、わかってるの……。入学式に遅刻しそうになって……高速魔法に失敗して、うずくまってたんです」
フィリベルト君は、うんともすんとも言わず、私の靴のほうを見つめた。
彼はポケットから杖を取り出し、私のほうに向ける。
詠唱はなかった。見る見るうちに茶色い靴は新品の新しい靴になる。私の魔法でボロボロになったのが嘘みたいに、綺麗な靴に。ただし、真っ赤なハイヒールに。
「……治った」
「なんで赤いハイヒールになるのっ!」
「靴何て、全部一緒」
なんで怒られてるのかわからない、という顔だった。
むちゃくちゃな魔法。けれど、使っている魔法自体はとんでもなく高度だ。無詠唱で、かつこんな短時間で新しい靴に変えることなど、普通の人間で、この若さでできない。
紫の瞳はパチクリと純粋に開かれている。
フィリベルト君の少しとがった耳が、白髪の隙間から見えた。
彼は、いわゆる妖精交じりだ。
母親が妖精で、父親が人間。
妖精と結婚する人は珍しくないけれど、子供が産まれるのは大変珍しい。日本でいうところの三つ子くらいの珍しさだ。
魔法は普通の人間には不可能なものまで使える。
空中浮遊などがその例だ。
本当は生身で空中浮遊するのなら、杖を持ち、定期的に詠唱しなければならない。
けれどもフィリベルト君は、ポケットに手を突っ込んだまま、空をかけることができる。
ただの人間より魔法がうまく使え、言葉数は少なく、少々浮世離れした男の子、妖精交じりの男の子、それがフィリベルト君なのだ。
「怒った?」
「ううん。歩けるようになったから、大丈夫」
「入学式、間に合う?」
「それは無理そう……貴方もだよね?」
「ボクは、大丈夫、今から頑張れば……」
フィリベルト君は、やる気なさそうにぐっとこぶしを握った。
本当に彼は間に合うのだろうか
ただ、私にとっては、これは結果オーライかもしれない。
入学式のイベントは、だいたいお互いの自己紹介と、キャラクター把握くらいなのだから。
このままお互い、知り合いになれば。イベントスチルは違うが、本来のイベントと、今回のイベントとの情報量は同一になる。
そうすれば、この後のルート、イベントも調整もできるはずだ。
入学式に遅刻したとしても、ルートの計算外のできごとだとしても、フィリベルト君のイベントをクリアしたといえるかもしれない。
「あ、あなたの名前は?」
「……フィリベルト……フィリでいい、よ」
「そ、そう……私の名前はね」
言い切る前に、体が宙に浮いた。
フィリベルト……フィリ君に抱えられている!
いわゆるお姫様抱っこというやつだった。
唐突すぎる!
「ふぃ、フィリ君、なにこれ!」
「フィリ」
「お、おろして……! おろしてフィリ君!」
「フィリ」
「おろして、フィリ!」
「送る。学校まで。僕も新入生だから」
「なんでそんな流れに!」
そんなイベントないよ!
叫んでも、まるで声が届いていないかのようにフィリは無視をする。
高度はぐんと上がり、民家の屋根の少し上を歩いているみたいだ。高い場所の、少し冷たい風がほほに当たる。
入学式イベントより、なんだろう、親密感が上がっていないだろうか。
「靴、治せなかった。その上、入学式に間に合わなくて……ボクのせいにされたら、困る」
説明するのがめんどくさいという風に、端的に彼は呟いた。
以降、フィリに何を抗議しても、一切降ろしてくれるそぶりがなかった。
スイーナク・フィリベルトとの入学式イベントは、お互いの名前の周知、立場の把握、同じクラスであるという関係性の把握―――それだけだ。
断じて、お姫様抱っこされるような親密なイベントではない。
悪化しているのかもしれない。
魔法学校に入学する前に行ったことが作用して。
バタフライエフェクト。
蝶々の羽ばたきの風が、遠くの国で嵐を巻き起こす。
起こせなかったイベントの余波が、違うイベントになって襲い掛かってくる。
フィリ君はいまだ涼しい顔で、私を抱えている。
私の重さを軽減する魔法と、飛行のための魔法を使っているはずなのに、なんともないような表情で、たんたんと学校に向かっている。
フィリ君の掌が。背中に、膝の裏に触れている。
沈黙の中、冷たい肌の感触を意識してしまい、呼吸がしにくい。
やはり、三次元は心臓に悪い。
二次元、二次元に生きていたいのに。
オラオラ妖精、過保護な兄、正統派イケメン、不思議系無口これら四人とのこれからを考えれば、頭がくらくらしてくる。
私は、どうやったら、この世界で、心穏やかに、平和に暮らしていけるのだろうか。
改めて作戦を練らなければならないだろう。
ふわふわと、しかし高速で、お姫様抱っこをされながら移動する。テオに言わせればバカみたいな状況で、私はそう、思ったのだ。
入学式は、はぐれもの二人をおいて、滞りなく始まっており、入学式が執り行われる会場の門は閉まっていた。フィリの魔法をもってしても間に合わなかったみたいだ。
今から、入ることはできないだろう。
割り当てられた自分のクラスで、入学式が終わるのを待つのが最善だろう。
知っていることではあるが、通知されていたクラスの情報をフィリと共有する。
さて、ここからも問題がある。
度重なるイレギュラーによって、ここから先、今日この日が、一体どういうイベントになるのかがわからないのだ。
いや、レイラ、考えろ。
一つ一つのイベントを攻略すればいいというのは、二次元だけだ。
三次元では、行間がある。
イベントの間にも、主人公は、私は、生存している。
そう、キャラクターは生きている。
乙女ゲーとは、ただ、イケメンの男のことイチャイチャするだけではなく、彼らが持つ悩みやら、闇やら葛藤を、解決する過程で心を通わせていくのを楽しむものだ。
今、ここに生きている彼らが起こすイベントを、ただともに過ごす、のではなく。
ここに生きている、テオやアカツキ君、クルト君、フィリの、彼らを生きやすく導いていくことこそが、転生した私の使命なのではないだろうか。
え、ほんとに?
少なくとも、全てのアカツキ君のイベントをこなせば、アカツキ君のエンドに入れるわけではない―――かもしれない。
だって、ここはリアルなのだから。
確かに、感触のある、熱のある、空間。
背中をつつかれる。
「ボク、行くね」
考え事をしていた私に、フィリはそう告げる。
「あ、待って」
「……?」
「送ってくれてありがとう」
間に合わなかったけど。
フィリは小首をかしげて、少し考えるような仕草をした後、会釈をするようにしながら、中庭のほうに、ゆっくり歩いて行った。
どうやら、彼はクラスのほうには行かず、今日はこのままさぼるみたいだ。入学式の後は、一応担任の自己紹介や、クラスメイト同士の紹介があると思うのだが、フィリにとっては些細なことなのだろう。
彼が、マイペースに行動するのには少々理由がある。
妖精交じりは、人間離れした魔法が使える分、人間と同じような生活リズムが苦手だったりする。混ざっている妖精の種類にもよるが、日の光に当たり続けなければ体調不良になる、だとか、砂糖菓子しか食べられない、だとか。
制約が、身体にかかるのだ。
しかし、その個人の特性は、この国であまり認知されない。
だから、フィリ君の行動は、マイペースというより、自分勝手というように見られてしまうのだ。
彼の特性を知っているのは、理解できるのは、この学校で私だけだ。まだ。
一か月後に、授業中に、突然、私の膝の上に倒れてしまったフィリ君を、保健室に連れていく、というイベントがある。
本当なら、そこから、彼の特性、悩みを知るのだ。
遠ざかっていく彼の後ろ姿。少し、ふらふらしているようにも見える。
魔法を使いすぎてしまったのかもしれない。
ここで、また主人公の取るべき行動と、違う行動をして、今後のイベントが変わる可能性がある。
平和な乙女ゲー世界生活の計算が狂ってしまうかもしれない。
一番安定の、アカツキ君のルートから離れてしまうかもしれない。
でも、ここで、彼を見なかったことにするのは、何かが違う。
それは私じゃない。レイラでもない。
「フィリ君、私、学校の屋上の鍵、開けられるから、そこで日光浴しよ!」
廊下の向こうにいる彼に叫ぶ。
植物の妖精交じりの彼は、日光に十分当たり、睡眠をとることで、自身の姿を保つことができる。私を抱え、急いで入学式まで駆けてくれた彼は、多分、エネルギー切れ寸前である。
中庭に行き、より高い木の上に行き、日に当たる。
けれど、それよりも、もっといい場所を、私は知っているのだ。
ゆっくりと、白髪の頭はこちらを向く。
紫色の瞳は細まり、嬉しそうに微笑んでいた。
真っ赤なハイヒールを脱いで、彼に近寄った。
本来なら屋上は解放されていない。
生徒のいたずらで落下してしまわないように、鍵が掛かっている。
魔法ではなく、いわゆる南京錠で閉じられており、所定の番号を合わせれば簡単にカギは開く。
アカツキ君とのイベントで、二人で屋上に忍び込むシーンがあったため、覚えていた。
「ありがとう、レイラ」
ぽつりと、小さくフィリは言う。
言うだけ言うと、屋上にある、給水塔の上にするすると上り、寝転がった。
器用だ。
猫のように丸くなり、光合成をしてるフィリに満足する。
入学式はもうすぐ終わるだろう。その前に教室に戻っておこう。
「レイラ、きて」
日向にまどろむ猫のような瞳で、フィリは私を手招く。
「教室に行かなきゃ、初日からさぼれないよ」
「ボクだけ、さぼるの、やだ」
彼が妖精交じりであるということを考慮しても、まったくわがままな言い分である。
けれど、フィリは至極真面目な顔だ。
入学式に出ない時と出た時のデメリットと、フラグとイベントをうんぬんかんぬん。
ぐるぐる考える私に、陽気なひざしがぽかぽかと温かく当たる。
暖かな季節の香りがした。
止めた。
少なくとも今日は考えるのをやめた。
色々とイレギュラーばっかりだったからね。
給水塔を上り、手招きするフィリの横に座る。
校舎の屋上からみる、魔法の世界は、今まで見てきた世界と違うように感じた。
スチルの背景にもない、リアルな空間。
西の魔法工房ではモクモクと、いつものように煙が漏れているし、南の方では活気のある街並みが小さいけれど見える。
待ち合わせに使われる建物も、アカツキ君の仕立て屋も見える。
私が、暮らしている世界。
「この世界、私、好きだな……」
「ボクは普通」
寝言のようにフィリは呟いた。
妖精交じりの彼に、この世界はまだ優しくないのかもしれない。
白髪はさらさらと風に揺れている。
「いつか、好きになれるよ」
自分がいつの間にか笑っていたことに気づいた。
入学式はさぼるわ、靴は壊れて赤いヒールになるわ、思い通りに一切いかなかった一日なのに。ただ、今は少し楽しい。
「……レイラは、不思議な女の子だね。僕のこと、なんでもわかっているみたい」
ぎくり。
「それでも、たくさん、ボクに、たくさん聞かないところ、好きだよ」
「なっ……」
白髪の少年は、あくびをひとつすると、また丸まって目を閉じた。
落ち着け、自分。フィリは、すぐそういうことを言うキャラクターだった。
他意はない。これは親愛の表現だ。恋人同士のそれではない。
「また、一緒に日向ぼっこ、してね」
猫みたいな男の子。フィリ。
「うん、いいよ」
妖精交じりの男の子。
白髪、紫の瞳の、同級生。
テオが私たちを見つけ出すまで、ずっと、日向ぼっこをし続けていた。